全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの観察報告

否定論理和

特異バッファロー群体、及び■■■■■についての報告と顛末

 調査員、志戸田節子シトダ セツコには三分以内にやらなければならないことがあった。


 15時に送らなければいけない定時報告、その期限が迫っているのだ。


 正確に言えば、15時は既に経過していた。彼女がいるアフリカと、報告先かつ雇い主のNGO『国際動物絶滅機構』の支部が存在する日本とでは当然に時差が存在する。また、遠距離である以上通信にタイムラグも存在する。そういった事情からまあだいたい三十分くらいオーバーしたところで大丈夫だろうと勝手に延長した基準まで、あと三分に迫っていた。


「志戸田調査員!」


「ひゃいっ!」


 15時27分、通信機から響く怒声に思わず情けない声が出る。延長が許されると思っていたのはどうやら彼女だけだったようだ。


「調査報告はどうなっている!情報が事実ならば、バッファロー群体のバイオレットリスト登録は急務だ!」


 バイオレットリスト。一般的に知られるレッドリスト絶滅危機にある動物の真逆、積極的に絶滅させなければいけない動物を指すリストだ。


 通常では考えられないような特殊な種や個体が確認された際、それを調査研究し最終的に絶滅させるため国際動物絶滅機構が独自に作成したものであり、世間一般には認知も公表もされていない。


 志戸田は今アフリカ大陸某所のサバンナ地帯に派遣され、バイオレットリスト登録候補であるバッファローの群れを遠巻きに観察している真っ最中だった。


「か、風間さん!?すいませんすいません!ちょっと……しばらく動きが無かったもので……何を報告したものか迷ってしまいまして……」


 一言発するごとに志戸田の声は細く小さくなっていく。風間と呼ばれた声の主もそれを察したのか、溜息を吐いてから言い直す。


「……もういい。落ち着け。報告の遅延も不正確さも今は問わない。何があったのか、君の言葉で話せ」


「は、はい。えーっと……まずあのバッファローの群れですが、あれが最初の通報にあった通りあらゆるものを破壊する能力を持っているのは間違いないと思います」


 今から約8時間前、アフリカ大陸某所で暴走するバッファローの群れが確認された。それだけならば珍しい事ではない。問題は、その群れの進行ルート上に存在するあらゆる物体が破壊されてしまっていたことだ。


「助けてくれ!全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが迫っている!もういくつもの村がやられているんだ!」


 悲鳴にも似た通報を受けた国際動物絶滅機構は即座に調査を開始。ちょうど近くで仕事をしていた新人の志戸田節子が現地調査員として白羽の矢が立ち、今に至る。


「樹木、岩石、車両、集落、人間を含めた生物、その全てが原型を留めず破壊されています。ですが……途中で水辺に立ち寄って休憩を始めてしまいそろそろ1時間経とうとしています。念の為ラジコンを差し向けてみましたが、休憩中のバッファローにぶつかっても特に故障はしていません。つまり……」


「バッファロー群体が持つ破壊能力は、あくまでも走っている間にだけ発揮される、と?」


 はい、と志戸田は静かに返答する。


「それが事実ならば、毒を食わせるなり休憩中に爆撃するなりいくらでも対処のしようがあるということだ。ご苦労、念の為君はそのまま調査を続けてくれ」


「了解しまし……あ」


 呆けた声。続けて


「すいません、これ、もう」


 轟音が声を遮る。それを最後に、通信は途切れた。





「つまり、バッファローに突撃されて気を失ったが奇跡的に無事だった、と?」


「そうなんですよぉー!」


 スピーカーの向こう側から情けない声が響く。涙ぐんだ、時折鼻水をすするような音が混じった、志戸田調査員の声だ。


「通信端末も移動に使ったバギーも全部壊れちゃって、あたし、歩いて、ようやく近くの町について、電話貸してもらえてぇ!」


 もはや報告というより嗚咽に近いそれを聞いた風間は、溜息をついてから返答する。


「わかった、わかったもういい。迎えをやるから大人しくそこで待っていろ」


 ありがとうございますー、という濁声を遮るように通信を切る。風間はもう一度、今度はより深く溜息を吐くと、続けて別の人物に通信を送る。


「こちら風間。志戸田調査員の報告に基づき、バイオレットリスト登録済み特異バッファロー群体の絶滅処分が完了しました。続けて報告します、の処分に失敗しました」


 向こう側の人物はそうか、と一言だけ呟いてから暫く沈黙し、その後


「万が一、不死の人間の体細胞がウイルスやガン細胞によって変異した場合致命的な、それこそ人類絶滅級のバイオハザードに繋がりかねない。可能な限り早急に処分するように。以上」


 と、一方的に告げてから通信を切った。


 ウルトラバイオレットリスト。バイオレットリスト絶滅させるべき動物の例外、絶滅を試みながら未だ絶滅に至っていない動物のリスト。今現在志戸田節子を含めた4種が登録されており、過去登録を外すことができた例は存在しない。


「可能な限り、ね。ったく、気楽に言ってくれちゃって……」


 毒、銃、鈍器、爆弾、そして全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。これまで志戸田節子殺害のために様々な手段が用いられ、そのいずれもが失敗に終わっている。


(バッファローは破壊に失敗したのか?或いは、志戸田節子は肉体を破壊することができても再生できるのだろうか?)


 バッファローと、同時に志戸田節子を観察するための機材はきれいさっぱりバッファローにより破壊されてしまったため詳細は分からない。


(ああ、そういえばもう少ししたら検査結果が出るはずだ。志戸田のテロメアが短くなっていれば……それなら、私が頑張らなくてもそのうち寿命で死ぬんだからってことで殺処分命令が撤回されたりしないかな……しないだろうなぁ……)


 肉体的、精神的な疲労が益体のない思考を巡らせる。風間はそれを振り払うためにタバコに火をつけると、溜息と共に煙を吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの観察報告 否定論理和 @noa-minus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ