第2話 銀河帝国地球支部佐藤さんの野望

ひまだ。」


 佐藤さんは一日に必ず五回は呟くこのセリフを、始業十五分にして早くも呟いた。

「そんなことを言ってはいけませんよ」

 その言葉に反応した高機能作業アンドロイドのドルチェ(名前はかわいいが、いかにも武骨な人型ロボットだ)が佐藤さんを諭した。このやり取りももちろん一日に五回は繰り返される。

「そもそも、ドルチェがいるんだから、ここに人間を配属する意味がないんじゃない?」

「私たちがどれだけ正確な頭脳を持ったところで、本来「生物」に定義される方々の持つ柔軟性や適応力にはまだまだかなわないものがありますから。」

「そんなお世辞を言えるくらいなら十分だと思うんだけどね。」

「いえいえ。」

 そういうとドルチェは前のほうを見て黙ってしまった。相手をしてくれなくなったドルチェをにらみ、佐藤さんも前を見てまたため息をつく。

佐藤さんとドルチェがいるカウンターの上にはデジタルウィンドウが浮かんでいた。

銀河帝国地球支部 備品部 制服販売課(所)

 それが佐藤さんの所属場所であり、営業場所である。

 

 銀河帝国において、制服というのは一種の象徴でもある。征服の対象となる惑星においては恐怖と制圧の象徴として。また、帝国民たちにとっては尊敬と安心の象徴として、銀河帝国の制服は存在している。

 その制服を着用しているのは、軍部の人間たちである。彼らは絶えず制服の着用を命じられており、自宅にいるとき以外は常に制服の着用していなくてはならない。都市伝説(それでも銀河系全体に広がっている都市伝説なのだから、信憑性は高いのかもしれない)によれば、一度制服を汚したまま帝国の会議に出た軍人は、皇帝の咳払い一つでその首と体を分断されたということだ。


何せ銀河帝国は規律を重んじる。

地球の映画や小説では悪役で描かれることが多い銀河帝国だが、皇帝は何事も規律正しく物事が進むことを是としていた。軍人以外にも本当は制服の着用を義務付けたいらしいが、末端まで入れたらそれこそ莫大な数の制服が必要となるため、経費の都合上軍人と、一部の役職についている者だけが制服を着るようになったらしい。

 佐藤さんのいる銀河帝国地球支部において、制服が貸与されているのは支部長であるメルマードさんただ一人である。そのメルマードさんにしても、軍人として着用しているのではなく、支部長というポジションについているから着用しているのであって、出勤してから着替えている。メルマードさんがこの地球支部において制服の購買所に向かい、真新しい制服を買うことなんて、天文的な確率でしかありえない。

 それゆえに佐藤さんは暇なのである。

 

「俺がここに配属になってからもう三年経つんだけどさ。」

「正しくは二年と三百四十地球日ですね。」

「まぁ、いいんだよ、それはね。それで、その期間に何着の制服が売れた?」

「三着ですね。」

「一着はメルマードさんだろ。俺へのご祝儀的な。」

「日本的な観念を持つ方ですよね、メルマード様。」

「もう一着は帝国の中央部の軍人だ。」

「湯布院で休暇中に赤ワインを制服にこぼし、そこにタイミング悪く本部からお呼びがかかって、ワープで行く前に慌ててこっちに来られたんでしたね。」

「あれが一番、仕事で必要とされた瞬間だったな。」

 佐藤さんはしみじみとうなずく。

「そして最後の一着は。」

「佐藤様ですね。」

「売り上げが上がればここから別の場所に行けるのかと思って買ったんだけどさ、意味なかったなぁ。」

 ドルチェが計算時に出す音を発生させてから言った。

「約三年で三着。一年に一着のペースになりますね。」

 こんな簡単な計算にすら計算処理を発動させるなんて、嫌味なロボットだ。

「暇だなぁ。」

 佐藤さんは再びため息をついた。

 時計は九時を指している。


佐藤さんのいる部署が破滅的に暇な理由には、制服を着る人間がほとんどいないのもあるが、もう一つにはこの銀河帝国ですら達成していないある技術の問題にある。トランスポートだ。


多面的に存在する宇宙空間を一つの直線状につなぎ(無論これは概念的な説明ではある)、光速で移動することで従来の何十倍ものスピードで移動することを可能としたワープ技術は、銀河帝国でも初期の段階で発見・確立された技術だった。しかし一方で、一つの物質を分子レベルにまで分解し、対象地点にワープさせた後で再構築させるトランスポート技術は、帝国の技術をもってしても完成していない。このせいで、「物を送る」という原始的な作業は、いまだに間に輸送手段を挟まないといけないのである。


費用対効果。社会においてまず間違いなく言われるこの言葉はもちろん規律を重んじる帝国にあっても例外ではない。

 需要があるかもわからない地球への輸送ラインと人員を確保しておくよりも、そもそも地球の支部に制服のストックを置き、それを管理させる人員と設備を置いたほうがコスト的には百倍マシである、と銀河帝国の会計部門は中央で行われた予算会議で断言した。そもそも地球なんて温泉以外にほぼ使い道のない星だったから会議に参加していた役員たちもそれを了承した。

 ここにまた、それゆえに佐藤さんが暇となる要因が生まれたのである。


「ドルチェ、そもそも銀河帝国全体で、制服ってどれだけ売れるものなんだ?」

「支配拡大の前線地域では、かなり売れているようですね、戦闘による汚破損等の回数が跳ね上がりますので。」

「じゃあ逆に、この場所は全体でみればどれくらいの位置にいるんだ?」

「最下位ではないですね。この地球換算で五十年ほど、一度も売れてない場所もあるようですし。」

「売れてないのにクビにならないし廃棄もされないっていうのがなぁ。」

佐藤さんは決して働き者ではない。だからこの部署に配属された初めのほうは「普通に働くよりも給料がよく、なのに普通に働くよりも暇な素敵な部署」だと思っていた。朝の開店準備と、店じまいをするとき以外は一日中ぼんやりとするだけでいいのだ。

 しかし、その一日中ぼんやりが一か月となり、一年となったころ、佐藤さんはさすがにこれは暇すぎると感じた。それが三年もたつと、佐藤さんはもはや自分は何のために働いているのかわからなくなった。

「異動とかってないのかね?」

「ここへの異動を希望する人間がいないからでしょう、単純に。」

 飾ってある制服にはたきをかけながら、ドルチェがすぐに応えた。このやり取りももう何回もしている。

 銀河帝国の中心部から遥かに離れたこの地球にわざわざ来て働こうとする他の星の住人なんて確かにいない。帝国に入る人たちは皆、中央の首都惑星で働くことを夢見るか、前線基地で領土を広げることに野心を燃やす奴らばかりだ。彼らにとってここは、保養地くらいにしか考えられていない。

地球にいるのは地球人か、何らかの理由があって地球に「配属になってしまった」他星人ばかりなのだ。

「作戦とかに失敗した連中をここに送ればいいじゃないか。」

「佐藤様、失敗した人間はここに来ることはありません。処刑されるか、開拓惑星に送られるかどちらかです。」

「そんなところだけ帝国っぽいんだもんなぁ。」

「そんなところだけ、とはどういうことですか?」

「いや、そんな深い意味はないよ。」

 一応帝国支給のロボットなのだ、録音データは残されるだろう。暇はまだしも、帝国そのものを批判すると、何かの折にその録音データが中央に行ってしまえば、自分がそれこそ処刑されかねない。ここがいくら暇とはいえ、開拓惑星送りは絶対に嫌だった。

「それなら佐藤様、もうここは大々的にキャンペーンなどしてみてはどうですか?」

「キャンペーン?」

「そうです。制服販売のキャンペーンです。」

「それは今なら数パーセントオフとか、一着買えばもう一着がタダ、とか?」

「そうです。」

「買う母数がそもそも少ないから無理だよ、一応大学でそれくらいは学んださ。メルマードさんにもう一着買ってもらっても仕方がないだろう。」

「では、地球支部以外の人に買ってもらう必要がありますね。」

「誰がわざわざそんなものを買うんだよ。時たまドルチェはおかしなこと考えるんだな。」

「無駄なことを考える、というのは高度な機能なのですよ、佐藤様。」

 無駄って自分でもわかってるんじゃないか…と思いながら佐藤さんは業務端末を叩いた。念のため中央ネットワークのデータベース検索でほかの支部での販売課の販売方法について調べてみる。ドルチェが言ったような汚れが発生しやすい場所では、割引キャンペーンなども行われているようだが、そもそも制服は安い値段で販売されているので、割引をしたところで意味があるとも思えなかった。

「考えるだけでも少しは暇はつぶれるでしょう?」

「それはそうだけどな。」

 佐藤さんはカウンターに置いてあるコーヒーを飲んだ。確かにドルチェの言う通り、ここで待つよりも、ここに来るように仕向けたほうが、建設的ではあるかもしれない。少なくともこの「暇」から抜け出すことはできるだろう。

 まずは自分が動かせるお金を確認しよう、と佐藤さんは考えた。

「ドルチェ、この販売課に予算ってどれくらい振りわけられてるんだ?」

「そうですね、私の維持費と佐藤様の人件費、コーヒー代その他も含めて…」

 ドルチェが口に出した数字は、佐藤さんの予想の十倍以上あった。

「お前の維持費ってそんなに高いの?」

「違います、「雑費」として振り当てられている予算を佐藤さんが使っていないだけです。もっとも、使うような事態が今までなかったからとも言えますが。」

 怖いもの聞きたさでドルチェから聞いた自由予算の余りは、佐藤さんの年収の軽く二十倍はあった。

「これからはもっといいコーヒー豆を買おう。」

 とりあえず佐藤さんはそう心に決めた。


昼休憩を挟んでから、さっそく佐藤さんは仕事に取り掛かった。

「ドルチェ、データライブラリーにアクセスして、過去の帝国内でのキャンペーンとかをサーチしてくれる?商品の販売促進メインで。」

「三年目にして初めて自分の機能を思う存分発揮している気がします。」

「皮肉は言わないでいいんだよ。」

 ドルチェが集約したデータを空中展開したのを、カウンターに肘をつきながら眺める。その中の一つに、面白いものデータがあった。空中展開したデータシートをつまんで手元に引き寄せた。

「それは、帝国に支配される前の日本で主に行われていた商品販売法のようですね。地球のデータライブラリの中に入っていました。」

「はー、過去の地球人にも賢い人はいたんだな。」

「それを行うつもりですか?難しそうな気もしますが…。」

「まぁ、暇つぶしだからな、いいんだよ。」

 佐藤さんはそのデータシートを自分の業務端末に読み込みさせる。

 データシートには「ご当地アイテム」という大きな見出しがついていた。


 一か月がたった。

「地球オリジナル制服?」

「そうです、メルマードさん。」

 佐藤さんはメルマードさんのデスク上に資料を空中表示させながらうなずいた。

「数を限定して、地球の素材、具体的には絹とかの肌触りのよい素材を使った制服を作り、ところどころに地球ならではのアイコンを付けます。これによって、他の制服との差別化を図り、他の星に所属になっている軍人たちもこれをわざわざ買うのではないかと。」

「ふーん…。」

 メルマードさんは顎を撫でながら大きな瞳で資料を見ている。メルマードさんは地球人と同じ人型生物だが、目が大きいのが特徴だ。

「制服そのものの防御力は落ちることなく設計できますし、素材もいいものを使うのでむしろ機動力等は上がるかもしれません。」

「予算は…あぁ、自由予算内で収まるのね。ふむ。」

 メルマードさんは佐藤さんの方を見た。

「やるとするなら皇帝への献上品を作るのが最初かなぁ…。」

 皇帝、という名前が出たところに佐藤さんはびっくりした。佐藤さんが仕事を始めてから、皇帝が自分の仕事に関わったことなどもちろんない。

「なんで皇帝の名前が出てくるんですか?」

「そりゃ、皇帝の知らないところで勝手に別の制服が出回ってたらどうなると思う?」

 音もなく蒸発する自分自身を佐藤さんは想像した。

「確かに…。」

「それで、これを皇帝に献上して、皇帝が気に入って、そこからさらに申し立てをして…」

「気が長くなる長さになりそうですね。」

「そうだな。最初の献上品のやり取りだけでも、たぶん地球換算で一年はかかるだろうしね。全部となると、五年くらいかなぁ。」

「ん?」

 そこで佐藤さんは閃いた、というよりも、気が付いた。

「それって、この事業に乗り出したら、私はこのまま五年間くらいは今の部署のままってことですかね?」

「まぁそりゃ、やりだしたからには最後までしてもらうことになるだろうね。」

 佐藤さんはすぐに空中に浮かんでいた資料を消した。

「今の話は聞かなかったことに。」

「わかった、わかった。」

 メルマードさんは笑って言った。

「人事部から君の評価を聞かれたら、やる気がある人材だとだけ伝えておくよ。」

「ありがとうございます。」

「佐藤君、あそこの仕事は退屈かい?」

「退屈ですね。」

 佐藤さんは即答した。

「まぁすごく忙しい職場を求めてるってわけではないので、少しの刺激が欲しかっただけなんです。」

「正直だな。まぁ、帝国全体で確かにあそこは暇な部署として有名だからな。そういう意味では佐藤君みたいな人間が一番あそこに適任なんだよ。」

「他の星も含めて、帝国の皆さんはワーカホリックが多いんですよ。メルマードさんも。」

「宇宙が広くてよかったよ、仕事が山ほどあるからな。」

「今この瞬間にも新しい仕事場ができてるようなもんですもんね。」

 そう言ってから二人は笑った。

「まぁ、これを考えてる間は楽しかったです。時間をいただいたのにすみませんでした。」

「私も楽しかったから気にするな。また何か思いついたら連絡してくれ。」

 一礼してから、佐藤さんはメルマードさんの部屋を出た。

そして、ふぅっとため息をついて、購買部に戻っていく。

「というわけで野望は潰えたよ。」

「お疲れ様でした。まぁ、こうなるかなと少し思ってました。」

 最近のロボットは皮肉までいうのだから嫌になるな、と佐藤さんは思った。

「めちゃめちゃ忙しくなるくらいなら、今の職場のままでいいし、皇帝とかそんな人と関わりを持つほど俺野心ないしなぁ。」

ドルチェが出してくれたコーヒーを飲みながら佐藤さんはぼやいた。

「あ、コーヒー美味しくなってる。」

「早速豆をいいものに変えました。」

 ドルチェが頭を下げた。仕事ができるロボットが相棒というのは素晴らしいものだと思う。資料作りにもかなりドルチェは役に立ってくれた。

「そしたら、どうするのですか?このまま暇な毎日をおくりますか?」

「まぁ、そうだなぁ。」

 佐藤さんはカウンターからあたりを見回す。

「発想を変えるってのは大事かもしれない。」

「と言いますと?」

「買う人が数人しかいない、買われる服が数着しかないというのが今の現状だけれど、それはそのままに、価値観を変える。」

「言っていることがよくわからないですね…」

 ドルチェは疑問を抱いているが、佐藤さんは言いながら段々とアイディアが浮かんできたらしい。

「数人しか買える人がいない。数着しか買ってもらうことができない。ってこと。買えなくても仕方ないって周りに思わせるんだ。」

 佐藤さんは自分の端末を起動させた。

「ドルチェ、今からいうイメージに沿った建築デザインをしてもらえる業者をリストアップしてくれ。」

 佐藤さんが口にしたのは、全銀河で名をはせている高級ブティックだった。ドルチェはすぐにその業者をリストアップして佐藤さんの端末に転送する。

「あと、俺用の高級スーツも一着。お前も近々外装メンテナンスを申し込んでくれ。」

「別に私の外装にダメージ等の支障はないのですが…」

「ピカピカにしとくってことだよ。」

 そう言いながら佐藤さんは端末を操作してドルチェの送ってくれた業者に電話をかける。

 ドルチェは暫く思考を走らせていたが、とりあえずメンテナンス部門に連絡を飛ばした。


 一週間、佐藤さんは販売課の店舗にシャッターを下ろしていたが、もちろんその間も誰も制服を買いには来なかったし、特に気にもしなかった。食堂で佐藤さんを見かけることはあったので、有休をとってるわけではないのか、と思ったぐらいだ。

 そして一週間がたった日、販売課はリニューアルオープンをしたのだが、その様子はさすがに職員全員をびっくりさせた。

 それまで地味なカウンターと外装しかなかった販売課だったが、佐藤さんはその部分を大幅改装し、高級ブティックのような外装にした。照明は間接照明を使い、それまでただの鼠色だった壁は、シックなベージュと黒色に変わった。

「銀河帝国地球支部 備品部 制服販売課(所)」と表示のあった無機質なデジタルディスプレイは取り払われ、代わりに大理石のようなものでできた看板に、金字で同じ文字が書かれていた。大理石の中央には金属彫刻での帝国のシンボルマークが掲げられており、佐藤さんの狙い通り、高級ブティックのような雰囲気をその一角だけが発していた。

 佐藤さんはこの改装を行うために、クリエイター達が集うことで有名な惑星イリム23から業者を呼び寄せていた。イリム23から来た彼らは、佐藤さん達の販売課の余りの装飾的価値のなさに、その緑色だったり、紫色だったりする体を震わせていた。そのせいもあってか、彼らは佐藤さんの要望以上の提案をどんどんと行い、それまでの販売課なんてなかったかのような改装を終了させたのだった。

「いや、満足満足。」

 高級スーツを着た佐藤さんがそう言った。

「高級ブティックだったらそんなにポンポンと服が売れなくても当たり前、買う側もなんとなくいい気分で買える…ってことなんですよね。」

 外装メンテナンスを行い、ぴかぴかと輝く体になったドルチェがそう言った。

「そうそう。これで売れてなくてもこっちは堂々としていられるしね。」

 佐藤さんがコーヒーを飲みながら言った。ドルチェはうなずいて、カウンターで正面を向いた。さすがに物珍しいのか、職員がわざわざ見に来ることもあり、中には写真を撮っている者もいた。自分の故郷の惑星に送るのかもしれない。

「これ、帝国の規則には引っかからないのですか?」

「一応総務には話を通してあるから大丈夫だよ。外装を変えることも販売促進の一つだから問題ないってさ。」

「あ、でもそうでもないかもしれないですよ…」

 とドルチェが視線を促した先を佐藤さんが見ると、メルマードさんがこちらに向かって歩いてきているところだった。

「ドルチェ、費用対効果の資料をいつでも空中表示できるようにしておいて。」

「畏まりました。」

 接客言語モードを「高級」にしてあるためか、いつもより行儀のいい返事をドルチェはした。

「おう、佐藤君。」

「いらっしゃいませ、メルマード様」

 佐藤さんはメルマードさんに対して一礼した。そこらへんも本格的なんだな、とメルマードさんは笑った。その顔を見て佐藤さんは、これは怒られることはなさそうだぞと内心で汗をぬぐった。

「しかし考えたなぁ。人が来ないから来るようにするんじゃなくて、人が来ないことを納得させるように環境を変えるなんて。」

「これで働いている側も心置きなく暇でいられますよ。」

 メルマードさんは新しくなったカウンターを見回した。

「値段は普通のままなんだな。」

「そこは値段を変えたら上層部から怒られますからね。」

「それなら一着、記念に買っていこうかな。湯布院の別荘に置いておくものが欲しかったんだ。」

「ありがとうございます。」

 佐藤さんはドルチェに目で合図をすると、メルマードさんのサイズに合わせた制服を一着用意させた。

「これでまた一年は売れなくてもいいんじゃないかな。」

「帝国内でのランキングもあがるし、言うことなしですね。」

 メルマードさんと佐藤さんはそこで、高級ブティックにふさわしいような和やかな笑いをした。


 このブティック型販売が帝国中に知れ渡り、他の惑星の支部でも、このような販売形態で制服を売るところが相次ぐことになった。

 皇帝の耳(正確には皇帝の側近の耳)に入ったため、この一年後に佐藤さんは帝国本部に呼ばれ、皇帝の表彰を受けることになるのだが、それはまた別の話である。

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