一度振り返って、秘めたる漆黒を探す

暇崎ルア

一度振り返って、秘めたる漆黒を探す

 黒歴史。Black History。過去に置いてきた、思い出したくない自分の秘めたる漆黒。

 自分の人生の中で「恥ずべき漆黒」があるかどうか。

 結論。たくさんある、過去の人生ほとんどが黒歴史だ。「わが生涯に一片の悔いなし」なんてセリフはこれから先も言えない。

 冗談はさておき、最も思い出したくないころはいつだったろう? 

 多分、小学校高学年から中学にかけてだ。

 忘れもしない、小学校卒業が間近に迫った春のことだ。

 今はないかもしれないが、自分がいたころは「卒業する六年生は、校長室で校長先生と給食を食べる」というイベントがあった。

 歴代校長の写真に囲まれる中、五、六人ぐらいの少人数グループで校長先生と談笑しながら給食を食べる。メニューはリッチ仕様で、小さいカップのハーゲンダッツが出て、味が選べた。確かストロベリーにした。

 待ちかねたアイスタイム、校長先生が六年生たちに聞く。

「みんな、将来の夢はあるのかな?」

 門出を迎える六年生たちに対して、至極真っ当なクエスチョンだ。

 みんな一人ずつ答えていき、自分の番。堂々と答えた。

「小説家になります」

  おおっ、と驚く校長先生。

「それはすごいな。じゃあ、将来は直木賞か芥川賞かな?」

「そうですね」

 黒歴史はここから始まった。

 何言ってんだよ。「直木賞」と「芥川賞」はどう違うのか、どうすればこの賞を受賞できるのかも知らなかったくせに、「そうですね」とのたまった過去の自分からハーゲンダッツを取り上げたい。無知無学は大いなる恥である。

 そのまま小学校を卒業した。「大人になったら、小説家になって賞をとるんだ」という無駄に高い意識を持ったまま。

 むしろこじらせた。総合の授業の時間、「自分のこれからの人生を想像してみよう」っていう授業があった。

 自分の細かな将来予想が書けるプリントが配られて「三十歳の自分は何をしてるか」と言う欄に「芥川賞とか直木賞を取ってる」と書いた。しかもグループワークだったから、そのプリントを同じ班の子全員に公開した。誇らしげに。

「みんなとは違う、特別な夢があたしにはあるんだ」という意識があったからだ。厨二病そのものである。

 こんなイタイ奴だったから中一、中二にかけて学校で友達はいなかった。クラスでも部活でも同級生と上手く対人関係を築けなかったことも、黒歴史の一つである。

 思い返して本当に信じられないのだが「自分以外全員が敵」と一人で勝手にバトルロワイヤルという精神状態になっていたのだ。天邪鬼な性格が災いし、ひたすら人を遠ざけた。そのうち、話しかけてくれるような子はいなくなった。だから「あたしには友達なんかいらない」と一匹狼のフリをした。本当は、他愛ない話で笑い合える誰かが一人でもいいから欲しかったのに。

 ただひたすら本を開いて、現実じゃない世界に逃げ込んだ。ただただ読んだ。国語の教師だった担任が設けた学級文庫の一か月の貸し出し冊数ランキングに、一位として輝いたこともあるぐらい。人生で一番本を読んでいたのはきっとあのころだ。

 そういう意味では悪いことばかりじゃなかったかもしれない。そのときに読んだ本たちが今の自分を作ってくれたから。「暗黒時代」という名のパンドラの箱に入った唯一の小さな救いだ。

 でも、過去の自分に何か言えるならいってやりたい。

「たまにはページから顔を上げなよ、現実をちゃんと生きな」

 後からじわじわと、嫌でもわからせられるから。本を読んでいるだけじゃ、生きていくことは難しいって。

 もし、本を読む以外のことに熱中できることがあれば何か変わっていただろうか? 今更考えたところで過去は変えられないが。

「暗黒時代」も突如として終わりを告げた。

 このまま本だけを友達として受験シーズンと義務教育を終えようかと思っていた春、友達が二人できた。学校の日常生活でようやく、他愛ない話で笑い合えた。その二人とは今でも友達である。「こんな私と仲良くしてくれて、ありがとう」と大人になった今でも心底思う。

 そして、そのころには「小説家になって芥川賞をとろう」などとも考えなくなっていた。

 将来何になりたいか、と問われて「わからないです」と答えた。テイラー・スウィフトやクイーン、ボカロを毎日のように聴いていた。


 十年近く経った現在。何になれたんだろう? 少なくとも作家にはなれていない。わずかな可能性の中でなれたらいいな、と思う。もしこれからなれたとしても「芥川賞も直木賞もとれる」などとは夢にも思わないけれど。

 本を読むことは今でも好きだ。もはや人生の一部、一生の友達。

 幸か不幸か「暗黒時代」にできたちょっと高い意識はまだわずかに生き残っているかもしれない。このエッセイも含め、頭の中に浮かんだ言葉や物語を書いて残したりするし、インターネットという膨大な世界に作品をあげたりしている。十年後読み返して「黒歴史じゃん……」と嘆くだろうな。

 まあ、それでもいいんだ。

「黒歴史」とは、自分がひたすら必死になって残した人生の証だ。

 要するにちゃんと「生きた」ってこと。

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一度振り返って、秘めたる漆黒を探す 暇崎ルア @kashiwagi612

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