第7話 運命の出会い⑦

「剣を構えた相手と対峙するときは、相手をしっかり見るんだ。そして、相手の気を感じて動くことが重要だ」  


 以前、習い事でやっていた剣の稽古のさい、先生から言われた言葉だ。

 その先生は元々フィツア出身ではないこともあり、フィツア独自の剣の流派とは異なった教えをしていて、あまりそこに通う子どもは多くなかった。ただ、父から勧められたために行ってみたのだった。

 スカイは相手の動きを目で追って、それに対応するように動いていた。

 特段運動神経がよくなかったことや、相手が年上ばかりだったこともあり、スカイは負け続きだった。

 ある日、いつものように負けてふて腐れているときに、先生からアドバイスをもらったのだ。

 しかし当時のスカイはその助言にとくに耳を傾けず、剣の稽古の習い事もそのままやめてしまった。


 そんなスカイであったが、いま、木刀を持った細身の男を前にして、もっと続けていれば良かったと初めて後悔したのである。

 ただ、そんなことを思ってもあとの祭り。いまはそんなことを考えている暇はない。


 スカイは目の前の男を俯瞰した。

 細見で腕っぷしは弱そうである。しかし、成人男性ということもあって身長はスカイより高く、武器を持っている。

 対してスカイはどうか。ポケットを探ってみるも、武器になりそうなものはなにもない。入っているのは包まれたチョコレートが数個のみである。圧倒的に不利な状況である。

 そして、それはレインとヘイルも一緒だろう。二人も武器を持ち、自分よりも大きな相手とやりあおうとしている。助けを求めることはできない。

 スカイはちらと後ろを振り返る。窓がついた壁。階段があることからこの部屋は二階以上である。ここから落ちれば、命の危険がありそうである。


 もう、腹をくくってこの相手に対峙するしかないのである。


「その目、気に入らないなあ」


 細身の男がすっと刀身を地に着けてそう呟いた。

 スカイはなんのことか分からず僅かに瞳を逸らす。


「それだ、その反感的な目。さっきまでは怯えた子犬みてーな目だったのに。また、僕の手で恐怖を感じさせてやるよ」


 男は刀身を上げながら、スカイへとつっこんでくる。

 スカイはすんでのところで右側へ移動し回避する。


「ちっ、ちょこまかと」


 男は刃を返そうとするが、勢い余って壁に木刀が突き刺さった。


「ぼろ壁が」


 男は木刀を引き抜いて、身体を反転してスカイに正対した。

 いまがチャンスだったのかもしれないとスカイは感じた。刃が壁に突き刺さった瞬間は男は身動きが取れない。そして、男の意識はどうしたって木刀へいくため、隙ができやすい。

 そして、この建物はところどころ朽ちていることもあって、壁はひどくもろいのである。その証拠に先ほどのハンマー女も隣の部屋とを隔てる壁を破壊している。


 スカイはそこで一つのことを閃いた。

 額から垂れる汗を拭うとポケットのチョコを握り一歩前に足を出す。


「な、なあ、お前、本当は星立高校の成績優秀者っていうのは嘘で落ちこぼれだったんじゃないか」


 やすい挑発。

 途端、男の目がかっと見開かれ鬼の形相になる。


「なにを言っているんだ。僕はエリートだったんだぞ」


「優秀な人間は環境が変わってもその非凡さを発揮する。転校してから人生が上手くいかなくなったって言っていたけど、そもそも星立高校時代も大して変わらなかったんじゃ――」 


 バン、と乾いた音が部屋に鳴り響く。

 男が木刀で床を叩いたのだ。ひどく鋭い目でスカイを睨み、フーフーと息を荒げている。


「ず、図星かよ」


「違う、違う、違う。僕は成績優秀者だった。それを妬んだ奴らに邪魔されて、一時は上手くいかないときもあった。でも、すぐに返り咲くはずだったんだ。それをあいつが、ファーメント・ローグレイが阻んだ」


 その嘆きは、スカイの胸にはそこまで強くささらなかった。

 目の前に立つ男からは父への恨みの感情がはっきりと見て取れる。しかし彼の人生を壊した原因の全ては果たして父の制定した法律なのだろうか。


 きっとそうではないのだろう。ただ、彼は自分の現在を正当化するために父の作った法律が人生において成したことを拡大解釈し、そこに責任を押しつけることで自我を保っているのである。


「お前の気持ち、分かる気がする」


 上手くいかないときに目を逸らしたなる。それは、最近までスカイが感じていたことだから。ただ、スカイにとって僥倖だったのは、彼の近くには同じ環境の中で野心に燃えた男たちがいたこと。

 きっと彼らがいなければ目の前に立つ男の姿は未来の自分だったのかもしれない。


「なんだ、その、そのお前の哀れんだ目は。僕を、僕をそんな目で、見るなあ」


 男はぎりぎりと歯を食いしばり、木刀をぐっと力強く握りしめた。

 スカイはその瞬間、握りしめていたチョレートを男の右腕の方へと投げつけた。


「おらっ」


 男はそれを振り払うように木刀を横に振った。

 そして、再びその刀身が壁へと突き刺さった。


「ちっ、なんなんだよ、こりゃ。なにかの包みか?」


 男の視線はスカイの手から投げられたチョコレートの包みに奪われていた。

 いまがチャンスだ。スカイは勢いよく床を蹴って男の方へ向かっていく。


「あっ、くっ、来んな」


 男は焦った声で木刀を引き抜こうとするが、上手く壁に刺さっているようで、その手はそれ以上動かなかった。

 スカイは拳を握りしめた。


「ちっ、くそが」


 男は木刀を放棄して、拳を構える。

 そして、右手をスカイへと突き出す。しかし、その腕がスカイに到達するより早く男の懐へと潜り込んだ。


「くらえ」


 スカイは男の股間に全力のパンチをお見舞いした。


「ぐあっ」


 男は悲痛な叫び声をあげて仰向けに倒れる。スカイは男に近づくと、今度は何度も股間を蹴り飛ばした。


 男は蹴るたびに叫び声をあげていたが、次第にその声はか細くなり、聞こえなくなった。

 見れば、あまりのダメージで白目を剥いて気絶していた。


「よっしゃあ」


 スカイは雄叫びをあげる。

 それから、あたりを見渡した、そこには太った男とピアスの女の倒れた姿がある。

 レインはすかした顔で、ヘイルは冷静な顔でその倒れた姿を見ている。二人ともとくに傷などもなさそうである。

 部屋の真ん中では、そんな様子をスキンヘッドの男が静かに眺めていた。


「これで一対三。形勢逆転だな」


「ちがうわ、一対四よ」


 そんな声とともに壁の穴からムーンが出てくる。

 どうやらハンマー女を無事撃退したようである。


「さあ、次のラウンドに移ろうか」


 レインが男を見上げ、そう高らかに宣言した。

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スカイ、宙へ征く 緋色ザキ @tennensui241

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