【KAC20241】素敵な彼女

かごのぼっち

素敵な彼女

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。


 さっきから粘着質な汗が止め処なく流れて、心拍数も上がって心臓の音がうるさい。


 似ている。


 あまりに似過ぎている。


 黒くて艶のある長い髪。


 長い睫毛奥に見える大きな瞳。


 シンメトリーに顔を二分する小高い鼻。


 ぽってりとした唇の小さな隙間から覗く白い歯。


 華奢なのに微妙な起伏が浮き出た身体。


 一見、似過ぎていて大抵の人には見分けがつかないだろう。


 しかし僕はこの三分の間に見分けなければならない。

 

─この三人の中から僕の素敵な彼女を─


 僕はひつと息を呑み、慎重に三人を精査していく。


 顔はもちろんのこと、他の身体のパーツや服装などにも、十二分に留意しながら目を通していく。


 額に滲んだ汗が、やがて流れて眼鏡のテンプルに差し掛かり、もみあげを伝って頬から顎を通過し、そしてそのまま胸鎖乳突筋に沿って流れてゆき、Tシャツの襟元に染み込んでいく。


 脇汗も酷く、チェックのシャツにまで汗じみが出来ているくらいだ。


 しかし時間は待ってはくれない。


─あと一分。


 僕は一度目を綴じて、ふう〜っと深く息を吐いた。


─決めた。


 僕は三人の中から、たった一人の女性を選んだ。


─後悔はない。


 僕は自分にそう言い聞かせて、その場をあとにした。


 一歩、また一歩。


 僕は遠ざかる二人に想いを馳せた。


─うん、後悔はない。


 そう心に決めたのに、どうしても後ろ髪を惹かれてしまう。


 僕はなんて罪作りな男なのだろう。


 残された女性の気持ちなんて、ひとつも考えてはいないのだから。


 こんな優柔不断な男だからこんなに時間がかかってしまったのだ。


 ゴールまでは目前だ。


 ほら、あと一歩進めば彼女と結ばれることが出来る。


─あと三十秒。





「ごめん」





 一言。


 僕はその一言を彼女に告げて引き返した。


 やっぱり君ではない。


 あの子への未練がどうしても捨てきれないのだ。


 じっと後ろから僕を恨めしそうな顔で見られている、そんな気がするんだ。


 ごめん。


 そして。



「持たせたね、行こう!」



 そこからの僕には迷いはなかった。


 僕は迷わず、真っ直ぐにゴールへと向かった。






─ことり。






「お願いします」


「税込み一万七千円になります」


「カードで」


「かしこまりました」



 僕はやった。


 やりきった。


 もう後悔はない。



 限定フィギュア『モノラヴ「シロ」堕天使バージョン』



 閉店前の三分間、僕は三人の美少女に翻弄されていたのだ。

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