第3話

都会にもだいぶ慣れてきた、そんなある日のこと、金太郎は心地よい深い眠りについていた。

それは突然だった。

静寂を切り裂いて、爆音のほら貝がさく裂した。


「ブオオーーーーーーーー!!」


ほら貝の爆音で、金太郎は飛び起きた。

勝手に室内の電気が付けられ、複数の人間がもの凄い勢いでなだれ込んできた。


「・・・へ?」


呆然とする金太郎の布団の周りを複数の人間が、ドタドタと畳を踏みつけブツブツと何かを唱えながら回っている。

時々ほら貝が吹かれ闖入者の熱気が帯びてくる。

金太郎の思考は止まったままで、目の前で起きていることが全く持って理解ができなかった。

布団の周りをぐるぐると回る一団は、山伏のような出で立ちの者を先頭に白装束の恰好した複数人が続く。

何かを口々に唱えながら結構なスピードで回り続ける。

先頭の者が持つ、木の杖のような錫杖が、シャンシャンと打ち慣らしながら畳を何度も突き刺していく。


「・・・へ?」


寝ぼけ頭の金太郎は、いったい何が起きているのか、はたまた、ここはどこなのかさえわからなくなるほど混乱していた。

一団はやがてほら貝の合図とともに去っていった。


一団が去った部屋に残されたのは、今もって何が起きたのか理解ができていない金太郎と、穴だらけの畳、あれだけの事が起きたにも関わらず、まるでコンクリートの壁に囲まれているような静寂であった。


金太郎はあまりの出来事に、眠りたいけど眠れずに朝までぼんやりと過ごした。

やっと眠気に負けて眠ろうかとしている時に、ドアが勝手に開かれた。

また来た!と思い体がビクッとなった。

心臓の動悸が止まらず動けずにいた。

しかし、その人は一人で、大家さんに頼まれた内装業者さんとのことだった。

ホッとして肩をなでおろした。


(それにしても、ノックもせずに勝手に入ってくるって、そんな賃貸物件があるのだろうか?まあ、契約時の約束事でいつでも部屋に入ることはできると説明は受けたが・・・)


室内を一通り見渡して、畳を交換するということになった。

金太郎はこの業者さんなら昨日の出来事を知っているかもしれないと思い、試しに聞いてみることにした。


「あの、昨日部屋に入ってきた人達って、大家さんのお知り合いかなんかですかね?」


業者さんは笑顔を浮かべつつも、

「いやー自分わからないっすねえ。部屋の悪い所直すように言われて来ただけなんで」と素気なかった。


業者さんは、新しい畳を運んでくると素早く交換して帰って行った。

直接大家さんに聞くこともできたが勇気が出ず、何となく腑に落ちない中、とりあえず普段通りの生活をしたのだった。



しばらくは警戒していたが、すっかり油断していた、ある深夜のことだった。

今度は入口の扉を蹴飛ばして集団が流れ込んできた。

笛と太鼓で軽快なサンバのリズムの中、サンバ祭りのような出で立ちの集団が室内になだれ込んできた。


「うわーー!!」


金太郎は声をあげながら飛び起きた。

呆然とする金太郎の周りを、サンバ集団がリズムに合わせて踊りながら回る。

踊り子の背中に付いている羽根飾りが、金太郎の顔をバシバシ叩いていく。


「イタッ!いや、イタッ!、これなに、イタッ!」


今回は前回より意識が覚醒しており、ある程度は状況把握ができた。

先頭で踊る男性を見ると、あきらかに見たことがある人だった。

紛れもなく、ここの大家さんだった。

大家さんは白鳥のコスプレで笛を鳴らしながら真剣に踊っている。


(え?お、おおや・・・さん?)


サンバのリズムに合わせて腰を振りながら先頭を行く。

それに合わせ白鳥の頭も大きく左右に揺れ、金太郎の顔に何度も迫った。

踊り子たちは歓声をあげながら激しくサンバを踊る。

汗の香りと衣装からとれた羽がホコリと一緒に舞っていた。

室内の熱気が頂点に達すると、大家さんの笛を合図にサンバ集団は踊りながら出ていった。


またしてもとんでもない衝撃に襲われ頭の中は混乱していたが、今回は間違いない証拠を掴んでいた。


「あれは、間違いなく大家さんだった・・・」


あの物静かで、人の目線を避けているような気弱なあの大家さんが、全力で踊っていた。

軽快なサンバなリズムに合わせ白鳥の衣装を着て、頭部分をブンブン振り回すほど腰を振って踊っていた。

誰も、同一人物とは思わないだろう。

こんなことを他人に言っても信じてもらえないと思う。

ましてや普段の大家さんを見ている人なら尚更だろう。

金太郎も混乱していた。


(何の目的であんなことしてるの?)


その言葉ばかりが頭の中をグルグル回り続ける。

しばらくは布団の中で懊悩していたが、日が高くなるにつれ、考えててもしかたがないと、決心した金太郎は思い切って大家さんの玄関に向かいチャイムを鳴らした。


ピンポーンという音からほどなくして扉は静かに開いた。

大家さんだ。

金太郎はドキドキしながらも感情的にならないよう静かに尋ねた。


「あ、あの昨日の夜の事でちょっと聞きたくて来たのですが・・・」


そこまで聞いた大家さんは、突然驚いたように目をカッと見開いて金太郎を見ると、口から赤い液体を玄関に噴出した。


(グファッ!)


「ギャーーー!!」

いきなりの出来事に気付けば金太郎は悲鳴を上げていた。


大家さんは口を押えながら玄関にしゃがみこんだ。

目の前で起きたあまりの衝動に体が動けずにいたが、金太郎は自分を取り戻すと大家さんの側に寄り背中をさすりながら必死な思いで声を掛けた。


「だ、大丈夫ですが大家さん!」


大家さんは口から赤い液体を垂らしながら目を瞑っている。


「苦しいですか?すぐに救急車呼びますね」


すると大家さんはそれを制すように手を挙げて顔を上げるとゆっくりと語り出した。


「だ、大丈夫だ。ただ・・・ここまでのものとは思わなかった。甘く考え過ぎていたようだ。大人になれば何も怖いものなどないと思い込み、子供の頃超えられなかった壁に挑戦してみたけど、やっぱり駄目だった。私はまだ不完全な大人なのかもしれない。情けないがこれが真実なんだね」


金太郎は黙って聞いていたが、いったい大家さんは何の事を言っているのかさっぱりわからなかった。

戸惑う金太郎に大家さんは微笑を浮かべながら振り向いて指を刺した。

その指の先、奥の廊下にトマトジュースの缶が置かれていた。


(え?!)


トマトジュースの缶から大家さんに目線を移すと大家さんはゆっくりと頷きやがて語りはじめた。


「やっと超えられると思ったんだ。今日ならイケるって缶を開けて一気に口に含んでみたんだけど、どうしても喉を通らなくてね。そんことをしていたら、子供の頃に無理やり食べたトマトを思い出して急激に吐き気を催してしまって、これをどうしようか迷っている時に君がきてくれて。助かったと思ったよ。一人じゃどうすることもできなかったからね。ああ、君に見てもらえて本当によかった」


(・・・)

金太郎は何も言えなかった。


大家さんはトマトジュースまみれを気にすることなく金太郎に尋ねた。


「それで、今日はどうなされたのです?ああ、室内の破損は気にしなくていいですからね。こちらで全部元に戻しますから。それより今日は何だかとても気分がいい。そう、何でもできそうな気がする。そうだ!良かったらもう一つ付き合ってくれないかい?今ならクサヤを食べれそうな気がするんだ。うん絶対イケる。君となら超えられそうだ。七輪準備するからちょっと待っててくれないか?」


瞳孔が開きながら準備に取り掛かろうとする大家さんを金太郎は制した。


「あ、あの、大家さんちょっとごめんなさい!用事があるんで、もう行かなきゃいけないんですよ。すいません失礼します」


そう言うと金太郎は慌てて玄関から出た。

なんだか恐ろしいことになりそうな気がして、もうこれ以上とどまっていられなかった。

聞きたいことはやまほどあったが、これ以上関わるのは無理と判断し部屋に戻ることにした。



金太郎は部屋に戻ると、思い切って不動産屋に電話してみることにした。

この部屋での一連の出来事について聞いてみることにしたのだ。

本当はお店に行って夜の蝶に会いたかったけど、なんだか部屋から出るのが億劫になってしまった。

呼び出し音が鳴ってすぐに相手が出た。


「お電話ありがとうございます。スマイル不動産です」

金太郎は女性の声にドキドキした。


(ああこの声は夜の蝶だよ。絶対そうだよ。なんてツイているんだ。もう幸せ)


「あ、お久しぶりです、あの寿です。寿金太郎です」


「あ!寿さんお久しぶりです。お元気でしたか?」


「あ、はい、まあ、なんとか・・・」


「なかなかお会いできなくてとても寂しかったんですよ。お店近いのでいつでも遊びにきてくださいね」


「は、はあ・・・」


「東京には慣れましたか?」


「まあ、なんとか」


「そうだ!渋谷に美味しいスパゲッティ屋さんあるんですよ。今度一緒に行きません?」


「え?!あ、はい」


すっかり夜の蝶に魅了されしまい電話した本来の目的を見失ってしまった。


「それじゃあまたお会いできるの楽しみにしてますね。さようなら」


「さ、さようなら」


なんだかどうでもよくなってしまって、それよりも夜の蝶の声が聞けた方が重大で、金太郎は幸せな時間を噛みしめていた。

布団を抱きしめながら夜の蝶との妄想にふけっていると、突然扉が開いた。

ビクッと後ろにジャンプしそうな勢いで飛び起きた。

みると先日の内装屋さんだった。

固まっている金太郎を横目に室内を見て回る。


「チッ!また畳だけじゃん」


今、舌打ちをして悪態をついたような気がしたが気のせいだろうか?

金太郎は前に来た内装屋とは別の人物なのかと訝しんだ。


「んー今回も畳だけね」


そう言うとまたしても手早く交換して内装屋は帰っていった。

自分の見ている世界に違和感というものが少しずつ増えていた。


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