学園と訓練

探索者育成学園。


それは300年前に地球上に出現した『異界迷宮』を探索、調査及び迷宮内の資源の確保を目的とした人材を育成する場所だ。


A級『異界迷宮』を囲うように建てられた校舎には最新式の訓練設備が複数点在し、そこに勤める教師もまた、現役時代は一線級の活躍をした猛者ばかりだ。


探索者と呼ばれる者達は皆、程度の差はあれど命がけで『異界迷宮』へと潜る。故にこの学園では特殊なカリキュラムの元、魔物との戦闘を想定した超実践的訓練が行われる。


だが、


「ひぎゃ!?」「うぼぇ!」「ひゃすけて!?」


各々武装した生徒が呻き声を上げながら宙を舞い、大地に叩きつけられる。


現実離れしたその光景は悪夢にも似ていた。


「どうした、その程度か?」


隻腕の教師、黒曜伊織こくよう いおりは嘲笑うように言葉を吐く。


ここまで一方的な暴力を果たして教育と言えるのだろうか?


否、断じて否だ。


そう思った俺は即座に逃走を決める。


こんなバカげた訓練続けられるか。


黒曜教師の背面に回り込み、通常の学校にある体育館の数倍の広さを誇る戦闘訓練場から逃げ出した。


が、


「どこに行く?」


先程まで後方で他の生徒を相手取っていたはずの黒曜教師が走り出した俺の目の前に立っていた。


「クソがぁッ!」


理解不能な現実、だがこれまでの経験からこの教師がこの程度の事は造作もなくやってのけると理解していた。


俺は即座に逃走を諦め、せめてこの非常識教師に一撃入れてやろうと拳を振るう。


「直情的すぎるな」


しかしその拳は容易くいなされその勢いを利用され背負い投げの要領で空を飛ぶ。


そのまま着地の姿勢を取れるはずもなく地面に落ちた。


「グぇ」


間抜けな声を上げて床に這いつくばった。


これが学園に入学して三日目の事だった。






「クソ教師がよぉ……」


昼休み、俺は学園内の広場に設置されたベンチに座り天を仰ぎながら悪態を吐いた。


入学式以降具体的な説明を受ける事無くただひたすらボコボコにされる生活が続いていた。


どう考えてもこれで強くなれるとは思えない。


これならば『異界迷宮』に籠って魔物どもを倒していた方が余程身になるだろう。


「……学園に期待しすぎたか?」


そもそもこの学園に来るつもりなどなかった。


ただ仲の悪い両親から逃げる口実として探索者を選び、実家から離れる為に学園に来ているのだ。


このまま意味があるとも思えない訓練を続けるくらいならば学園など通う必要もないかもしれない。


そんなことを思っていると、


「───おい、お前」


声のする方向に視線を向ける。


そこにいたのは眉を中央に寄せ此方を睨む、入学早々暴れていた小さな少女だった。


「て、テメェ!」


俺は立ち上がり少女からバックステップで距離を取る。


お互いが睨み合い不穏な空気が流れる。


ねいちゃん……?」


その空気を壊したのは小さな少女の隣に立っていた女生徒だった。


凍えるような低い声で寧と呼ぶその女生徒は入学式に謝罪をしてきたピンクブロンドの少女、坂巻奈々華だ。


「な、奈々華……」


奈々華に睨まれた寧と呼ばれた少女は母親に叱られた子供のように縮こまる。


「私、言ったよね。迷惑かけたんだからちゃんと謝りなさいって……」


「わ、私はちゃんと謝ろうとした!けどこいつが睨んできたから!」


「言い訳しない!」


「ひぅ……!」


まるで、というか親子そのものな会話だった。


俯いた後、寧はこちらに近付いてくる。


「す…………」


「……す?」


「…………すいませんでした」


頭を下げる寧、しかし目から反省の色は見えない。


むしろ殺意しか感じない。吊り上がった眉と座った瞳から言葉通りの謝意が無いことは明らかだった。


「……ああ、俺もあの時は済まなかった。お互いに入学式で緊張してたんだ、しょうがないさ。俺ももう気にしてない」


もちろん嘘だ。


滅茶苦茶気にしている。入学早々殴り合いになった相手を気にしない訳が無い。


が、ここで謝罪を受け入れなければ今後この少女と揉めるのは必至、ならばここで形だけでも和解しておくべきだろう。


「私からも、本当にすみません」


奈々華も寧の隣に並び頭を下げる。


寧と違い心の底から申し訳なさそうな謝罪だった。


「いやいや、勘弁してくれ。アンタに頭を下げられると俺が気まずい……」


俺の言葉を受けて奈々華はゆっくりと頭を上げる。


「それでその、ひとつお願いがありまして……」


「……なんだ?」


寧が勢いよく言葉を続ける。


「あのクソ教師をぶっ飛ばす!」


「───詳しく聞かせろ」







「───詰まる所『異界迷宮』は資源的な側面のみならず、人間を新たな次元へと連れて行きました。さて諸君、このような現象に我々はなんと名を付けた?」


黒縁眼鏡をつけた神経質そうな黒のスーツを着た男が教壇に立ち、眠たげな生徒たちに質問を飛ばす。


やる気が感じられない教室の中、利発そうな小柄な少年が挙手し、黒縁眼鏡の教師が短く『九重ここのえ』と少年の苗字を呼ぶ。


「はい、それに私たちは『位階』進化と名付けました」


「よろしい、では『位階』についても詳しく説明をしてください」


続けれる質問に九重と呼ばれた生徒は澱みなく答える。


「『位階』とは『異界迷宮』から生まれる魔物を討伐することで人間の身体能力向上、第六感や『恩寵ギフト』と呼ばれる特殊能力の獲得を段階的に区分分けした物です」


「正解だ。君たちの多くは未だ『第一位階』、『異界迷宮』への耐性程度しか獲得していないだろうがこれから探索者として活動し『位階』を上げると───」


揚々と教師が語り始めると同時に授業の終了を告げるチャイムの音が教室に響いた。


一瞬不服そうに顔を少し歪めながらも話を切り上げ、教師は早々に教室を出た。


俺はその瞬間席を立ちあがり、九重の席へと向かう。


「九重、ちょっといいか?」


「ああ、結崎くんか。うんいいよ、こちらこそ話をしたかったんだ。例の話だろう?」


「ああ、クソ教師をぶっ飛ばす計画とやらの話を詰めたい」


そう、この少年、九重重蔵じゅうぞうこそが計画の立案者だった。







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迷宮と希望と @soruto666

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