縁側より*たそがれ荘

 たそがれ荘の中庭には、ひと足早く春を知らせてくれるしだれ桜がある。

 度量としなやかさを兼ねそろえる幹から、数えきれない程に垂れ下がる枝。ひとつひとつは小さいながらも、咲き誇る花弁は時間を忘れるぐらいに美しかった。

 小春日和のある日、中庭に面した居間の平戸を開け放ち、シェアハウスの面々は集う。縁側まで座布団を引っ張りだしたり、畳の上で胡座をかく住人達の間を春風が抜けていく。三津さんが腕によりをかけて作った肴がレジャーシートを敷かれた床に直接並べられていた。旬の竹の子やアスパラ、山菜の天ぷら、菜の花のおひたし、スナップエンドウのゆで加減は文句のつけようがない。

 ほろよいぎみの三津みつさんが、感慨深げに自家製の梅酒をひとくち飲んだ。はぁ、と吐息を混ぜながら口元をゆるめる。


「大震災の翌年に植えた桜って言われとってなぁ。今年でちょうど百歳。大台にのったなぁ」

「一世紀ってことだよねぇ」

「おじいちゃんと同い年です」


 榊山さかきやまさんが話に乗り、絹田きぬたさんがこぼした言葉に一同は目を丸くさせる。

 丸くしなかったのは、ぼくと……つまらなそうに聞いていた綾鳥あやとりだけだったようだ。細い指で耳に髪をかけた彼女と目が合う。


琉生りゅーせーのおじいさんも、百歳なわけ?」


 わいわいと盛り上がる話の輪から外れて、からかうように笑いかけられた。

 聞いていないようで、意外と聞いていたらしい。仲間意識を抱きかけた自分にほとほと呆れた。気を引き締めて、形のよい笑顔を睨み付ける。


「まだそんなに生きていません」

「生きてはいるんだ」

「当分、死にそうにはありません」


 ふーん、と細められた目は昔、見た色と同じだ。穏やかで、楽しげで、何処か夢物語を眺めているような見えない壁を感じた。

 開きかけた口が言葉を吐き出す前に、枠から外れていたはずの空気が沸いた。輪の中心には胡座をかいた榊山さん。そんな姿でも品よく見えるのは占者シャーマンだからだろうか。からかい半分、信憑性半分といった具合に順々に皆の手を取り、天命を占っているようだ。

 どうやら、絹田さんも百歳まで生きるらしい。驚きと笑いで、その場の空気があたたまった気がした。


「百歳ってすごいのか」

「百年は長いよ」


 こぼれた独り言に、平手を打たれた心地になった。瞬きひとつの間をあけて、声をした方を見てしまう。

 いつもの飄々とした雰囲気はない。そら寒い果てしない色をのせた綾鳥の瞳に一瞬、気を取られた。

 瞬きひとつの間で色は元に転じる。


「桜がこんなに立派になるぐらいだからね」


 舞い降る花弁のように、綾鳥はさらりとしていた。



たそがれ荘シリーズより

https://kakuyomu.jp/users/kac0/collections/16817330650224914435

琉生と綾鳥でした。


しだれ桜の花言葉は「ごまかし」



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かこ家の花見日和 かこ @kac0

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