迷宮と希望と

@soruto666

出会い入学

異界、迷宮、ダンジョン。


様々な呼び名を持つその場所は三百年前に突如として世界中に現れた。


ダンジョンからは魔物と呼ばれる怪物が溢れ、人類を襲い始めた。


人類と魔物の戦いは一方的なものだった。


たった二年、それだけの僅かな年数で人類は壊滅的な被害を受け、八割の人類が命を落とした。


それでも人類は滅びなかった。


魔術師、妖魔と呼ばれていた超常の存在の力を借り魔物に対抗して行った。


すると、魔物を倒していた人間の中に特異な力に目覚める者達が現れた。


後に位階到達者と呼ばれる彼等は魔物を倒すことでその力を鍛え、ついには魔物は地上から一掃し、迷宮に押し戻した。


人類は多大な被害を出しながらも、ダンジョンに打ち勝った。


それから三百年、人類はダンジョン出現以前、いやそれ以上の文明へと発展を遂げていった。







「うあぁあああ!?」


桜並木の美しい通学路の中、頭上を学生服を着た男が情けない声を上げながら飛んで行った。


「た、助けてくれぇ!?」


「死ねぇっ!!」


眼前にあったのは一方的な虐殺であった。


背丈は中学生か小学生程の女生徒が、茶色交じりの腰まで伸びた癖のある黒髪を揺らしながら、幼げだが整いのある顔を悪鬼のように歪めて恰幅のいい男子生徒を地面に叩きつけ顔面を足蹴にしていた。


さらにそれを諫めようと近づいてきた眼鏡の大人しそうな男子生徒の顔面に捻りの入った重さが乗った拳を叩き込んだ。


そのままマウントポジションを取り、顔面を殴打している。


流石だな、探索者育成学園。中々にイカレた生徒が集まっている。


俺はそんな事を思いながら女生徒を止めに入った。


「何があった知らんがそこら辺にしておいてやれよ。死んじまうぞ、ソイツ」


「あぁっ!?」


怒り心頭といった顔でこちらを睨み付けてきた。


「折角の入学式なんだし許してやれよ」


止めに入った俺に対しての返答は拳だった。


勢いの良い拳を寸でのところで体を後ろにそらして回避する。


あ、あぶねぇ。先に男子生徒が殴られているところを見ていなければ速度を見誤っていただろう。


「ちッ!」


不快気な舌打ちをすると、そのまま俺への追撃を開始した。


滝のように拳が止むことなくこちらに襲いかかる。


それは武術というものを習った形跡のない乱雑で適当な拳だった。しかし、少女の圧倒的な身体能力が付け入る隙を与えない。


「はなっ、しをっ…聞けっ……!」


こちらの声を聞くそぶりも無く、拳の雨は止むことはない。


ああ、クソッ!そっちがその気ならやってやろうじゃねえかっ!


勢いよく放たれる拳、それに対して行うのは回避ではない。拳の内側、相手の間合いへと一歩踏み込む。


「ッ……!」


驚愕に染まる顔、慌てて防御しようとするが既に遅い。


顔面に向かって肘打ちを叩き込む。


クリーンヒットだ。


ゴンという鈍い音を立てて少女は数メートル吹き飛んで通学路に倒れる。ピクリとも動かない姿に嫌な想像が膨らむ。


あ、ヤバい。ちょっとやりすぎたか…?


むくりと女生徒は起き上がった。どうやら重症ではないらしい、よかった…。


「……くは、くははははははははは!」


嗤う嗤う、女生徒の嗤い声が響き渡る。


どうやら大丈夫ではないらしい。嗤い声と共に女生徒から肌を刺すような濃密な殺気が向けられる。


「死ねぇぇっ!」


飛び掛かってくる速度は先程までの比ではなく、本気で殺しに来ているのだとわかる。


意識を切り替える。最早これは喧嘩ではない、殺し合いだ。


「【身体強化】」


即座に体を現代魔術で強化し振り下ろされる拳を迎撃する。


腕を正面で交差し拳を受け止める。強化されてなお腕には痺れが走る程の強烈な一撃に冷や汗をかく。


なんという馬鹿力、直撃を受ければ致命傷は免れまい。


相手の戦い方は理性のない獣じみたものだ。真正面から馬鹿正直に付き合って付き合ってやる気もない。


魔術による強化も一時的なものだ。最速で相手をぶちのめす…!


絶え間なく襲い来る拳を受け流しつつ出方を探る。


恐らく時間にすれば10秒にも満たない打ち合い、しかし打ち合う当人にとっては果てしなく永い時間。こんなものを続けていれば獣じみた人間だろうと隙ができる。


─────今ッ!


大振り右ストレートを見切り踏み込んだ瞬間、


─────少女悪魔は嗤った。


誘われたと理解した時には既に遅く、引き返すことなど出来はしない。


ならばこのまま押し切る!!


迷いと恐怖を切り捨て一撃に今できる全てを乗せる。


お互いの拳と視線が交差し─────


「入学早々喧嘩騒ぎとはいい度胸だな」


隻腕の男だ。


男はいつの間にか俺と少女の前に立ち片足で俺の拳を、片腕で少女の拳を止めていた。


藍色の質の良いスーツに身を包んだ隻腕の男は気だるけにこちらを睥睨しながら告げる。


「これ以上やるようなら俺が相手になる。それでもいいなら続けろ」


抑揚も覇気も無い声、しかし俺は即座に拳を引く。


俺の直感が告げている。この男は強い、恐らく俺が逆立ちしても傷付ける事すら叶わない強者であると。


「死ねぁ!」


少女は男の実力が分からなかったのか、もしくは分かっていても止まる気がなかったのか。躊躇いなく男に殴りかかった。


瞬間、少女は大地に叩きつけられた。


いや、叩きつけられた様に見えた、が正解だろう。


何故なら俺には叩きつけられた、という結果しか捉えることが出来なかったからだ。


「マジかよ……」


思わず言葉が漏れた。


己の強さに対する自信や誇りが粉々に砕ける音が聞こえる。


「くそぉがぁ……!」


驚いたことに少女にはまだ意識があるようだ。さらに男に対する闘志も陰りが見えない。実力差は明確だろうにまだまだやる気だ。


「はぁ……」


男は浅く、呆れたようにため息をついた。


そして立ち上がれず呻く少女に対し、足を振り上げて勢いよく叩き下した。


ドンッ、と大きな音と衝撃を出した一撃は今度こそ少女の意識を奪ったようだ。


「まだやるか?」


「滅相もないです、はい」


こちらへの問いに俺は両手を上げて降参した。


「…そうか、付いてこい」


そう短く言うと、男は先程まで少女に殴られていた生徒達を掴み上げ歩いて行った。


俺はその後ろを大きな溜息とともに着いていった。






「すいませんでした!」


「ちょ、やめてくれ…!」


入学式を受けずに説教と事情聴取を受けて教室に遅れて到着した俺はピンクブロンドの髪が特徴的な少女に頭を下げられていた。


「いえ、私がもっとしっかりしていれば……」


「いやいや、暴れたアイツが悪いんだからアンタが謝る必要は無いって」


どうもこの少女は先程暴れていた少女の友人らしい。


何処からか俺と少女が殴り合ったのを聞きつけて謝りに来たのだ。


正直言って謝られても困るというか、既に教室内でヒソヒソと俺に対しての陰口が広がっている。


このままでは入学早々俺のイメージがとんでもないことになりそうだ。


「そんなに気にしないでくれ、幸い怪我も無かったし不幸な事故に巻き込まれたとでも思っておく。ええと……」


坂巻さかまきです。坂巻奈々華さかまき ななかです」


「ああ、よろしく坂巻さん。俺の名前は結崎斎ゆうざき さい、これからクラスメイトとして仲良くやっていくんだ。細かいことは気にしないでいい」


「いえ、でも……」


坂巻がそれでも謝罪を続けようとしたとき、ガラリと教室の扉が開いた。


「お前ら席に着け」


現れたのは朝方乱闘を止めた隻腕の男だ。


それほど大きな声でもなかったというのに、威圧感のあるその声を聞いた生徒たちはすぐさま席に着いた。


「すみません。このお詫びはいつか必ず…」


そう言って坂巻も席に向かい俺も自分の席に着いた。


それから探索者育成学園の簡単な説明を受け、入学式ということもありその日は解散となった。



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