【KAC2024 1】頑固一徹

かきぴー

23時57分

 一徹には三分以内にやらなければならないことがあった。母の遺言を守るために。


 こう言う時に限って。かつては「マーフィーの法則」というものが流行ったこともあった。時間が制限される時に限って、不測の要件が舞い込んでくるものだ。

 こんなこともあろうかと、などと言うのはご都合主義の物語の中だけの話。普通は狼狽え、焦り、思考が停止してもおかしくはない状態である。

 しかし一徹は、こんなこともある、と常々心がけておくことで、少なくとも冷静に対処する余裕を持つことが出来るようになった。これは母の言葉ではなく、自らの三十数年の人生経験から割り出したことだった。

 上司から緊急のメッセージが入る。ノートパソコンを開き、関連資料をまとめて圧縮ファイルにしてメールに添付する。解凍のパスワードは、別メールで送信することも忘れない。焦るときこそ、手順をふめ。母の言葉だ。残り二分三秒。

 後輩から送別会会場の候補を上げたメッセージが届く。これは後回し出来る。「吟味してみます。ありがとう!」とだけ返信する。この一言が好感度のためには欠かせない。感謝は言葉にして伝えないと伝わらない。これも母の残した言葉だ。残り一分三十二秒。

 HDDレコーダーのランプが突然点滅し出した。やばい。ハードディスクの残量が少なくなっている。この後始まる推し番組が録画できない。もちろんリアタイで見るのだが、保存する意味で毎週欠かさず録画している番組だ。慌てて、リモコンを操作する。キーワードで自動録画されている番組で、関係のないものを片っ端から消去する。三時間分の空きを作ることができた。これで今夜の番組はもれなく録画できそうだ。ハードディスクと通帳は毎日チェックしろ。母の教えを疎かにするところであった。残り四十秒。

 これ以上の邪魔が入らぬよう、パソコンの電源を切り、スマホはおやすみモードにする。これで完璧だ。おもむろに割り箸を手に取り、二つに割ってテーブルに置く。左手はカップを掴み、右手は開け口の端を掴む。


 ――カップ麺は三分ジャストで蓋を開け、すぐに箸でかき混ぜること。


 一徹が幼い頃から母から言われ続けた言葉。母の真剣な顔に半べそになってうなづくと、分かればよろしい、と笑顔で頭を撫でてくれた母。大人になった今でもあの光景は、片時も忘れたことはない。


 五秒前。4、3、2、、、



 ガチャ。

 突然背後で扉の開く音。一徹は慌てて振り向く。


「ええ匂いさせて。こんな夜中に何食うてんの?」

「おかん、ノックなしに扉開けるなって何回言うたらわかんのや!」

「ごめんごめん。そないに怒らんでも。あれ、一徹、時間大丈夫か?」


 ぐああああ。六秒オーバーやないか……。



【おしまい】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC2024 1】頑固一徹 かきぴー @o_keihan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ