もう一人の私(だぶんぐる版)【自主企画作品・1】

だぶんぐる

また会えたね……でも、もう会えない……

【前書き】

本作は、自主企画『あなたの作品を原作で書かせてもらえませんか?』の応募作。

『神楽堂』様の『もう一人の私』を原案にだぶんぐる改変で書かせていただいております。

ご提供ありがとうございます。是非、原作もお読みください。

私の改変により現代ドラマっぽくなったかなと思うので、本作は【現代ドラマ】ジャンルにしていますが、神楽堂様の原作は【現代ファンタジー】です。検索でお気を付けを。





***********


『もう一人の私』




 世の中には自分にそっくりな人間が何人かいるという。


「………………え?」


 私の目の前で寝ている女性はその一人だろうか。

 実にそっくりだ。

 似ているとかそういうレベルではない。私とまったく同じ顔。

 これまでの人生でここまで自分に似ている人に、私は会ったことがない。

 生き別れの双子の妹よと言われれば信じてしまう。いないけど。


「もしくは、ドッペルゲンガー……って、ちょっと待って」


 その時、はっと気づく。

 ドッペルゲンガーって、そういえば会ったら死ぬんじゃなかっただろうか。

 いや、目が合ったら? 会話したら? 二回会ったら?

 とにかく、良い事は書かれていなかった気がする。


「まずいまずいまずい……!」


 私は慌ててこの場を離れようとするが何故か動けない。金縛りにあったような感覚。

 ドッペルゲンガーと向かい合ってる状態で金縛りなんて最悪だ!

 今、私に出来る事は……!


「どこか違う所どこか違う所……!」


 彼女をドッペルゲンガーではないことを証明する事。

 もう一人の私ではないという事実を見つければいい!

 慌てて彼女の顔で違う部分がないか探す。私の方が美人な気がするが違うかもしれない。


「あった、分け目……!」


 髪の分け方が違う。

 私はいつも左に4、右に6の割合で前髪を分けている。

 しかし、目の前の人物は、6:4で分けている。


「でも、こっちも悪くないかも……?」


 目の前の私っぽい人の髪型をじっと見ているとなんだか6:4の方がいい気もしてきた。

 もし、右左の割合を変えたら夫は気づいてくれるだろうか。

 

「今、仕事が忙しいみたいだし、気付いてくれないだろうな……」


 視線を落とした瞬間に違和感。

 その違和感の正体はすぐに見つかる。

 ほくろだ。

 私は、右目の目尻に涙ボクロがある。

 私っぽい人にも涙ボクロはあるのだが、その位置は反対。


「この人も、子どもに『ママ、ゴミがついてるよ』って言われた事あるのかな」


 息子に言われた衝撃の一言を思い出し、思わず笑ってしまう。

 アレは愛する息子の言葉といえど、いや、愛する息子の言葉だからこそショックが大きかった。

 夫には『死体みたいに真っ青な顔で面白かった』と笑われた。


「それにしても……この人、よく寝てるわね」


 私がこんなに間近にいるのに、私っぽい人は死んだように静かに眠っている。

 随分図太いひとだ。やっぱり私とは違うな。


「いや、というより、そもそも……」


 ここはどこなんだろう。知らない部屋。随分と殺風景な部屋だ。

 まさか監禁? 実験施設? 誘拐?

 身代金を要求されるとしたら家に電話があるのだろうか、私の携帯から夫にかけるつもりだろうか。忙しい夫が仕事中に私の携帯からの着信に出てくれるだろうか。

 ……来てくれるだろうか。


 そう思った瞬間、夫がやってきた。

 嬉しさがじんわりを溢れてきている私を無視して、夫は私っぽい人を見て、驚いていた。


「え? そっち?」


 夫は私の声を無視したまま、目の前の寝ている私っぽい人に一生懸命話しかけている。

 私っぽい人は起きない。夫に無視されている私を差し置いて話しかけられているのにいい根性をしている。腹立たしい。全然起きない。顔も真っ白だししん


「……あ」


 私だ。


「そうか」


 アレは私っぽい人じゃない。


「そういうことなのね……」


 『私』


「私、死んだのね」





 夫は今日、急遽仕事が入り出勤となった。

 だから、仕事があった私が職場に無理を言って早退させてもらい、授業参観の為に学校に向かっているはずだった。


 色々な事が重なって、イライラしてた。

 運転が荒くなっていたんだろう。

 無理して交差点に突っ込んだ。

 ものすごい衝撃の後の記憶がない。

 気付けば、『私』の目の前にいた。

 いや、死んだ私の身体の目の前にいた。


「そうだ……授業参観……!」


 一気に色んなことを思い出し、汗が噴き出る感覚に襲われる。

 だけど、私は今、魂か霊か何かの状態なんだろう。汗もかかずただただぎゅっと自分が縮み上がるような気がし苦しくなる。


「ママ……?」


 ドアを開けて入ってきたのは、私の息子だった。

 息子はまだ小学2年生だ。

 事態を把握できていない様子できょとんとしたあどけない顔でもう一人の『私』に近づいてくる。

 夫や見知らぬ周りの人間の様子にどういう顔をしていいかわからないようだった。

 私も、分からない。授業参観に行けなかった、これからも行けない私がどういう顔をしていいのか……いや、そもそも、今の私に顔があるのかもわからない。だって、『私』の顔はそこにあって目を閉じて眠ったように死んでいるのだから。




 部屋に台車が運ばれてきた。

 台車の上には、水差し、茶碗、脱脂綿、お箸が置かれている。


「まさか、この光景を次に見るのが自分のとはね……」


 夫が茶碗に水を注ぐ。

 そして、箸で脱脂綿をつまむと、茶碗の水に浸し、持ち上げる。

 濡れた脱脂綿を、目の前で寝ている『私』の唇に当てた。


「私にはなんの感覚もないけどね」


 夫は、息子に箸を持たせる。


「パパがしたみたいに、やってごらん」

「これなに?」

「末期の水だ」

「まつごのみず? なにそれ?」

「……ママに、水を飲ませてあげるんだ」

「ママ、自分でのめないの?」

「……ああ、そうだ……」

「ふーん」


 夫の様子に何かを感じ取ったのか、息子はそれ以上何も言わず、不器用な手つきで目の前で寝ている『私』の唇に濡らした脱脂綿を、頑張って当ててくれた。


「ママ、お水おいしい? たくさん飲んでね」


 私の目の前の、そっくりな『私』の唇が濡れる。

 なんだか私も少し唇が濡れた気がした。

 夫の頬は涙でしっとり濡れていて、何故か少し笑ってしまった。


「……そのくらいでいいだろう」

「ママは、いつ起きるの?」

「……」




「お箸の使い方上手だね……がんばったね……」


 私の声は届かず、息子はただ箸を握っていた小さな手と『私』を交互に見ていた。




「奥さんの写真、ありますか?」

「え~っと」


 打ち合わせをしている夫がスマホを操作し、私の写真を探している。


「はあ……」


 私は写真写りが悪い。

 いつ見ても、写真の中の私はなんだか変だ。

 そう思っていた。


 でも、今日、『私』を見て、分かった。


 私はいつだって鏡の中の私を見てきた。

 洗面所でも、お化粧台でも、たくさん見てきた私は『私』ではなく、鏡に映る左右反対の私だった。

 写真写りが悪いと思ってしまうのは、鏡の自分とは左右が反対だから。

 見慣れない顔に見えてしまうから。


「目の前で寝てる『私』への違和感はこれだったんだ」


 目の前で寝ている私が本当の「私」だったんだ……。


 目の前の『私』とスマホの中の私を重ねていく。

 スマホは夫の指によってどんどんとスクロールされていく。


 あっという間に思い出は遡られていく。あっという間に。



「もっと……」


 もっと、いっぱい、家族で写真を撮っておけばよかった。



 もっと、いっぱい、息子の手を握ってあげればよかった。



 遠足のお弁当、息子が好きなおかずをもっと入れてあげればよかった。


 参観日や学校行事、もっと行ってあげればよかった。


 ちゃんと準備してピカピカのニコニコのママで行ってあげたかった。




 これからは息子のことは全て、夫に託すことになるのか……


 息子の学校のこと、書類とか学用品の準備とか大丈夫かな?

 いろんなお金の振込先や引き落とし口座、どれがどれだったか、一覧を作っておいてあげればよかった。


「……あは」


 そんな現実的なことを心配している自分に苦笑した。




 息子は、この空気がいやになったのか、外へ出て行きたいと夫にねだっている。

 まだ子供。当たり前だ。どういう状況なのかも分からないんだから。



 息子はこれから、どんな人生を歩むんだろう。


 背が高くなって、声変わりして、生意気な口を利くようになって……

 やがて、彼女も出来て……


 涙ボクロをゴミだと言わないだろうか。そういうことを教えてあげられるだろうか。

 いや、女心のアドバイスなんて夫に出来るのだろうか、あの夫に……

 そもそも息子にちゃんと色んなことを教えてあげられるんだろうか。

 学校の勉強もそう、家の事もそう、女の子のことも、人生のことも……


「まだ、なにも伝えられてないじゃない……あなた」


 私は『私』を見て溢れる気持ちが抑えられなくなっていく。


「まだ何も出来ていないじゃない!」


 何を呑気に寝ているんだ、この女は。


「なのに、ちゃんと出来なくて! イライラして! 死んで!」


 『私』は何も応えてくれない。私の癖に!


「もっと『好きだよ』とか! 『あいしてる』とか! 『ごめん』とか! 『ありがとう』とか! 伝えなきゃいけなかったことがあるでしょう! 私!!!!」

「うるさい!」


 夫が、部屋に響く声で叫んだ。

 でも、夫が見ているのは私でも「私」でもなくて、息子で……。


 息子は夫に怒られたことがほとんどないから、びっくりして目をまん丸にしている。

 私も、驚いた。

 こんなあのひとは見たことない。


「……ごめんな、大声出して。いいか、よく聞きなさい」


 あのひとは、『私』をちょっと見ると、息子の肩を両手でしっかりと掴んで、息子の目線に合わせて、ゆっくりと丁寧に口を開いた。


「ママは……ママは……死んじゃったんだ。もう起きない。これからは、パパと二人で頑張らなきゃいけないんだ」


 息子は分からないだろう。死なんて、ゲームやテレビの中の話でしかない。

 初めてだから。


 だけど、あの人の声が息子の何かに触れたのだろう。まん丸の目いっぱいに涙を浮かべはじめ……。


「う、うあ、あああああああ、あああああああああああああああああ!」


 大声で泣き始めた。




「最期に教えてあげられてよかった、かな……」


 きっとこれからあの子は、ひとを大切にするだろう。

 命を大切にするだろう。

 やさしい子になってくれるだろう。


 いっぱい写真を撮るようになるだろうし、誰かの手をいっぱい握ってあげるだろうし、自分の子どものために色んなことをしてあげるだろう。授業参観や学校行事も協力してピカピカのニコニコで行ってくれるだろう。


 もしかしたら、日々の忙しさや理不尽な出来事で大切な事を忘れるかもしれない。


 その時は、私の写真や、これから遺されるだろう『私』の骨を見て、


「私を思い出して、大切なものを思い出してね」


 そうしてくれたなら私の意味はあったのだろう。


 息子が泣いている。身体は熱を持ち始めたのかうっすら赤くなっている。


 そこには間違いなく私がいる。



 私の意識はだんだんと消えていくけれど、私はいる。『私』もいる。

 最期に息子と夫の顔を見つめたが、かすんでほとんど見えなくなってしまった。


「また会えたね、でも、もう会えない……」


 代わりに見えてきたのは、一面のお花畑。ここでまた会えるまで待つとしよう。


 ふわりと風が吹いた。




『私』の顔に白い布が被せられ、私はみえなくった。



〈 了 〉

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もう一人の私(だぶんぐる版)【自主企画作品・1】 だぶんぐる @drugon444

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