第7話偽勇者パーティーの日常

 モーガンside


 クラブマニフィーク。

 店内は煌々と照明が輝き、女性たちは豪華なドレスに身を包んでいる。


 女性たちは客にお酌をし、笑い声が響いている。

 卓上には高価なアルコール飲料が並び、フルーツが盛り付けられている。


 高級店であるマニフィークを利用できるのは、貴族や金持ちの商人といった者だけだ。

 だが、店内には唯一例外である者がいる。

 モーガンだ。


 彼は底辺冒険者パーティーの一員であり、本来はこの様な高級店の敷居をまたぐ資格はないのだが、酒や美しい女性の魅力に負け、頻繁に顔を出している。


「うぃ~、飲み物も食べ物も好きなだけ持ってこい~」


 気が大きくなったモーガンは分不相応な金の使い方をしていた。

 彼の傍らには、亜麻色の巻き髪の美しい女性が腰かけている。


 彼女はモーガンを気遣う表情を浮かべている。

 モーガンは完全に酩酊状態で、顔は紅潮し、呂律が回っていない。


「もぉ~、モーガンさん大丈夫なの?」


「な~に、バニラちゃん。らいじょうぶ、らいじょうぶ。お代はいつも払ってるでしょ? 私にはお優しい仲間がいるのよ。その人のおかげで毎日飲めるのよ。なっはっは」


 モーガンの生活費や、飲み代はエミリオが渡している。

 渡しても渡しても、瞬時に飲み代に消えているが。


「も~、そういうことじゃなくて」


 バニラはモーガンの体調を気遣っているのだが、彼はそんなことなど知る由もないという様子だ。


「お仲間は勇者パーティーを超えるなんて言ってるのよ。無理、無理。わっはっは」


 モーガンはエミリオの目標を嘲笑っている。

 彼からすると、別世界の話といった様子で、酒と美人があれば満足のようだ。


「も~、お仲間さんのこと馬鹿にしたらダメよ。いいじゃない、大きい夢があるのは」


「迷惑、迷惑。私は楽に生きたいよ」


 モーガンはバニラの言葉に呆れたように返すが、どこか物憂げに遠くを見つめている。


「勇者パーティーねぇ……」


 呟きながら酒の入ったグラスを回している。

 そして辺りを見回していく。

 店内にいる客はこの国に住むものなら当然に知っている面子ばかりである。


 有名な貴族や、豪商たちだ。

 その者たちをはるかに超える名声を誇る勇者を超えるという、ありえないほどの目標を掲げたエミリオ。


「どういうことなんでしょうねぇ……」


 モーガン自身もエミリオの目標を心の底から嘲笑っているわけではないのだろうが、エミリオの豹変に困惑している様子だ。


 彼は辺りを見回していた目線を戻し、自身のだらしなく出た腹を見つめている。

 エミリオやラヴェラが働いている時に飲み歩く。

 それが彼の日常である。





 ラヴェラside


 ダンスホールノクターン。

 ステージ上ではラヴェラが音楽に合わせて、優雅に情熱的に舞を披露している。


「ひゅう~ひゅ~」


「ラヴェラちゃ~ん」


 客たちの目当ては彼女のダンス。

 ではなく、彼女の体。

 男たちはラヴェラの胸や下半身に下卑た視線を向けている。


(気持ち悪い。あたしのダンスに興味ないのは知っているけど、こうまであからさまとはね)


 ラヴェラのダンスは流れるように繊細で優雅だ。

 だが、客にとってはそんなことどうでもいい様子だ。


「ラヴェラちゃ~ん、もっと足上げて~」


「ラヴェラちゃ~ん、スカートたくし上げて~」


 優雅に披露されているダンスとは裏腹に、彼女の表情には微かに苦悩や葛藤が滲んでいる。

 だが、その場にいる客のうち誰一人として、彼女の苦悩に気付くものはいない。

 胸や下半身に目線が向いているからだ。


 音楽が鳴りやんだ。

 プログラムの終わりの時間だ。

 ラヴェラはお辞儀をする。


「アンコール、アンコール」


 場内にはアンコールを求める声が鳴り響いている。

 音楽が再び流れ、彼女は再び舞を披露している。


 苦悩を振り払うように、彼女はリズムに身を任せている。

 汗が舞い散り、輝いている。


 彼女の躍動する姿に客のボルテージが上がる。

 そして音楽が鳴りやんだ。


 今度こそ終わりの時間だ。

 ラヴェラはお辞儀をした。


 舞台上の幕がゆっくりと下りる。

 煌めく明かりはゆっくりと薄れ、客席は静寂に包まれる。


 客たちは余韻にひたりながらも、席を立つ。

 ラヴェラの仕事は終わり、客たちは日常に戻る。




 ラヴェラが控室に戻ると、座長から給金を受け取った。


「ラヴェラ、暫くこの街にいるのか? 出来れば長くいてほしいものだ」


 彼女は一座の稼ぎ頭だ。

 彼女がいるかどうかで一座の稼ぎは全く異なる。


「さあね。あたしは本来冒険者だ。パーティーメンバーが別の街に行くといえばそれまでさ」


「お前のダンスは人を魅了する。冒険者などやめて踊り子に専念したらどうだ?」


「どうだかね。あたしのダンスなんて誰も見ていないよ」


 座長はラヴェラの言葉に眉を顰める。

 彼女の言葉に思い当たる節があるからだ。


「じゃあ、お先」


「ああ、お疲れ様」


 ラヴェラはひらひらと手を振り、その場を後にする。


(勇者パーティーを超えるねぇ……)


 帰宅の途に就きながら彼女はエミリオの言葉を思い出していた。


(たく、何考えてんだか……)


 先ほどまでのダンスホールの熱狂を忘れるように、ラヴェラはエミリオの言葉や自身の立場を考えていた。


(そういやあたし冒険者だったけ……冒険なんかした記憶ほとんどないんだけど。あたし、完全に踊り子じゃない。まあ、悪くないけど)


 安定した収入があり、ファンもいる。

 一見なんの不自由もない生活だ。


(冒険者か。ちょっと楽しそうね)


 新しい生活や、環境に憧れてもいるのだった。





 マルセリーヌside


(困りましたわ……。本当に困りましたわ、どうしましょう……)


 深夜の部屋にマルセリーヌは座り込み悶えていた。

 枕を掴み、ため息をついている。


(夜、眠れませんの。だらけた生活を送ってましたら生活リズムが崩れて、眠れなくなりましたわ)


 エミリオからの宿でゆっくりしていろという提案にマルセリーヌは従っていたが、生活リズムが崩れて眠れなくなっていた。


(エミリオからの宿でゆっくりしていたらいいという提案は、わたくしにとってありがたい提案でございましたけど、実際は違いましたの。最初は優雅にアフタヌーンティーですわ~、なんて気楽に考えてましたが、そんな生活もすぐに飽きましたわ。退屈な生活にも飽きてきましたので、エミリオたちとおしゃべりしたいと思いましたが、生活リズムが真逆なので喋る機会がなくなってまいりましたわ)


 部屋は散らかり、余計に生活が乱れていることを物語っていた。

 一見、状況を打破できそうもなさそうだが、彼女は何かを閃いたようだ。


(そうですわ。わたくしには魔法がありますわ。眠気をコントロールする魔法を習得するのです。そうすれば、夜はぐっすり快眠ですわ。そのためには行動あるのみですの)


 マルセリーヌは床に散乱している魔法書を手に取る。


(中々思った内容が書いてありませんわね)


 これ以上の内容を求めるのであれば、図書館に行かねばならない。

 だが、当然だが図書館は昼しか開いていない。


 彼女はそのまま眠らずに朝まで起きて、図書館に来ていた。


(難解ですわ。内容が難解ですわ。ですが、一つ気付いたことがありましてよ。難解な魔法書を読んでいると眠気が襲ってきますの。これは新たな気付きですわ)


 彼女はうとうととしている。

 そのまままどろみに飲み込まれようとしていた。




 マルセリーヌは涎を垂らして机に突っ伏していた。

 閉館のアナウンスと音楽が流れている。


(いけませんわ。眠れましたけど、生活リズムが崩れたままですわ。魔法書を読んでいると眠気が襲ってくるのは気付きですが、やはり眠気はコントロールしたいですわ)


 彼女は涎で濡れた顎をハンカチで拭いた。

 そして、眠気をコントロールする魔法が書かれた魔法書を借りて、宿で読むことにした。


(目指せ眠気をコントロールする魔法を習得と、生活リズムの改善ですわ)


 よくわからない目標を掲げるのであった。

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偽勇者パーティーに転生したので、本物勇者パーティーを超えるパーティーを作ることにした 新条優里 @yuri1112

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