ワンナイトラブ? (OL(二十五歳) @会社 (その2))
私、どうなるのだろう。
どうすべきなのだろう。
佐伯さんと二人で一緒に帰るという所期の目的は簡単に達成した。
それどころか介抱するつもりが、こんな風に介抱してもらう形になって、今、佐伯さんの傍で佐伯さんのものに囲まれて呼吸している。
望外の展開。
できるなら、もう少しここに居たい。
でも、もう少しってどれぐらい?
明日は仕事。
自宅に戻らなければ着替えられないし、化粧もできない。
薄ら目を開き、腕時計を確認する。
十時半。
電車はまだあるな。
一時間ぐらい居させてもらえれば体調は回復しているだろう。
電車がなかったら、私はどうしていたのだろう。
ここに泊めてもらう?
佐伯さんと一晩同じ部屋で。
だとしたら、シャワーを借りられるかな。
何か部屋着も。
何なら、寒いし裸で抱き合って……。
まさか、ね。
タクシーを捕まえて帰るのだろう。
ガチャっと音がして、スウエットのズボンにTシャツという見たことのないラフな格好の佐伯さんが現れた。
濡れた髪をタオルで拭いている。
「どう?」
佐伯さんがドカッと私の横に座る。
シャンプーなのかボディソープなのか、柑橘系の柔らかいにおいが漂ってくる。
「少し良くなってきました。すいません。ご迷惑をおかけして」
謝っていると、申し訳ない気持ちがドンドン募ってきた。
情けない。
恥ずかしい。
何をやっているのだろう。
「迷惑なんかじゃないから、謝らなくて良いよ」
佐伯さんは手で優しく私の頭をポンポンとしてくれた。
そして私の肩を抱いて引き寄せた。
温かい。
煙草のにおいが消えていて、少し寂しい。
少しずつ、佐伯さんの体が重くなってきた気がする。
私にのしかかってきている?
佐伯さんの手が私の首筋に触れて、私はビクッと体を震わせた。
「シャワーを……」
「そんなのいいから」
その後の大事なところはあまり覚えていない。
夢なのか現実なのか分からないような時間だった。
そして、そのまま眠ってしまい、ハッと目を覚ましてからのことは鮮明に覚えている。
夜明けとともに慌ててタクシーで家に帰った。
シャワーを浴び、服を着て、朝食を済ませ、入念に化粧し、内心ビクビクしながら出社した。
この過程で佐伯さんから私への好意を、ましてや今後の二人の関係についてを何かしら示してもらったことはないと思う。
そんなことがあれば、さすがに覚えているだろう。
恐らく私も、佐伯さんのことがずっと好きだったということを伝えていない。
次に二人で会う約束もしていない。
LINEすら知らない。
別に、酔った勢いで一度だけ一晩を共にした関係、ということでも構わない。
そう思う反面、もしかしたら佐伯さんと付き合えるチャンスを手にしているのではないかと考えると、このまま時間が流れていくのを指をくわえて見ているのはもったいない気がしてしまう。
あっという間にもうすぐお昼だ。
あまり、お腹が空いていないな。
時計を見ながらそう思っていたら、私の視界を佐伯さんが横切って行った。
煙草かな。
近くの電話が鳴って、目は佐伯さんを追いつつ反射的に受話器に手を伸ばす。
佐伯さんはいらっしゃいますか?
佐伯さんに電話だ。
私は保留ボタンを押して、立ち上がった。
廊下に向かって小走りし、佐伯さんの姿を探す。
階段室の扉が閉まる隙間に佐伯さんの背中を見た気がした。
喫煙スペースは建物の屋上にあり、二階分上がるのを佐伯さんは階段を使うことを知っている。
私は階段室に向かってダッシュした。
少し重い鉄製の扉を開き、「佐伯さん」と階上に向かって声を掛ける。
「ん?俺?」
頭上で佐伯さんの声が響く。
「はい。内線です」
「はいよ」
バタバタと靴音がして、佐伯さんが現れる。
扉の横で壁を背にして立つ私の前で佐伯さんは立ち止まった。「今晩、時間ある?」
「あ。はい」
私は大きく頷いた。
デートかな。
それとも昨日のことは忘れて、と言われるのか。
そうだったらどうしよう。
私は不安な気持ちで、佐伯さんの横顔を見つめた。
佐伯さんは扉のレバーに右手を掛け、何かを思い出したような感じで私を見た。
そして、スッと顔を近づけキスをした。
さらに、胸にサワッと甘い感触。
おっぱいを撫でられたのだ。
「じゃあ、後で」
佐伯さんは扉を開いてフロアに消えて行った。
私はカッと顔が火に炙られたように熱くなるのを感じ、頬を手で覆ってその場にしゃがみ込んだ。
萌えキス展開! 短編集 安東 亮 @andryo
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