こんな美容室は嫌だ

薮坂

コント「美容室」


「私には三分以内にやらなければならないことがあった……三分以内、三分以内……あっ! お客様! いらっしゃいませー!」


「なんか今めちゃくちゃ不穏なセリフが聞こえたんですけど……」


「フオン? 店の前、スポーツカーでも走ってたんですかねぇ? ささ、どうぞどうぞお席へ!」


「フォーンじゃないよ! なんか怖いなぁこの美容室」


「まぁまぁ、まずはここにお座り!」


「いや犬に言うみたいに言うのやめてもらえません? 失礼だなぁ。まぁ時間もないしいいけどさ」


「時間がない? お客様、ひょっとしてお急ぎでいらっしゃる?」


「まぁ、そうですけど。せっかくの休みだし、このあと色々したいこともあるんでね」


「それは毛刈けがったり叶ったりですね! 実は私も急いでるんですよ!」


「いや願ったり叶ったりだろ! 何だよ毛刈ったりって。それにあんたが急ぐなよ、丁寧に仕事してよ丁寧に!」


「毛ぇ無ぇに、ですか?」


「言ってねーよ! あんたマジで刈る気満々だな!」


「いやぁ、見かけによらずお客様もやりますねぇ!」


「ニヤリ顔で腕ポンポンすな! 関西人かあんた!」


「さてさて、冗談はおいといて。ようこそいらっしゃいました! 本日、お客様を短刀で刺します美容師の早杉はやすぎです!」


「いや待て! 短刀で刺すなよ担当致しますだろ! 大丈夫かよこの美容室……、マジで不安しかないんだが」


「ファンですか? 嬉しいなぁ!」


「不安だよ不安! どんな耳してんだよ!」


「さてお客様、今日はどのような感じに致しましょう?」


「あー、そうですね。とりあえず短めで。もうすぐ春だし、こざっぱりした感じにしてほしいんですよ。サイドは適当に刈り上げて、とにかく全体的に短めでお願いします」


「了解しました、全体的に刈り上げですね?」


「了解してないなあんた! 横だけだよ刈り上げは! なんでそんな刈ることに執着してんだよ!」


「そんなことないですよー、そんなことないない。それじゃあまずはシャンプーから始めますねー」


「頼むよもう。不安にさせないでくれよ」


「では押し倒しますねー。心の準備はよろしいですか?」


「怖いよ! 倒すのは椅子な、椅子!」


「ところでシャンプーはスッキリする方でよろしいですか?」


「あ、そうですね、それでお願いします」


「了解しましたー。それじゃあ始めますねー」


「……ん? いやちょっと待って、スッキリて言うより何かヒリヒリするんですけど? なにこれ?」


「これですか? 溶毛剤ようもうざい入りシャンプーですけど?」


「溶毛剤⁉︎ いや髪の毛溶かしてどうすんだよ! 養毛剤だろ普通は! 流せ流せ! 何やってくれてんだよ!」


「いや……、なんて言うかお客様、髪の毛に不安があるのかなぁって。だからその悩みごとスッキリさせてあげたいなって。髪の毛が無くなれば不安も何もないでしょう?」


「サイコパスの考えだよそれ! マジ怖いわ!」


「じゃあ普通のシャンプーでいいですか?」


「普通にしてくれ! 至って普通のヤツな!」


「了解しましたー。シャコシャコシャコシャコ……」


「あー、これだよこれ。普通が一番だわやっぱり」


「痒いところないですかー?」


「大丈夫です」


からいところは?」


「ないよ! つらいところもな!」


「じゃ、流していきますねー。あ、そうだお客様。顔剃りサービスあるんですけどどうします?」


「え、美容室なのに顔剃ってくれるの?」


「はい、私こう見えてダブルライセンスなんですよ。理容師資格もあるんで、顔ツルッツルですよ。無料なので是非!」


「へぇ、意外と凄いなぁ。それじゃ頼んじゃおっかな」


「了解しました! えーっとお客様のお顔の範囲、後頭部までって認識でよろしいですか?」


「そこ顔の範囲じゃねーよ! 後頭部ってアタマの後ろって意味だよ! 顔は額までだろどう考えても!」


「いやだから額がお広いなぁって……」


「ハゲてねーよ! 人よりちょっと髪の毛少ないだけだよ! なんか怖いからもう顔剃りはいいよマジで!」


「それじゃ全剃りで?」


「剃りはいらねーつってんだろ!」


「そうですか……残念です。あ、シャンプー後のソリートメントはいかがなさいます?」


「ソリートメント⁉︎ 何を剃る気だよ! いらないいらない、マジいらない! 何でそんな時短しようとしてくんの⁉︎」


「お客様ひょっとしてサッカーファンでいらっしゃる? いや私も好きなんですよー、カッコ良かったですよねぇ、98年のフランスワールドカップ! 全てがあのプレイヤーのためにあったって感じでしたよね!」


「……いや急に何の話してんの?」


「え? ジダンの話じゃないんですか? ジネディーヌ・ジダン。最高のフットボーラーですよね! やっぱりジダンに憧れてらっしゃる? その髪型も影響で?」


「時短だよ時短! ジダンは確かにカッコいいよ間違いない! でも彼は丸刈りじゃんか! だから俺を丸刈りにしようとするな! それにこのくだり誰がわかるんだよ、マニアックが過ぎる!」


「いやぁすみません、好きなのでつい熱くなっちゃいました……。お詫びと言ってはなんですが、ドリンクでもいかがですか? 当店、凄腕のバーテンダーが在籍してまして。彼の作るカクテルは最高なんですよ」


「バーテンダー⁉︎ なんで⁉︎」


「どこの業界も生き残りに必死でして。ここでファンを作ってバーに呼び込むってスキームですね。あ、昼間は美容師として働いてもらってます」


「へぇー、凄い人材だなぁ。それじゃあせっかくだし一杯もらおうかな。あ、俺そんな強くないんで、アルコール控えめのオススメカクテルって出来ます?」


「ナシコール、ってことですか?」


「いや違う違う、有り無しじゃないのよアルコールのアルは。アルコール控えめのオススメってことね。OK?」


「了解しました! オーダー入ります、マルガリータ一丁!」


「丸刈りーた⁉︎」


「テキーラベースのカクテルで、ライムがいい仕事してるんですよ。必ずお気に召されると思います! ブィィィィン!」


「待て待て何故バリカンをオンにする! 丸刈らないで頼むから!」


「マルガリータ飲みながら丸刈りってのが当店の昔からのスタイルなんですけどねー。いやぁ注文の多いお客様だなぁ」


「むしろよくそれで今まで潰れなかったな!」


「そりゃ酔い潰れたら仕事になんないでしょ!」


「お前が飲みながら刈るんかい! 頼むから普通にやってくれ!」


「……ちっ、わかりましたよわかりました、普通に切りますね」


「はぁー、マジ疲れるわ。なんなのここ……」


「お辛そうですね? お仕事、そんなキツいんですか?」


「仕事で疲れてんじゃねーよ! 主にお前に疲れてんだよ!」


「ちなみにお客様、お仕事は何を?」


「普通の銀行員だよ。今日は休みなんだ。普段はまぁ、結構な単位で金を動かしたりしてる。増える時は増えるけど、減る時はそれ以上に一気だ。毎日が伸るか反るかの大勝負。自分の金じゃないのに気苦労ばかりだよ」


「毛苦労が絶えない仕事なんですね……」


「気苦労な、気苦労! どんな耳してんのマジで? いやアタマか? おかしいのは」


「いやぁ私、お客様よりはまだ……」


「うるせぇよ! 失礼なヤツだな‼︎」


「でもアレですよね! 増えたり減ったりってまるで髪の毛みたいですね! 盛るか剃るかの大勝負なんて! ちなみに私は『剃る』をオススメします! ブィィィィン!」


「だからバリカンをオンにするなって! さっきから何⁉︎ なんで俺の髪を刈ったり剃ったりしようとすんの⁉︎」


「……いやスイマセン。実は昨日見たNewTube番組に影響されてて」


「NewTube番組? なんだよそれ」


「あのその……怒りません?」


「わかったよ、怒らないよ。だから言ってみろよ」


「……三分間チョッキングって美容師向けの番組で」


「三分間チョッキング⁉︎」


「三分間でお客様の髪型を切れるかってヤツなんです。じゃあもう丸刈りしかないじゃないすか⁉︎」


「なんであんたが怒ってんだよ!」


「というワケでお客様、あと一分あるんで剃っちゃってよろしいですか?」


「よろしくねーよ! アホか! もういい、俺帰るからな!」


「お気をつけてお帰りを! お毛がないように!」


「怪我するほうがマシだよ!」



【終】





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こんな美容室は嫌だ 薮坂 @yabusaka

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