フランチーク・レンロスにはやらなければならないことがある

プロ♡パラ

第1話

 フランチーク・レンロスには三分以内にやらなければいけないことがあった。とはいえ、それはいつかはやってくると予見していたことでもあった。

 オルゴニア帝国帝都第十街区にあるけちな共同住宅の、手狭な一室。

 フランチークは部屋の中央にたつと、両手を広げた。あとは小姓の仕事であり、フランチークはそれに身を任せた。利発な少年の見た目をした化外人の小姓は、箪笥の奥にしまいこまれていた異国の羽織を取り出し、見事な手際でフランチークに着付けさせていく。

「しかし、フランチーク閣下」と化外人の小姓は手を動かしながらいう。

「おめおめと連中に引っ立てられる必要はあるんでしょうか? 俺だったら、あんたを逃がすくらいのことはできる」

「そうだな、いざとなったら頼むよ。けれど、向こうの出方を伺うのもいいだろう。もしかしたら、なにかこちらに有利な条件を出してくるかもしれない」

「鎧兜の兵士たちが隊伍を組んでこちらに向かっているのが、向こうの出方でしょう。連中はそのやり方でこれまでに何人もしょぴいてきたんだ」

「逮捕された人間もいれば、単に呼び出されただけという人間もいる。……この大陸の人間は、きみたち大島の人間と違って礼儀がなってないからな」

 自らの言葉に、フランチークの脳裏には一瞬、父であるレンロス伯爵の傲岸な顔が浮かんだ。実際、あれほど無礼な人間もおるまい。

 いまや父子の間には、冷ややかな軽蔑しか残っていなかった。親愛や相続権なんかはとっくの昔に剥奪されている。とはいえ、この場合はこの厄介な血筋がフランチークの未来、それもすぐそこの通りにまで迫った未来を左右している可能性があった。

 ぼくは何者なのだろう、とフランチークはふと思った。

 貴族の生まれでありながら、貴族に疎まれた者。

 学問を志しながらも、オルゴニア帝国外征軍に徴発された者。

 帝国外征軍の身でありながら、大島の化外人部族に与した者。

 戦争の英雄でありながら、皇帝に嫌われ、大陸に連れ戻されて蟄居を命じられた者。

 ──やれやれ、共和派の連中からしたら、このフランチーク・レンロスという男をどのように評価するのかは難問に違いない。

 いまやこの帝都は、共和派が支配している。元の君主であるオルゴニア皇帝は、つい数日前、伝え聞くもおぞましい残酷な方法で処刑されていた。

 共和派は、皇位継承権を持つ皇族と、共和派に従わない諸侯の抹殺を公言している。

「──終わりましたよ、閣下」

 着付けを終えた小姓は、背中をぽんと叩く。

 その羽織は草木の繊維から編まれた生地であるが、フランチークにとってはその硬さがかえって心地よかった。

「つぎは頭」と小姓はせかす。

「うん」フランチークは促されるままに、今度は椅子に座った。

 小姓は慣れた手つきで、香料の混ざった乳液を瓶から出してフランチークの髪を撫でつけていく。彼ら化外人流の貴人の身だしなみだ。

 最後に真鍮の装身具を取り付ける段になって、なにやら表の方が騒がしくなってきた。鈍い金属がガチャガチャぶつかる物々しい音や、不穏な悲鳴と怒声。

「……閣下、やっぱりあいつら、やる気じゃないの」

 小姓はあきれながら、最後の装身具としての刀を差しだした。その刀は小姓の祖父でもある化外人土候からフランチークに下賜された逸品であり、柄と鞘の拵えも見事なものだ。

「言っておくけど閣下、間違ってもこの刀で戦おうとしないでよ。あんた剣はからっきしなんだからさ」

「わかってるさ」

 フランチークは苦笑いするしかない。

 けれど、その刀を腰に差すと、フランチークは身体に力がわいてくるのを感じた。その刀は大島での戦功の証に他ならないのだ。

 やがて、扉が荒々しく叩かれる。


 戸口の外には、いかめしい顔をした兵士たちがひしめき合っている。

 ──しかしこの兵士たちは、思わず気圧される側となっていた。

 彼らの前に姿をあらわしたのは、化外人の小姓を連れた、異国の装いをした一人の男の姿だった。オルゴニア帝国の帝都のど真ん中においては、その異様さは際立っていた。

 兵士のひとりはふと我に返り、取り繕うように声を出した。

「フランチーク・レンロスだな」

「いかにも」

 フランチーク・レンロスは、うなずいて見せた。

「ぼくがフランチーク・レンロスだ」

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