第3話 銀河帝国地球支部の吉田さんは牛丼を運ぶ

超光速。

文字通り光よりも速く進む宇宙船の中は、多分あなたが思っているよりも静かだ。

静かに、そして滑らかに各種データを表示する機器は音すら立てず、超光速ドライブのかすかに奏でるエンジン音が、耳を澄ませてようやく聞こえてくるぐらいだ。

そして外には音の存在しない宇宙空間。景色はあっという間に流れていく。

その宇宙船に乗り、地球から数千光年離れた場所にある銀河帝国へ向かって。


僕は今、牛丼をデリバリーしている。


「しかし、わざわざ地球から運ぶ必要あるんですかね?帝国本星で作ったほうが早いと思うんですけど。」

 僕は窓の外を流れていく宇宙の景色を眺めながら、隣にいるトレンさんに言った。地球人でも僕らの世代は帝国ネイティブ世代なので、銀河共通語もすらすら話すことが出来る。

「地球の環境下で育った牛、米、玉ねぎ、そのほか諸々じゃないと、美味しくないってことなんじゃないかな。重力とか大気成分、土の中の微生物なんかの量も違うし。」

「それでも、うちの技術力だったら、本部でも同じ環境作れるでしょうに。コロニー近くに建造するとか、そっちの方が最終的には安上がりですよ。」

「うーん、吉田君はさ、出前頼むことある?」

「ありますよ。銀河ピザとか。」

「出前で頼む食べ物って、絶対自分で作った方が安く作れるけど、それでも出前頼むわけじゃん。それと同じだよ。」

「そう…なんですかねぇ。」

 僕がやや訝し気にそう言うと、トレンさんは頷いた。

 トレンさんは僕と何回もペアを組んで帝国本部まで牛丼を運んでいる人で、体形は地球人類に近い。地球人を1.5倍くらいに大きくして、少しだけ細くしたらトレンさんの体形になるだろう。と言っても、トレンさんは一緒に温泉に入る時ですら帝国軍人制服の真っ黒なバトルスーツを着ているので、もしかしたら隠している腕の二本くらいはあるかもしれない。

僕はため息をつく。

「せめて冷凍で運ぶことができたらもっと楽なんですけどね。風味が落ちるから、本星に着くまでの間も秘伝のたれをつぎ足しつつ作り続けなきゃいけないとか、どんな罰ゲームですか。積み込む物資も増えるし、捨てるのももったいないから運搬中は毎食牛丼になっちゃうし。」

「僕は好きだけどね、牛丼。」

トレンさんは僕と同じで帝国地球支部在籍で、僕が生まれる前から地球支部に配属されていたらしいので、地球の文化にかなり詳しい。

「トレンさんは寿命が長いからそう言えるんです。地球人類は毎回牛丼食べてたらただでさえ短い寿命がもっと減りますよ。」

「ははは」と笑って、トレンさんは空中表示されたパネルのいくつかの部分に触れる。運転は99パーセント自動だから、トレンさんがしているように時たま出てくるデータを眺めて、承認ボタンを押せばいい。

 そうやって話がひと段落しそうなタイミングで、ブザーが鳴った。地球人には赤く見える表示が空中に浮かぶ。

「お。反乱軍だ。」

 トレンさんはそう言って地図の表示を拡大させる。

 僕らの航路が表示されている途中に、点滅する赤い船影が割り込もうとしている。

「牛丼を運ぶ船を襲う反乱軍だなんて、どんなギャグですか。」

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、だよ。」

「なんですかそれ?」

「君らの星の言葉さ。遠い昔のね。」

反乱軍の狙いは、恐ろしいことに僕らが運んでいる牛丼だ。

ここには二つの反乱軍の考えがあって、一つはこの船を乗っ取って牛丼に毒を仕込んでしまおうという考え。

もう一つはわざわざ輸送されているこの牛丼を高級資源と考えて、それを略奪して他所で転売し、活動資金を稼ごうという考え。

「いや、地球で20銀河エイン出せば食べれるのに。僕ですらその気になれば毎日晩御飯に食べれますよ。飽きるけど。」

「帝国の情報は全て嘘と考えるのが反乱軍だからね。帝国憎けりゃ牛丼も憎い。」

「じゃあ食わなきゃいいじゃないですか。」

「嫌よ嫌よも好きのうち、ってね。」

 トレンさんは立ち上がると、バトルスーツのあちこちを視認した。

「外付けのレーザーで一発でしょ?わざわざ出なくても。」

「いや、たまには体動かさないとね。」

 それに、と言ってトレンさんは付け加えた。

「そろそろ僕にも使えるんじゃないかな、フォースとか、かめはめ波とか。声に反応して変形する武器は今本国に開発させてるんだけどね。」

 トレンさんは、地球の文化に詳しい。


 宇宙船から無重力空間に飛び出したトレンさんは、しばらく宇宙空間で両手を合わせて手を後ろから前に出したり、手持ちの単分子ビームソードをその場に浮かして手を遠くからかざしていたりした。トレンさん曰く「修行」らしい。

しばらくして気持ちの踏ん切りがついたのか、ビームソードを構え直すと、トレンさんは相手がイワシの大群のように撃ってくるビーム砲や弾丸をさらりとよけ、一瞬で宇宙船を真っ二つにする。そしてそのまま速度を落とさずにこちらの宇宙船に戻ってきた。

バトルスーツのヘルメットを脱ぐと、いつもの穏やかなトレンさんの顔だ。


「ただいま。」

「相変わらず見事な腕前で。」


 一宅配につき往復一回ずつ反乱軍には襲われているので、トレンさんの戦闘は何回も見ているけれど、いつみても無駄がない。バラバラにすると宇宙空間にデブリ(ごみ)が増えるからということで、一撃必殺が殆どだ。


「いやー、昔だったらもっと速かったよ。歳は取りたくないなぁ。」

 ニコニコとしながら、トレンさんはそう言った。

「でも運動もしっかりできたから、今日は牛丼大盛にしようかな。」

「じゃあ作ってきますよ、牛丼。」

 「玉ねぎ多め、つゆだくでね。」

  僕はトレンさんの声を背中で聞きつつ、調理室の方に向かって歩き出す。


 地球支部の人事部にいる同僚の鈴木から聞いたのだけれど、トレンさんは昔、銀河帝国本国の「帝国7傑」と呼ばれるエリートの一人だったらしい。

 そんなあほな、と思って調べてみると、僕がよく寝て過ごしていた大銀河帝国史の教科書にも、トレンさんがはっきりと載っていた。

「なんでこんな辺境オブ辺境、牛丼しか価値のない地球に、トレンさんみたいなエリートが配属になったのかはわからないけどね。これまでの人事データは特級機密情報扱いだし。その割に給料は僕らよりやや高いくらいなのも変だよね。」

 鈴木は仕事帰りによく寄る居酒屋「座椅子居酒屋・米田」で帝国エール6号を飲みながらそう言った。

「まぁ、人生いろいろだからな。隠居のような気持なのかもな。」

「なるほどね。」

 僕はそう言って、同じようにエール6号をのどに流し込む。


 牛丼を食べ終わり、僕がいれた熱い緑茶も飲み終わると、船内は再び暇になった。とはいえ、帝国本国に着くにはまだもう少し時間がかかる。その暇の中で、僕は鈴木との会話を思い出していた。

 隣で緑茶を飲むトレンさんを見る。トレンさんにとってはこれくらいの温度はきっとぬるいくらいに感じているだろう。

「トレンさん、聞いてもいいですか?」

「ん?」

「昔、トレンさんって、帝国7傑だったんですよね?」

「よく知ってるね。懐かしいなぁ。」

「昔って今よりもやっぱしんどかったですか?」

「そうだね、大規模な戦闘っていうのは昔の方が多かったかな。友達も結構死んだしなぁ。」

 うんうん、とトレンさんは頷いた。

「それに比べたら、今は帝国がでかくて強くなったから、戦闘もすぐに終わるし、楽だよね。マンネリに近いかも。」

「地球もそうでしたもんね。」

「そうだね。地球は楽だったなぁ。地球の当時の指導者たちで、どこの国が攻撃するかで会議してたから、その間に終わったし。」

 ばーちゃんが言ってたことを僕は思い出す。

「そういう、撃ったり撃たれたりっていうのが嫌で、この仕事についたとかですか?」

「いや、きっかけは牛丼。」

「え、牛丼?」

 それからトレンさんはこっちを向いた。

「あの時、皇帝に牛丼を進言したの、僕なんだよね。制圧後の検分作業の時におなかがすいて、たまたま営業してた牛丼屋で食べたのがきっかけなんだけど。」

 そう言ってからトレンさんは昔を思い出すような表情をした。こういうのは全宇宙共通らしい。

「それが今や、こんな風になるとはねぇ。」


 地球がまだ西暦を使っていたころ。

 銀河帝国は突如として地球に現れて、あっという間に地球を征服した。

 僕が生まれる前の出来事だけれど、それはもう本当に「あっ」という間だったらしい。

「地球じゃまだ『国』と『国』で争ってばかりなのに、いきなり『星』が集まった軍隊が攻め込んできたんだから、そりゃ負けるのも当然よね。」

当時を振り返って、ばーちゃんはよくそう言っていた。こうして、あっという間に地球は銀河帝国の支部として名を連ねるようになった。


 けれど、この後困ったのは、実は銀河帝国側の方だった。

 資源はほぼ枯渇しきっていて、空気汚染にはじまる環境汚染もひどい。

 そして星の中で最も知能が高いと思われる人類は、最終兵器として使うのが、当時とっくに時代遅れになっていた核ミサイルという程の科学力だったし、労働力として使おうにも宇宙での限られた環境下でしか働けない。

 要するに征服当初の地球は、使いようのない星だったのだ。だから、地球を丸ごと破壊して、中心部のエネルギーを再利用するといった案も、皇帝を頂点とする帝国の中央部の中では生まれたらしい。


けれど、そんな中、ある一つのアイテムが、帝国の地球調査隊から本国に提出された。

帝国本星の帝国人にとって理想的な栄養と味。

なにより銀河一厳しいと言われる皇帝の味覚に98%マッチするという食べ物(当時の最高値は88%で、帝国の5つ星レストランの出す一皿だった)。


それが、牛丼だった。

しかも、地球の、さらに日本人にしかなじみのない、昔からあるチェーン店の、牛丼。

 

 牛丼の美味しさに目覚めた皇帝と帝国民は、地球を牛丼製造ができる素晴らしい資源を持った星として残すことに決めた。

 一部の幹部には地球に湧き出る温泉も人気となり、今地球は、「牛丼と温泉」でその地位を保っている、辺境の観光惑星になっている。

 

 これが、地球に生まれた帝国民が習う、自分の星の歴史だ。


 牛丼を皇帝に提出したのがトレンさんだとするなら、トレンさんは地球にとって救いの神だということになる。あと、制圧後にも関わらずたくましく営業していたそのチェーン店の店長も。


「皇帝の味覚にあれだけ合う食品が発見されたっていうのは帝国ですごいニュースになったんだよね。で、その貢献者である僕は、皇帝から一生遊んで暮らせる報酬と惑星を十個ほどもらったんだ。」

「すごいですね。牛丼ドリームだ。」

 トレンさんがこんな薄給でも働いている理由が分かった。お金を稼ぐ必要がないのだ。

「こうなると面白くないのが、他の6傑だよね。」

「ああ、一人だけ手柄を立てて…みたいな。」

「そうそう。今まで僕らは領土拡大とか、敵対する星を制圧するとかで名を上げて来たんだけれど、さっき言ったみたいにそれもマンネリ化してた。そこに、『皇帝が今までで一番好きな料理』を見つけた僕が、一気に地位を上げてしまった。」

「はぁ。」

「今、他の6傑は牛丼を超える食品を探して銀河中を旅してる。新しい星をしらみつぶしに制圧して、そこにある美味しいものを探してね。」

 トレンさんはお茶を飲み干す。僕はお替りを作って、トレンさんの湯飲みに注いだ。

「時たま連絡かわすけど、久しぶりのやりがいを見つけて今はイキイキしてるよ、あの連中。だから当分銀河帝国は勢力を拡大するだろうね。帝国の未来は明るい。」


 僕はしばらくその話を頭で反復していたけれど、それでもわからないことが一つあった。


「ところで、それだけ報酬もらったんだったら、今更もう働く必要なくないですか?もらった星でゆっくりすればいいのに。」

 トレンさんはにやりと笑うと、タブレットを取り出してこう言った。

「シン・ワンピースの正体、気になってて地球から離れられないんだよね。明日、ジャンプ最新号データが出るから、はやく仕事終わらせて地球に戻ろう。」

 目の前には帝国本土の洗練された景色が近づいてきている。

 僕は、

「『HUNTER×HUNTERーXXー』、来年に完結するらしいですよ。」

と言うと、着陸の手続きをとるため、本星に向かっての通信スイッチをオンにした。

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銀河帝国の端っこの人たち 三戸満平 @mitomanpei

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