特異型彗星「バッファロー」を回避せよ

水涸 木犀

ミッション:特異型彗星「バッファロー」を回避せよ

 操舵士アダムには、三分以内にやらなければならないことがあった。特異型彗星「バッファロー」と宇宙船エデンの衝突を回避することだ。


 通常、彗星は他の惑星の引力に引かれ、一定の周期で他の惑星を回る。しかし、五年前に発見された特異型彗星は違う。まるで他の星に引力などないかのように、一方向に向かって突き進む。そのさまを、「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのようだ」と形容した研究者の言葉を引用して、特異型彗星「バッファロー」と名付けられたのだ。


 俺たちを乗せた宇宙船エデンは、あと三分でバッファローと衝突する軌道上にある。衝突予測はもう数十分前から算出されていたが、船に乗る科学者のスネークが、「こんなに間近でバッファローを観測できる機会は無いから、ぎりぎりまでデータを収集すべきだ」と主張したせいでこんな差し迫った状況に陥っている。


 それもこれも、俺の操舵能力であれば三分で回避が可能だという無茶な判断を下した船長、イヴのせいだ。信頼はありがたいが、こちとら船員全員の命を預かる身だ。バッファローが仮に想定外の動きをした場合三分では間に合わないと抗議した俺の言葉は、イヴの冷たい目線でいなされた。


「アダムは、不可能を可能にしてきた。今回だってできるだろう」


 宇宙船において、船長の命令は絶対だ。俺は最適な航路を計算する水先人たちの方に視線を向けつつ、彼らの報告を待った。


「『バッファロー』、予測値よりわずか下方に進行方向を変えました」

「わずかっていくつだ」

「すぐにデータを送ります」


 やはり未知の部分が多い彗星だ。一筋縄ではいかない。水先人の送ってきたデータに目を通している後ろで、高い声が響く。


「やはりバッファローは、ブラックホールの重力に引かれているようですね。これは興味深い」


 スネークの声を無視し、俺は舵を切る。遠くに赤茶色の光点がわずかに見えた。衝突するか、否か。この船の命運は俺の腕に託された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

特異型彗星「バッファロー」を回避せよ 水涸 木犀 @yuno_05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ