同じ空の下*深川さんと渡瀬さん

『みーかーわーさぁあん!』


 その声を聞いた途端、何がどうしたのか、さっぱりわからなかった。

 三月の最終週。新年度はまだ始まってすらいないのだから、新社会人になる彼女が嘆く理由もわからない。


「なに」

『何か失敗しちゃいそうで恐いぃいいい!』

「……また、明後日な方向の妄想してない?」


 はっ、と電話越しの空気が固まる。全く見えないのに、どうしてわかったの、と書かれた顔がすぐに思い描くことができた。

 渡瀬わたせさんの趣味のひとつに映画鑑賞があるのだが、彼女はその内容に影響されやすい。また、参考に、とか言いながら仕事を主軸に置いた映画でも見たのだろう。

 我に返ったらしい彼女は必死な声で訴えかけてくる。


『だ、だってさ、契約が取れたらと思ったら、納品日をわざと違う日で言われてて大損したりするんだよ?!』

「……そう」


 なんだ、その映画は、とは言わないでおいた。彼女に映画のことを話させたら、十分は聞き役にならなければいけないからだ。面白くないことはないが、出先でする話でもない。

 無事、就職先が決まったというのに、なんとも面倒で不憫な質な人間だろう……人のことを言えない自覚はある。

 電話が終わったら忘れてしまうような話をその時、思い付いた言葉で返す。彼女が大学を卒業して遠く離れても、支障はないようだ。

 研究室までの道をゆっくりと歩く。

 ふと途切れた間に、ひらめいたのは白い花弁だ。


『深川さんの方は、さくら咲いてる?』

「……五分咲きってとこ」



『12月のキャンパス』シリーズより

https://kakuyomu.jp/users/kac0/collections/16816452219876982360

深川さんと渡瀬さんでした。

染井吉野の花言葉は『精神愛』

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