第4話

モヤモヤする気持ちがあったが、何となくズルズルと毎日を過ごしていたそんなある日だった。

またしても、度肝を抜く異常な爆音が静寂を切り裂いた。


「ドゴーーーーーン!!」


強烈な爆発音と土煙がそこにあった安静を一気に吹っ飛す。

何かが爆発したようなあまりの衝撃に、金太郎は悲鳴をあげて飛び起きた。


「ギャーーー!!」


今度は隣の壁をぶち破って御神輿を担いだ集団が流れ込んできたのだ。


「わっしょい!わっしょい!」


褌一丁の男たちは、すかさず金太郎を担ぐと神輿に乗せて室内を破壊しながら回りはじめた。


「ギャーーー!!」


思いっきり持ち上げられた神輿が何度も天井にぶつかる。


「わっしょい!わっしょい!」


男たちの体の熱量はどんどん増していった。

補助役のような男性が担いでいる男たちに向かって水をぶっかけていく。

金太郎は天井と神輿の間で押しつぶされないように、姿勢を低くして神輿にしがみついていた。

破壊の祭りは家電品から部屋中のもの全てに波及していく。

しまいには照明も壊され暗闇祭りに突入した。

金太郎はいつまで続くんだと思っていた次の瞬間、神輿の男たちは部屋の真ん中に立ち止まり一呼吸置くと「せーの」と言って神輿を天井に向かって放り投げた。


「うわーーー!!」


金太郎の体は神輿と一緒に天井から畳の上に叩き付けられた。

一瞬ふわりと浮いたフリーフォールのような感覚は、死を意識してしまうほどの衝撃だった。


「ドスン!」という音を残してやがて静寂が訪れた。

金太郎は体中の痛みと恐怖と戦いながら、闇の中に感じる人の気配に意識を集中していた。

今までならそそくさと出ていったのに、今回は複数の人の気配が残ったままだった。

やがて大家さんと思われる男性が闇の中語り始めた。


「どうです、お楽しみいただけましたか?我々は人々を楽しませるために集まった集団です。今回もご満足頂ける演目だったと自負しております。さて、我々は何故このような事をしているのか説明をさせていただきます」


一歩前に出た大家さんは金太郎を睨みつけると、ドスが利いた声で語り出した。


「お前はゴキブリのように生きれるのか?ドブネズミのように生き抜けるのか?この世はお前みたいな田舎者の小僧に容赦ない世界だ。ここ東京は尚の事厳しい。憧れだけで生きていけるほど甘くはない!目をキラキラするのはやめろ!人を簡単に信用するな!情報を鵜呑みにするな!まずは疑え!とことん疑って考えるんだ。自分で考える事ができないものは生きていけない。多数が絶対じゃない。テレビや新聞が正義じゃない。孤独に勝てない者は生きていられない。時に悪にもなれない者は東京では生きられない。悔いるな。恐れるな。変化を受け入れろ!噛みしめている暇など無い。一瞬で感じろ。明日はあると思うな。今が全てだ。今を生きられない者はここで生きる資格が無い!とっとと田舎に帰れ!」


畳みかけるような魂の言葉は金太郎の震える心をこじ開けていく。


「お前みたいな若者を腐るほどみてきた。都会に行けば何とかなる。夢は叶うかもしれない。希望に溢れた毎日が始まると、毎日のように田舎から若者がやってくる。果たして何人生き残った?病むこともなく、まともにこの街で生きている若者は何人だ?何でこうなる?都会は悪なのか?東京は悪魔の街なのか?何故流される?何故信念が無い?何しに来たんだ!目的も無いならさっさと帰ってくれ」


大家さんは涙を流しながら訴えた。


「もう見たくないんだ。夢破れ絶望の中見知らぬ土地で倒れていく姿を。逃れられない呪縛に苦しむ姿などもう見たくないんだ。何のための東京だ。何のための都会だ!若者が伸び伸び生きられない街など誰も望んでいない。でももう変えられない。この流れを止めることはできない。だから強い心を失わないで欲しいんだ。自分を信じ続ける信念を持ち続けて欲しいんだ」


大家さんは金太郎に手を差し伸べながら優しく言った。


「もし、それでもこの街で生きてみたいと思うのなら、我々は君に協力したい。我々の集団に属しながら、この都会で夢を追いかけて欲しい。我々は全力でサポートするよ。そしていつしか君のような迷える若者を救う側にまわって欲しい。さあ、一緒に生き抜いていこう」


金太郎は涙を流しながら大家さんの手をとった。

大家さんの熱い言葉にすっかり魅了され、この人こそ信頼できる存在だと信じて疑わなかった。

東京の父が見つかったよと心の中の両親に教えてあげた。


周りに居たものが拍手をして金太郎を迎え入れた。

あらたな信者が増えた喜びに溢れた。



数か月後スマイル不動産。


ガングロ兄ちゃんはネット媒体への物件登録作業を終えると、夜の蝶に話しかけた。


「ふう。そう言えばさ、あいつどうなったかな。大家さんから退去したって連絡きたけど」


夜の蝶はまるで鱗粉でも飛ばすように髪をかき上げた。


「ああ、北海道の子だっけ?何か一度電話きたけど、特に変わった感じもなかったけどね」


ガングロ兄ちゃんはピアスをいじりながらつぶやく。


「実家に帰ったのかな?まあ、また空いてくれてこっちは小遣い稼げるからいいんだけどね。あそこの大家さん広告料とは別に現金で10万円くれるから最高なんだよな。てか、何で1部屋しか募集しないんだろう」


夜の蝶は現金の部分に特別に反応する。


「え?10万円も貰ったの?私たしか5万だったけど。何で?あの大家さんそっち系なの?」


ガングロ兄ちゃんは余計な事言っちゃったと言い訳がましくなる。


「いや、なんか大家さん、たまたまパチンコか何かで勝ったとか言って、たまたまはずんでくれたような・・・。あっ!いらっしゃいませー!」


田舎者の草食動物が今日もオオカミの潜む森へと足を踏み入れていく。

どんなに優しく化けたつもりでも、ブンブン振っている尻尾は隠しきれやしないもんだ。



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事故物件 遠藤 @endoTomorrow

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