戦う!限界アイドル☆プリティバンビ!!
いいの すけこ
小鹿はバッファローを蹴散らす
きらきらの衣装で、めいっぱいステージを飛び回って。
いつだって輝く笑顔を振りまいて、涙は見せずに何度だって立ち上がる。
そこに声援の、ある限り。
私はそんなアイドルに、なりたかった。
「
古い雑居ビルの地下にある、小さな小さな舞台。
学校の文化祭で教室に急ごしらえしたステージといい勝負、その舞台袖で。私はパイプ椅子に座ったまま、頭上から降ってくるマネージャーの言葉をじっと受け止めていた。
「正直、歌もパフォーマンスも、鹿乃子ちゃんはこれ以上は伸びないと思う」
私を一番近くで見ていてくれた人の、非情で、でも冷静な言葉。
マネージャーの
「だからさ、ちょっと別の可能性、探ってみない?」
熊井さんは私と目線を合わせるようにして、声を低めて言う。
「いい話、あるんだよね。ちょっと過激だし、刺激的だし、最初は恥ずかしいかもしれないけど……どう?」
水着かな。グラビアとか。ちょっと際どいの。アダルトなあれやこれやだったら、どうしよう。
私は熊井さんの目を見ないまま頷いた。
選んだ
☆ ☆ ☆
「うらあああッ!!」
雄叫びとともに、喉元にとてつもない衝撃が加わった。息が詰まって、空咳を吐き出す間もない。一瞬意識と目の前が白く飛んだと思った次には、後ろからがっちりと羽交い締めにされた。
『ああーっとお! ここでバッファローギャルズ、猛牛ミギコ選手の華麗なラリアットが決まったあああー! すかさず闘牛サコ選手が、哀れな小鹿をホールド!』
雲ひとつない晴天。狭い地下ステージでは憧れだった野外ステージ。
私はそこに立ち――拘束されたり膝を折ったり倒れ伏したり――しながら、やかましいマイクパフォーマンスに脳を揺らされていた。いや、頭がぐわんぐわんするのは、鼓膜への刺激のせいではない。
強烈な攻撃を、もう何度も食らってるからだ。
「振り切れ! 鹿乃……プリティバンビ!」
ステージの下から、熊井さんが必死に呼びかける。
タオルを首からかけて、Tシャツ一枚の姿でステージを平手で叩いた。
『プリティバンビ、セコンドからの応援虚しく、もがくばかりか! 新人女子プロレスラー、プリティバンビ! 先輩レスラーからの強烈な洗礼だあああ!』
私は、アイドルに、なりたい。
そう言ったのに。
なんで今、女子プロレスのリングで戦ってるんだ!
「だらあッ!」
闘牛サコの羽交い締めから逃げられなかった私の頭に、猛牛ミギコの石頭が打ち付けられる。ヘッドバットをもろにお見舞いされた私の視界に、火花が散った。
「プリティバンビぃーッ!」
『セコンドの悲痛な叫び! 伝説のレスラー、ベアー
ベアー百合香て。
熊井百合香マネージャー、アンタ元女子プロレスラーだったんかい!
熊井さんの示した可能性とは、女子プロレスラーの道だった。
きらきらの衣装も着られるし、ステージ飛び回るし、みんなから大歓声も浴びちゃうよ?
そう、熊井さんは言った。
嘘ではない。
確かにきらきらのリングコスチュームを着られるけど!
私が着ているのは、スパンコールで輝くチューブトップとホットパンツ。緑の葉っぱを繋ぎ合わせたようなデザインだ。鹿の毛並みを再現した、フェイクファーの腰巻きを巻いている。
可愛いっちゃ可愛いけど、なんか違う。
それに衣装がセクシーだろうがパンクだろうが、ロリータ風だろうが制服アイドル風だろうが、みんな容赦なく戦うし。
バッファローギャルズは、胸に角のマークをプリントしたタンクトップに、蓑笠みたいにわさわさの毛皮を纏っていた。
フェイクじゃないでしょあれはガチ毛皮でしょ。絶対ギャルズが仕留めた獲物だよ狩猟民族の戦果だよ。体もデカいし超怖いよ!
ステージ飛び回るっていうか、逃げ回ってるし。
大歓声も、なんか圧強いし。
「もうやだああああああ」
闘牛サコが私の拘束を解いた。というかリング上に投げ捨てられた。振り回されるように離された体は半回転し、背中をマットに強かに打ち付ける。
「ピーピー喚くなこのバンビーノちゃんがよォ!!」
もうやだ泣きそう。
「みんなー、プリティバンビのお姉さんを応援しようねー!」
「ぷりてぃばんび
太い声に混じって、遠足に来たかわいいちびっこ達の声援が聞こえる。
牧場だもんな、ここ。
観光牧場にあるだだっ広い『なかよし広場』に特設されたリングだもんな。
何がなかよしじゃ。バチバチに火花散らしとるわ。
「なに腑抜けとんじゃゴルァ!」
猛牛ミギコの恫喝に体を起こそうとするも、背中が痛んで立ち上がれない。
このままテンカウント、とられちゃおうかな。
「……ん?」
諦めかけた私の背中に、かすかに振動が伝わってきた。
どどどどどどどどど。
振動は背中だけでなく、鼓膜まで震わせた。
「おっと、来たようだね」
ぶもおおおおおおおおおおおおお!!!!
えっ、ちょっと待ってなに今の鳴き声。
なんとか上半身を持ち上げる。
リングロープの向こうに、こちらに突進してくる牛の大群が見えた。
「アタイらの可愛い可愛い家族、この『まかいの母牧場』で飼育されているバッファローファミリー、バファ
「おぎゃああああああああああああ!!」
私の汚い絶叫に、バッファローギャルズはそろって高笑いする。
「お出口そばの『にこにこファームストア』で、バッファローファミリーのミルクから作ったモッツァレラチーズが限定発売中だよォォォ!!」
いやいらんからその情報!
バッファローの群れは興行団体用の控え室テントや、通路の導線に設置された簡易フェンスをぶち破る。実況席にまで突っ込んで、実況担当さんは間一髪逃げ出した。マイクセットを抱えたまま。プロだ。
「いやいやいやちょっと待って」
バッファローによる破壊行為を目の当たりにして、私は慌てて立ち上がろうとした。瞬間、足首をがっきと掴まれる。
「え、ちょ」
「おらああああああああッ!!」
体が持ち上がったと思った次には、ぶん回されていた。猛牛ミギコを軸に、私の体がプロペラの羽根のように旋回する。
『出たあああ! デンジャラスビーストクイーン・猛牛ミギコのジャイアントスイングだあ!』
実況とともに、私の体が宙を舞った。猛牛ミギコが手を離し、遠心力で体が吹っ飛んで行く。
私はリングロープを越え、場外に落下した。
「あ、やべ」
やべっつったな、猛牛さんよお。
大地を揺るがす地響きが近かった。
このままでは、バッファローの雪崩に巻き込まれてしまう。
(私、アイドルになりたかっただけなのに)
きらきらで、輝いていて。
そもそも私、なんでアイドル、目指したかったんだっけ。
「オ……、オラ! 何とか言えよゴラァ!」
なんだか子どもの頃を思い出すな。
人見知りで自分に自信がなくて、うまく喋れないし声も小さいし。
言いたいことあるならはっきり言えよ、なんてすごまれて。
本当はもっと堂々としたかった。
そんな風に、殻に閉じこもってた子ども時代。
お母さんに連れられて行ったショッピングモールでたまたま見た、駆け出しアイドルたちパフォーマンス。
みんな一生懸命歌って踊って、輝く笑顔を振りまいて。
胸を張って、堂々と。
わたし、ああいうアイドルになりたかった。
大勢の人の前でも立ち上がれる、強い人間に、なりたかった。
「え、大丈夫だよね喋れるよね意識あるよねゴラァとか言ってごめんね?」
顔を上げる。
リングの上から、心配そうな顔をしてこちらを覗き込んでいたバッファローギャルズの二人と目が合った。
瞬間、彼女たちは表情を変える。ヒールキャラに相応しい、逞しくも美しい笑顔。
「立てやこの弱虫バンビちゃんがよお!!」
どどどどど、全てを破壊するバッファローの蹄の音が聞こえる。
「お願い立って! 立って私の可愛い愛弟子プリティバンビ!!」
「ぷりてぃばんびー!」
「負けるなプリティバンビ!!」
「うおおおおおおおおバンビちゃああああああああんアイドル時代から愛してるううううううううう!!」
地響きに混じって、私を応援するたくさんの声が、して。
「だあらッしゃあああああああアアアアアアらああああああああオラァァァ!!」
腹の底から、叫びをあげる。
「だっれが弱虫じゃゴルアアアア!」
雄叫びとともに立ち上がった私は、迫り来る牛の群れに向かい合った。
「べーべーべーべー!!」
確か牛を制御する掛け声はこんなだったはず。
「べーべーべーべー!! べーべーべーべー!!」
牛たちは耳をぴこぴこさせたと思うと、一斉に体の向きを変えた。
どうやら私の気迫ある掛け声が効いたらしい。
……飼育員さんと牧羊犬が視界の端にちらついてるのは、見なかったことにしよう。ありがとうございます。
「私が相手するバッファローは、こっち」
助走をつけて、一気にリングへ駆け上がる。勢いのまま、リングロープを飛び越えた。
「来いやあ、プリティバンビ!!」
「今までの借り、きっちり返さしてもらうかんな!!」
わああああ、と歓声が轟いた。
『プリティバンビ、立ち上がったああ! プリティバンビ、大ふっかあああああつ!!』
そう。何度傷ついたって、倒れたって、私は何度だって立ち上がる。
だって。
「アイドルだもん」
傷だらけ痣だらけ、土にまみれた顔で、私はきらきらの笑顔を観客へと向けた。
「私は戦うアイドル、プリティバンビ!!」
大喝采を浴びる。
「どんな相手でも、蹴散らしてやんよ!!」
ずっと夢に見た舞台で。
私はこれからも、戦う道を選んだ。
戦う!限界アイドル☆プリティバンビ!! いいの すけこ @sukeko
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