驚愕の事実を知るまであと四分
川木
驚愕の事実まであと四分
ハルには三分以内にやらなければならないことがあった。あと三分で性別反転薬の効果が切れてしまう。その前に寮の自室に駆け込まなければならない。
ハルは貴族学院の生徒だ。この国ではこの学院を卒業した男子しか、貴族家を継ぐことはできない。ハルは女として生まれたが、跡を継ぐために性別反転薬をのみ、男としてこの全寮制の学院に通っている。
副作用のない安全な性別反転薬を服用しているのだけど、その安全性の代償に時間制限が短く、三時間しか効果がでないのだ。だがうっかり今日は手持ちの薬を切らしてしまったのだ。
幸い授業中に切れてしまうことはなく、授業を受ける学院と寮はつながっているので走って帰ればギリギリ間に合い、部屋にある薬を飲んでその次の授業にもぎりぎり間に合うはずだった。
だと言うのに、ハルは寮へと続く渡り廊下を前にして足止めを食らっていた。
渡り廊下のど真ん中で、二人の生徒が何やらもみ合っているのだ。この学院は未来の貴族家当主となる男だけの集団だ。当然恋愛禁止で、見つかれば退学処分もあり得る厳しいものだ。だと言うのに、ちらりと見えた顔はこの国の王子様。見えてしまっても見えないふりをしなければいけない。堂々と横を通ってはいけないのだ。
どこかに行くどころか、口づけ出したところでハルは内心罵るが、授業時間を気にする素振りすらない。
「何をしているんだい?」
「っ、ルイ、声が大きい」
不意に声をかけられて驚いたが、なんとかバレないように注意する。振り向いたそこにいたのはルイ。寮でも隣、実家の領地も隣の腐れ縁な同級生だ。
ハルの態度に不思議そうにしたルイは隣にならんで同じ様に渡り廊下を覗き込む。
「ん? あぁ、あれが噂の王子の恋人か。興味があるのはわかるけど、覗きはいけないよ」
「覗きじゃねぇよ。俺は部屋に戻りたいだけだ」
「忘れ物かい? なら貸してあげるからもう行こう。次の授業に遅れてしまうよ」
「貸してもらえないものなんだ。いいからどっか行けよ」
こうなったら次の授業はあきらめて、あの二人がいなくなってから人目につかないようこっそり部屋に戻るしかないだろうか。
とハルが悩んでいるとルイはふむ、と真面目な顔で覗き込んできた。
「困っているんじゃないのか? 手が必要なら協力するよ」
「いや、大丈夫だ」
ルイの領地とハルの領地同士の絆は強く、百年以上お互いに災害などの際には助け合ってきた。学院に入学して同い年の跡継ぎ同士顔をあわせたが、その人格は信頼できるものだ。だが、だからといって秘密をあかせるわけがない。
知られてもこれをネタに揺するなんてことはなく、きっと秘密を守ってくれるだろうと言うくらいには信用している。だけど、それとこれとは別だ。
総合成績において、ルイはハルよりほんのひとつだけ上の順位なのだ。隣の領地で似たり寄ったりで、同盟相手と言ってもいい。だからこそ、勝ちたい。これがものすごく差があれば頼もしいと純粋に思えただろうが、たった一つだからこそ悔しい。ハルはライバルだと思っている。
そんな相手に秘密を知られ、気を使われ、場合によっては守られる? 絶対にごめんである。
「そうか……相変わらずだな。よし。おい! 気をしっかりしろ!!」
「!?」
だから早く行け、と手をふったのにルイは何やら頷いてから急にばかでかい声をあげた。ぎょっとするハルの腕を引いて肩にかつぐようにしてルイは渡り廊下に飛び出した。
「!?」
「前を失礼いたします。このものの体調が悪いようで、今すぐトイレに行かないといけないのです。挨拶できないご無礼をお許しください」
「あ、ああ、さっさといけ」
ルイは走りながら王子にそう声をかけて通過し、ハルを寮内の部屋の前まで走って連れてくれた。
「……ルイ、確かにやってくれたことはありがたいが、あれだと俺がめちゃくちゃお腹壊してるみたいになるだろうが」
「しょうがないだろ。トイレほどわかりやすく切羽詰まっていて言い訳がききやすいものがあるかい?」
「ぐぬぬ」
と多少の文句は言いつつも、無事に自室についたハルはほっとしながら解錠して中にはいった。
「いや、でもほんとに助かった。ありがとな」
「構わないさ。さ、早く用をすませよう。今なら多少お小言をいただいても出席にはしてもらえるだろう」
「ああ、ってなんで普通に入ってきてるんだよ! 人の部屋に勝手に入るな!」
「え? 普通に追い出される意味がわからないんだが」
部屋にはいった安堵感で一息ついてから、普通に一緒にはいってきたルイにハルは怒鳴るが、ルイはきょとんとしている。
「ちょ、と、とりあえず向こうを向い、て!?」
「うわっ!?」
薬を飲むところを見られてはまずいけれどこれ以上押し問答をする時間もない、とハルはルイの肩をつかんで壁を向かそうとしたところで、靴が脱げてズボンが脱げ落ちて転んだ。そしてその勢いで当然のようにルイを押し倒してしまった。
「いたた。急にどうしたんだ」
「わ、悪い。あ、ちょっと申し訳ないんですが目を閉じてもらっていいですか!?」
「え? ……あー、なるほど。ハル、女だったのか」
普通に床の上で押し倒したので謝りつつ、普通に薬の効果もきれてしまっていてズボンが脱げているのが見えなくても全体的に小さくなって変わってしまっている。声も変わっていて手遅れなのは感じつつ、一縷の望みをかけて敬語で目を閉じるよう頼んだがルイは当然のように無視して体を起こし、なるほど、と納得したようにうなずいた。
「反応うすくね? まあそう言うことだから、ちょっと目閉じて待ってろよ」
あんまり反応が薄いので拍子抜けしつつ、ずり落ちたズボンを引き寄せ手でつかんだまま、なんとか引き出しから薬をだして飲む。効果はすぐにでて、体が熱くなったと思うとすぐに男になった。ちょっとずれたまま体格が変わったので、ベルトを締めなおして靴を履きなおす。
「はぁ。くそ。お前にだけはばれたくなかったのに」
「まあ、気を落とすなよ。むしろ僕でよかっただろう?」
他ならぬライバルであり、そもそもルイは女みたいな見た目をしているのだ。こっちは女だからこそ薬をのんで性転換までして男らしくふるまっているのに、ルイは男だからって髪も長くて線もほそくて、ドレスを着たら女にしか見えないほど女顔で女性的だ。関係性もあるが、そんな相手だからこそ余計に女とはばれたくなかったのに。
しかし人の気も知らずにルイはそうハルの肩をたたいて慰めてくる。そもそも人の醜態を見ておいてさすがに平静としすぎではないだろうか?
「なんでだよ。と言うか、人の下着姿見ておいて反応薄すぎだろ、お前それでも男か」
「ん? あれ? 気づいてなかったのかい? 僕は女だよ?」
「え? お、お前も薬を飲んでたのか?」
女顔だからこそ、薬をのんで男になっているようには見えなかった。だからまったくそんな可能性を考えていなかったハルは、呆れたような堂々としたカミングアウトに驚愕してまじまじとルイを見てしまう。
「もしかしてと思うけど、本当に気づいてなかったのかい? この学院内の生徒、三分の一くらいは女子じゃないか」
「は!? 男しか当主になれないし通えないって話だろ!?」
肩をすくめて驚愕の事実を言われてしまった。しかしさすがに簡単に飲み込めない話だ。三分の一は女子?? 確かに可愛い顔の生徒が多いとは思っていたけれど、どう見ても男らしい見た目でもめちゃくちゃ綺麗な顔の生徒もいるので、まあ貴族って顔がいいのが多いのがデフォルトなのでそんなものなのだろうと流していたハルはいまだ信じられなかった。
「そんなのもう建前だよ。昔と違って一夫多妻でもないし、そうそう子沢山も難しいのに男子だけだと家がつぶれてしまうだろう? 書類をちゃんとして、その体でいれば誰も突っ込まないし、薬も飲んでないよ。安全な性転換薬は高いし、むしろよく用意してるね」
「親父がつくってるからなんとかなってるが、え? まじで言ってんの?」
「君くらいだろう、大真面目に薬を飲んでる女子は。だから君は普通に男子生徒だと思っていたよ」
「えぇ……いや、騙されないぞ。さすがに嘘だろ。そんなわけない! お前も本当に男なんだろ!?」
軽い調子で言われたハルはそう疑いの目をルイに向ける。これまで一緒に過ごしていたのだ。確かに女顔。女に見えると思ってきた。しかしだからこそ、いや男だろう? いくらなんでも三分の一が女で堂々とみんなが嘘をついて、公然の秘密みたいになっているなんて、そして自分ん家だけが分かってなくて本気でかくしてたなんて。そんなことがあるわけない!
と逆切れ気味に迫るハルに、ルイはやれやれと肩をすくめた。
「男子生徒としてふるまっているとはいえ、本気で男と思われるのは複雑だね。じゃあこうすれば信じるかい?」
そう言ってルイは上着の前ボタンを開けてハルの手をとり、自分の胸にあてた。分厚い上着にいつも隠されている中のシャツ越しに触れた胸元は明らかに男性とは違うふくらみが、わずかだがあった。
「う、嘘だろ……まじかよ」
「なんというか、見た目だけでも男性にこういうことをするのは照れるね。さ、もういいだろう? 早くしないと欠席扱いになってしまうよ」
「えぇ、いや、マジで結構なショックを受けてるし、授業どころじゃないんだが」
「何を言っているんだい、この僕が助けてあげたのに欠席するなんて駄目だよ。さ、行くよ!」
そしてハルはルイに引きづられるようにしながら学院に戻り、授業を受けるのだった。
驚愕の事実をようやく知ってしまったハルだったが、しかし今更見た目を変えるわけにもいかず、卒業まで男子生徒のまま過ごすのだった。
驚愕の事実を知るまであと四分 川木 @kspan
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