エピローグ
ぱちぱち、と拍手の音が聞こえた。
皆が驚いてこちらを見ると、法廷の入り口には、一人の青年が佇んでいた。
「おめでとう、生き残りの02と06。んで、ご苦労さん。看守のクソガキ」
聞き覚えのある声だ。
私たちは同時に確信する。
この青年は、紛れもないマワリヤサマだ。
くすんだ桃色の髪に、月を連想するような金色の目。肌はあり得ないほどに真っ白で、生気を全く感じられなかった。
さしずめ、"廻闇様"と言った感じだ。
「これで全員の裁判が終わった。ここはもう閉じる」
マワリヤサマは不気味な笑顔でニコリと微笑む。
それを見て、ノアは焦ったように声を荒げた。
「ちょっ、どうやってここから出るのさ!」
その時だった。
がコン、という音が鳴った。
そして、どういう原理か分からないが。コースケのノアの体が、ほろほろと泡のようになって消えてはじめた。
「……泡となって消えるんですか。人魚姫みたいですね」
ノアはまだ不思議そうな顔をしていたが、それを聞いて、「ははっ、幻想的じゃないか」と頬を緩めた。
そして、二人は消えゆく体で私の方を振り向き、今度はコースケも恥じらわず、力強く私の体を抱きしめた。
「幸せになってね、トキコちゃん」
「お世話になりました」
二人は泡となって消えて行く。
私はまた泣きそうになり、きゅっと目を瞑った。
「コースケ君も、現世で会えたら良かったのにね」
ノアはコースケの方を向き、好き寂しそうに微笑む。
それに向かって、コースケも目を閉じて口元に微笑みを浮かべた。
「残念ながら死んでますので」
その言葉に、ノアは少し悲しそうな表情を浮かべる。
しかし、開き直ったように片手で自分の頬をぺちんと打ち、いつもの明るい笑顔で声を張り上げた。
「僕、頑張って生きてみるよ」
二人の体はどんどん泡となって行く。
その最後の瞬間、コースケはマワリヤサマに呟いた。
「不謹慎かもしれませんけど、言っておきますよ。
この場所を作ってくれて、どうもありがとう」
その言葉を残し、二人は消えた。
私の視界にしゃぼん玉がふわふわと残り、そして、優しくぱらりと割れた。
「………終わりなんだね、本当に」
私は空っぽの心で呟いた。
マワリヤサマは真顔で私のことを見つめてふいる。
私が彼を振り返ると、彼はまた不気味な笑顔でニコリと笑った。
「お前ももうじき消える。一つづつぐらい質問と願いを聞いてやるよ」
私も消えるのか。
どうせ私は現世でも存命中だろうから、ここの記憶を引きずって生きるのだろう。
彼は質問と願いをそれぞれ聞いてくれると言った。
「…じゃあ答えて。私が"分からない"と判決した子たちはどうなったの」
マワリヤサマは待っていましたとでも言わんふうに腕を組んで答えた。
「生き地獄を用意した」
私は思わず目を見開いてしまう。
どう意味かと聞きたげな顔をしてみると、マワリヤサマはそれを汲み取ったように話を続ける。
「なんてな、嘘だ。無空間で眠ってる。時が来りゃあ目覚めるさ」
「時って、いつ!」
「さぁあな!お前がババアになった後の話だろ」
それを聞き、私は目を伏せる。
すると、露骨に落ち込む私に嫌気がさしたのか、マワリヤサマはチッと舌鼓を打った。
「もういいだろ、お前が招いた結果だぞ!早く願いを言え。俺はもう寝たい」
願いは決まっていた。
私は裁判官免許を持っていない。それなのに、罪を裁き、時には人を殺した。
判決により、未来を奪われた者も居る。
「……………………して」
「あ?もっとはっきり_______」
「私を殺して」
今度はマワリヤサマが目を見開いた。
しかし、その顔が驚きに染まったのも束の間。
すぐに彼の口元は笑みで染まり、「そうかそうか!」と手を叩き始めた。
「いいだろう。本当にお前は死にたいんだな?」
私は頷く。
私は犯罪に手を染めたのと同じだ。
現世に戻ったら記憶が消えるなんてこと、マワリヤサマは言っていなかった。つまり、現世に戻ってもここでの記憶は引き継いだままだろう。
それで苦しむなら、ここで死んだ方がいい。
「みんなに悲しい思いさせたり、嫌なもの見せちゃったりしたけど、私はここが好きだった。
だから、ここで殺してほしい」
マワリヤサマはにっこりと笑った。
それに合わせて、私もにこりと微笑んでみる。
鐘の音が法廷に響き渡り始める。
床が音を立てている最中、私はマワリヤサマに向かって微笑みながら呟いた。
「ありがとう」
床から断頭台のようなものが現れる。
私の体は、誘われるようにそれに近づいていく。
マワリヤサマはただただそれを眺めていた。
穴に首を差し込むと、その木の素材に何故か安心感を覚えた。
「言い残すことはあるか」
マワリヤサマは私にそう聞いてくる。
私は少し考えて、パッと彼に向き直った。
「マワリヤサマの本名は?」
彼は顔をしかめた。嫌だったのだろうか。
しかし、彼は一度ため息をつくと、「俺の名はな」と言葉を切り出した。
「……回堂冬闇」
満足か、とマワリヤサマは指を鳴らした。
◇
十六歳の少女の首は、あっけなく俺の隣を飛んでいってしまった。
彼女はご丁寧に断頭台から床にかけてレッドカーペットを敷いてくれている。
彼女が用意した花道。俺はその上を通り、元々いた部屋へ戻って行く。
しばらく経てば、その濃度の高い血にはどこからか現れた虫がたかっていることだろう。
概ね憶測通りだった。
翌る日、断頭台には蛆が湧いた。
翌る日、断頭台には蛆が湧いた。 匿名希望 @Wa__U0o0U__wA
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