黒薔薇の裏切りエージェントの日常

月影澪央

第1話

 今の俺には三分以内にやらなければいけないことがあった。


 それは、この俺の周りを取り囲む数十人の刺客集団を、味方が来る三分以内に殺すことだ。


 俺は国に雇われたエージェント。簡単に言えば殺し屋。殺し屋を殺そうとする刺客なんてなんだか滑稽だが、言うなれば国の殺し屋組織が正義として、敵の組織は悪みたいな位置付けだ。そして俺はその組織と個人的な因縁がある。昔は仲間だったのだが……


 そんなことはさておき、何で取り囲まれているかというと、元は俺が夕食の買い物に出ていたところだった。


 俺は買い物の途中で見張られている気配を感じ、とりあえず店を出た。どうせ何か買っても戦闘になって無駄になると思ったから、何も買わなかった。


 そうして店を出ても、その気配は消えなかった。やはり思った通り、俺は後をつけられているようだった。その正体は容易に想像できる。だって殺し屋を殺す殺し屋なんだから、その仲間たちに狙われることもある。


 だが俺の場合、任務において一度も生存者を出したことはない。だから本来は刺客なんていないはずだ。俺のことを知る人間などいないはずなのだから。でも過去の因縁で、俺は他のエージェントよりこういうことが多い。そのせいか、俺はエージェントとしての仲間が少ない。


 そんな中俺は数少ない仲間に任務中に本部と連絡を取るようなイヤホンから連絡を入れた。もちろんそれがバレないように、イヤホン側の耳に携帯を当てて電話しているように見せる。


「あ、もしもし?」

『どうかした?』


 答えたのは少女だった。俺の相棒とも言える少女だ。


「申し訳ないけど、今日の夕飯は冷食でいいか?」

『……わかった。すぐ応援要請する』

「ああ。助かる」

『……三分で着く。それまで頑張って』


 通信はそこで途絶えた。


 俺は心の中で『三分以内で終わらせてやるよ』と宣言して、チェイスを始めた。


 まだ少ししか住んでいないが、この街の構造はなんとなくわかっている。高くて古い建物が建ち並び、路地裏が多く、人気はないし監視も緩い。よって犯罪のやりやすさがあり、刺客の処理にはもってこいの街だ。


 そして路地裏を進んで、一番戦いやすい場所とあらかじめ決めておいた場所まで来ると、ちょうど進路も退路も塞ぐように敵に取り囲まれる。


 逃げ道を無くされ、終わりを自覚した――ような演技をする。


 路地裏に入ってからここまで走ってきたのもあって息が上がっているのも演技だ。


 まあそんなもので騙されるような奴ではない。さすがに俺を相手に気を抜くはずがなかった。


 それからそいつらは俺に銃を向けるが、その引き金を引くことはない。なぜなら敵は俺を挟むように構えているので、俺が一発でも避ければ味方に当たりかねないからだ。これは好都合。


 そんなデメリットの上でこんな形を取った理由は二つほど考えられる。


 一つは単純に拳で戦うという考え。厳密には近接武器、飛び道具でないもののことだ。数十人で掛かれば、取り押さえることくらいはできるだろうと思った可能性。ただ、俺の場合は素手でもある程度捌けるし、俺は一人なので銃も使えるのでリスクは高い。


 もう一つは戦意喪失からの降伏を狙ったものだ。だがそんなものに乗るはずがない。俺はこの人数を一人で捌く自信がある。向こうもそれはわかっているが、そうするしかないのかもしれない。何度も戦わせることによって段々と面倒くさくなってくるのを待っている、だとか。


 だがやはり、大人数は戦いにくい。


「まあこんなに大人数。暇なのか? お前ら」

「ユーリ、お前のような裏切り者はボスの子息であっても処さなければならない。今までもそうしてきただろう? お前が」

「確かに裏切り者を殺すのは当然の流れだが、殺されることに義務はない。死にたくなければ戦うのが普通だ。今まで俺はそいつらより強いから殺してきただけにすぎない」


 こんなに喋ってる暇はないんだが……


「つまり、お前らは弱い。お前らに俺は殺せない。もっと他のことに人員を裂くことだな」


 それを開戦の合図として、俺はまず高く飛び上がって敵の全容を把握した。


『ユーリ、あと一分だよ』


 相棒からそう連絡が入り、スイッチが入る。


「上等だ」


 そう呟き、俺はまず適当にナイフを何本か投げ込んだ。それは敵の心臓が頭を貫き、まず何人か殺した。


 俺が上に出れば敵は引き金を引ける。その予想通り、敵は引き金を引いて俺を殺しに来る。


 だが空中で体を捻って全てかわしながら地面に着地する。


 そこからはいつも通り。近づいてくる奴はそいつより速い速度で殴って蹴って気を失わせる。そしてそこを狙ってくる相手には銃弾を的確に撃ち込んで殺す。最後に怖気付いた奴らをナイフ片手に集団の中を走り回り、派手に血飛沫を上げながら全員仕留めた。


 そこでちょうど三分が経ち、同じ組織のエージェントたちが到着した。


「遅かったな。残念だったな、お前らに給料は出ないぞ」


 そう煽って、俺はその場を後にした。

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