タイムトラベルアタックチャンス

はに丸

タイムトラベルアタックチャンス

 オレには三分以内にやらなければならないことがあった。

 正確には、今できた。


「うそやん」


 思わず出た独り言に、あわてて自分の口をふさぐ。部屋にうずまく息を詰めるような緊張感が、少し緩む。試験監督官が、ちらりと視線をよこした。長時間、無我の境地に漂っていた監督官からすれば、ほんの小さな動きも大津波のようなものだろう。


 約一時間の、試験時間。いわゆる大学入試共通テスト。


 嘘だろう、嘘と言ってくれ。


 オレはマークシートを凝視する。何度見ても、四問目からずれていた。時間配分を間違えて、解き終わったギリギリ三分前。ようやくズレに気づいた。オレは四問目の答えを二回、マークシートに記入していたのである。

 今から、三分以内にちまちま修正しなければならないわけだ。


 ――くそ、時間を巻き戻してえ、オレの命にかえても!


 小学校の通信簿に、積極的なのはいいけどおっちょこちょいです、と書かれたことを思い出す。つまり、注意力のない考えなしということだ。

 人は混乱極まると自分を意味なく罵倒するもので、オレも心のなかで自分を殴りながら手を動かしていた。


「大変ですね。あなたの心がけ次第では、時間を戻してさしあげましょう」

「は?」


 鈴のなるような声とともに、ふんわりとした美女が目の前に立っていた。神々しい光が射してくる。天女。これ知ってる、天女さまというやつ。ふわふわした布は天女の羽衣ってやつか。

 オレはもちろん呆然とした。気づけば、試験会場でなく、雲の上に立っていて、かなたに神社が見える。


 そうだ、あれは朝にお祈りしてきた神社じゃないか!?


「も、もしかして、あなたは神様ですか、今日、奮発して五百円お賽銭した! お願いいたします、助けてください!」

「……あなたは信心深く、私としても願いを叶えたいのです。しかし、祈願だけではなんともできません。戻した分だけの時間を供物とするのです」

「えっと? なんて?」


 慈悲深さあふれる天女さまの言うことはいまいちわかりづらい。首を傾げるオレに、天女さまがほほえむ。


「試験開始三分に時間を戻してあげましょう。そのかわり、あなたの人生から一時間をいただきます」

「お願いします!!」


 オレは一も二もなく頭を下げてすがった。天女さまの手から花が咲き乱れ、視界に埋まる。ぐるぐると体が空を駆け巡るように振り回され、そうして――


「はっ」


 オレは目を覚ました。試験開始して三分。一瞬、気が遠のいていたらしい。それというのも、この冒頭四問目が意外に難しく、手こずっていたのだ。後回しにすればよかったと今となっては少し公開する。

 予備校のセンセにも時間配分を考えろと言われてたんだよなあ。


 オレはをマークシートに記入した。



「あの人間からどれだけしぼるの? ちまちまとさ」

 同僚に問われた悪魔A。

「あと三回くらいで終わりかしらね。積立貯金みたいで楽しかったんだけどね」


 四十三万八千九百二十一回。


 やりきった思いである。三分とひきかえに魂を一気にいただくのは難しいが、一時間なら気軽に出してくる。なかなかに良い物件だった。


「……魂と引き換えに願いを叶えるサブスクていけるかもね」


 天女のように美しい顔の悪魔Aはにんまり笑った。

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