夢描く*廃人旦那さま

「旦那さま、お願いがございます」


 満面の笑みで願い出た妻にザキは面食らった。

 なにぶん、日頃からご飯を食べましょう、ほら少しでも。あ、こちらの味付けはいかがですか、とありとあらゆる方向から世話を焼きたがるシルフィは思い立ったら、ついやってしまうような妻だ。だからといって人の領域に土足で入るような無遠慮極まりない質ではない。不思議と触れてはいけない一線を越えない勘を持ち合わせている。

 その妻が改まって口にする願い事が何なのか。ザキは恐ろしくもあり、興味をそそられて妻をもう一度よく見た。

 まるで、一緒に遊ぼうとねだるような犬のような人懐っこさで、夫の返事を待っている。


「……何だ」

「庭先にアーモンドを植えたいのです」

「にわ」


 自分達が生活をする星鹿ユルドゥスゲイキの塔の周りは確かに開けてはいるが、庭と言っていいものか。ザキは妻の価値観との相違に一瞬、途方に暮れた。

 シルフィは星の瞬きを抱いた榛色の瞳を輝かせている。

 庭、と言っていいかもしれないと気持ちに傾き始めたザキは城の敷地であることを思い出した。勝手をすることはできないと断ろうとして……あまりにも眩しい瞳を見返した。やけに飲み込みにくい唾を飲み込んで、妻の無垢な願いを言うだけ言ってみようと考えなおす。

 兄王から無理難題を言われることは多々あるのだ。その難癖の見返りだと言い返せば、少々の庭いじりぐらい許されるだろう。


「植えてもいいか、確認する」

「あら、旦那さまの一存ではできないのですね」


 不満を抱くこともないシルフィは不思議そうに瞬きをした。

 妻の反応に夫は口の端に苦さを浮かべる。血の繋がりは、確かに王弟にはなるが籍は外れている。表向きは神職に身を委ねたことになっているが、そう簡単な話ではない。元王族の権威の儚さと危うさに嫌気がさしてくる。

 影を落とす夫に、シルフィは頬に手をあてて首を傾げる。


「木を植えるのも、星を読んで決めないといけないのですね」


 ザキは今度こそ言葉を失った。

 不思議そうな榛色の瞳と、唖然とした夜空の瞳が見つめ合うが、平行線を辿るばかりだ。


「……王の敷地だから、許可を取る必要がある」

星鹿ユルドゥスゲイキの塔は神域かと思っておりました」


 どこか抜けたところのある妻は恥ずかしそうに笑った。

 肩の力がぬけたザキはゆっくりと息を吐き出して顎に手をやり頬杖をつく。


「あまり期待しないでほしい」


 希望も欠片もない夫に妻は何が面白いのか、小さな笑い声をあげる。


「大丈夫ですわ。王は旦那さまにとてもとても甘いですから。それに、この国の全てを手にしてる王ですもの、そこらに木を植えることぐらい寛大な心で許してくださいます」


 どこから来る自信なのか、シルフィは胸を張った。

 楽観的な考えにつられて、ザキの口端にも笑みが浮かぶ。


「そんなにアーモンドが好きなのか」

「実もですが、花もかわいいでしょう?」


 歌うように言ったシルフィはそれに、と続ける。


「旦那さまと同じ香りです」


 きらきらと輝く瞳はゆるやかに細められた。



廃人旦那さまシリーズより

https://kakuyomu.jp/users/kac0/collections/16818093072945151181

ザキとシルフィでした。


アーモンドの花言葉は「希望」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る