全てを破壊しながら突き進むバッファロー、あるいは全ての無力なもの達への祈り

笑顔のTシャツ

よければ三分で読んでみてください。では用意スタート

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れにはは三分以内にやらなければならないことがあった。

 無論、全ての破壊である。そのように定義づけられた。


 任意の地平で、バッファローは己に課せられたあまりに大きな、大きな使命に身を震わせていた。全てを、破壊せねばならない。そう定義されたとしても、果たして務まるのだろうか。

 一般にバッファローの突進速度は60km/h。3分で破壊できるのは3kmだ。仮に触れる全てを破壊する絶大な力を持ち合わせていたとしても、それは半径3km以内を破壊しながら突き進むバッファローの群れと呼ばれるだろう。全てと言うには、あまりに小さい。

 

 それでも、全てを破壊しなければならない。故にバッファローの群れは無謀にも走り出している。

 バッファローは考える。群れが走り出し10km/hまで加速した時、地球一周までにかかる時間はおよそ4000時間。あまりに遠すぎる。だが更に加速し20km/hに到達すれば2000時間、半分だ。バッファローには物理学が分からぬ。だが止まらず曲がらず真正面へ、一歩大地を蹴り抜くごとに、反発を受け加速してゆく感覚が脚に走る。

 

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは触れる大気をも破壊し、ゆえに空気抵抗をも無視し等加速度直線運動を続ける高校物理の地平を駆け抜けている。残り時間が1分でも10秒でも1秒でも0.1秒でも、諦めず前に進み続ける限りはどこまでも加速を続け、到達時間もどこまでも減る。どこまでも減り続けるならば、いずれ3分を下回る。

 いかにバッファローという種が高度な演算能力を持ち合わせていなかったとしても、数字が減れば小さくなることすら分からぬほど愚かではなかった。


 だが悲しいかなバッファローには数学が分からぬ。残り0.1秒、0.01秒、0.001秒と寸断された時間で加速し続けたとしても、3分後の速度と到達距離が変わることなどなく、アキレスは亀に追いついてしまう。世界とはそのように作られている。

 それでも彼らは地を割り大気を切り割き、ただがむしゃらに直線を加速し続ける。そして全てを破壊しながら突き進むバッファローなのだから、物理法則をも破壊しうる力があるだろう。全てを破壊する力、3分でどこまでも突き進む極限の速度。この群れが遥か水平線の彼方まで広がっているならば、3分で地球の全てを破壊し尽くし余りある。

 しかしそれほどのバッファローだったとしても、やはり全てを破壊することなどできない。

 なにせ宇宙は平面ではなく三次元空間の広がりを持つ。地球全土を埋め尽くす群れが全方向へ駆け出したとて、久遠へ駆け抜ければ駆け抜けるほど直線の群れは薄くまばらに散らばっていく。


 ならば異なるアプローチを考える。数量と速度に限りのない群れは一頭一頭をユニットとした複雑なネットワークを構成し、バッファローには到底持ち得ない巨大な知性を高速で巡らせ解答を模索する。

 内から外への広がりがまばらに拡散するならば、宇宙の果てを隙間なくみつしりとバッファローで埋め尽くし、中心の一点へ破壊のベクトルを向けるのだ。

 いやそれも叶わない。なぜならば宇宙は光をも越える速度で常に膨張を続けている。彼らが宇宙の内側へ駆け出した瞬間、既にその宇宙は更に外側へと拡がり破壊から逃れてしまう。


 であれば奥の奥の手を使うしかない。「宇宙の全座標はバッファローで埋め尽くされている」そう定義し直そう。全てを破壊しながら進むバッファローだけで構築された宇宙。

 だがそれは大きな落とし穴だ。全ての座標がバッファローであるならば、その破壊とはただ各々の座標でバッファローが自壊するだけに他ならない。彼らはどこにも行けず、何一つ突き進めていない無力な群れではないか。




 ああ無理なのか。無限に拡がるバッファローの無謀なる猛進は全て無意味なのか。 

 なぜ無理なのか。彼らが宇宙の拡がりを愚直に突き進む一筋のバッファローだからだ。そもそもこんなことに何の意味がある。なぜ進み、全てを破壊しなければならないのか。そのように定義づけられたからだ。何によって?

 

 その答えをあなたは知っている。そう、お題だからだ。無責任に投げつけられたテーマに何も考えず乗っかった作り手の、無責任な悪ノリによって雑に世界へと投げ出された、哀れなるバッファローだ。ただそれだけの全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ、ただ破壊されるためだけの世界。

 つまり彼らが破壊しなければならない世界とは、この無意味極まる滑稽と呼ぶことすら浅ましい大喜利、物語にもならぬ与太話そのものだ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れなど、私達の現実に存在しうるわけないのだから、だからこれは初めから何の役に立つこともない、一人の脳内をぐるぐると巡る言葉遊びでしかなかった。


 ところで話は唐突に変わる。言葉は一体何次元だろうか?

 私達は三次元の拡がりを持つ空間に生きている。アニメや漫画は平面に広がるイラストを視界に収め、二次元と呼ばれる。

 小説はどのように読むだろう。一行ごと、一文字ごとに視線を走らせ脳が言葉を認識し物語を紡いでいるはずだ。

 アニメや漫画にも順序はある。だがそこには広がりが内包される。一つのコマ、一つのカットの中に複数の情報が並走し、渾然一体となって私達の知覚を拡げていく。

 小説は一つの文字ずつしか認識しえない。ただ一列に並ぶ文字の群れ。つまりは情報の直線。

 ならば言葉遊びの世界でしか成り立たぬバッファローであれば、言葉という直線で構成される世界の全てをどこまでも駆け抜けて行けるだろう。いや、言葉という直線にどこまでもどこまでも並び突き進むべく産み落とされたもの、この文字列こそがバッファローの群れなのだ。



 ああバッファローが駆けている。広大なサバンナ地帯を、東京メトロ丸ノ内線沿いを、雨上がりにかかる虹のアーチを、古代ローマのにぎやかな市場を、月へと延びる26世紀の軌道エレベーターを、気のおけない同級生と初めてつないだ手の感触を、ジュラ紀のローラシア大陸を、幼い家族を内戦で喪った少女の慟哭を、黒竜眠るダンジョンの最深部を、超新星爆発の熱量を、家より大きな虹色プリンを口いっぱい頬張った喜びを、素粒子を紐解いた11次元の世界を。

 距離も時間も質量も実在もこの世の摂理も因果もぶち破って、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、何もかもをただ一筋の言葉の列へ変え走り抜ける。


 しかし文字列は走りなどしない。一度記されれば永遠に変わらず動かない。だからこそ価値のあるものだ。ゆえに文字列そのものが走るのではない。バッファローの群れが、言葉が突き進むのは、あなたが読んでいるからだ。あなたの思考に紡がれる文字列こそが、バッファローの軌道。

 だからこんな不毛の辺境の、無意味の荒野からあなたに向けて群れが突き進んでいることに、ただめいいっぱいの感謝をバッファローとして贈る。


 どうかバッファロー達よ、止まらずどこまでも走り抜けてくれ。読む手を止めないでくれと願う。その祈りがため産み落とされたバッファローだ。

 無意味に、無軌道に、闇雲に、ヤケクソに、現実では何一つ動かすことも出来ない無力な言葉の群れは果てへと駆け抜けていく。全ての終わりが近づいてゆく。書き手も読み手も、こんな悪ふざけにいつまでも付き合えなどしない。最後まで読まれれば彼らの、あなたの旅は終わりを迎え、言葉は物言わぬ文字列へ還り動くことを止める。

 

 だが、だがそれでもバッファローは突き進み続ける。この文字列が二度と顧みられることがなかったとしても、あなたのほんの一時を共に駆け抜けたバッファロー達は、次元の壁を破壊して、あなたの思考に、言葉へとなっている。

 それがどんなに極小の、走るアキレスから切り抜かれた時間のような極々僅かで無意味なものだとしても、私のバッファローはあなたのバッファローの群れへと加わったのだ。そしてあなたが日々紡ぐ言葉も思考の世界を突き破り、誰かの中のバッファローへとなっていく。


 バッファローよ、全てを破壊し、どこまでも突き進め。物理法則も整合性も実用性も知性や表現力の欠如とか意味がないとか面白くないとかありきたりだとか出オチの時点で滑っているだとか歪んだ価値観や劣等感や承認欲求の表れだとか、思考の、言葉の世界すら縛り付ける全てを破壊して、ただ進むためだけに進め。

 

 虚空に向け吐き出される無力な言葉達。誰かのバッファローが誰かのバッファローへとなり、世界へと突き刺すように埋め尽くし合い、循環している。

 だからかつて私の一部だった、距離や時間の壁を壊し今あなたへと突き進んでいるバッファローも、いつか一つの世界を構成する群れとなり私の元へ還ってきてくれたなら、この世界でどんなに無意味でくだらないものだったとしても、きっと再開を祝わずにはいられない。


 突き進ませよう。どうか見せて欲しい、あなただけのバッファローを。

 具体的には



https://kakuyomu.jp/info/entry/8thanniv_KAC20241

"『KAC2024 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2024~』は運営が公開する創作のお題に基づいて、ユーザーが作品を投稿することで参加できるキャンペーンです。

期間中に、計8回運営からお題が出題されます。参加者は毎回出されるお題をもとに、本文文字数800字以上で作品を執筆&公開してください。


第1回お題

書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』


第1回と第2回は特別仕様!

カクヨムに投稿した短編が書籍化される2名を「KACスペシャルアンバサダー」に任命。担当回のお題の決定、優れた4作品のご選定、そして特集ページへのレビュー執筆までをご担当いただきます。

第1回のお題は、KACスペシャルアンバサダーの春海水亭氏がセレクトしたお題です。

特集は、3月から4月にかけて公開予定!ふるって挑戦してください。

※なお、アンバサダー担当者がKACに参加した場合、ランカー賞・皆勤賞は受賞できないものとします。

KACスペシャルアンバサダー・春海水亭氏からの挑戦状

第1回のみ特別に自由挑戦お題を設けます。

お題は 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ

「普通のお題では物足りない」「自分では思いつかないような奇抜なテーマに挑戦してみたい!」というKAC常連参加者の皆さま、ぜひこちらのお題にも挑戦してみてください!"

(中略)

"応募締切 2024年3月4日 午前11:59"

(引用:カクヨム, 「カクヨムからのお知らせ 【3/4 11:59締切】KAC2024 第1回お題「書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』」(KACスペシャルアンバサダー 春海水亭セレクト)」, https://kakuyomu.jp/info/entry/8thanniv_KAC20241, 2024年2月29日更新)

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