「死の商人」は「市の職員」

独立国家の作り方

第1話

 小磯市役所「すぐやる課」職員 仲本 弘なかもと ひろしには、三分以内にやらなければならないことがあった。

 

 それは、30分ほど前の事だった。

 市役所内に爆破予告の電話が入った。

 ここ最近、このようなイタズラ電話が多発していたため、市役所側も警察を呼ばず、市の職員だけで対応していた。

 ところが、それは発見されてしまうのである、、、、時限爆弾が。


 オーソドックスな、まるで映画やドラマに出てきそうな爆発物。

 束ねたダイナマイト3本の上に起爆装置が付いている。

 残り時間を示すであろうカウンターが付いていることから、それは間違いなく時限爆弾である。

 その時間は、僅か10分を切っていた。

 あまりの緊急事態に、誰がこの爆弾の処理を担当するかで、現場は騒然となったのである。

 無理もない、誰だって嫌だ、、、、爆弾の処理なんて。


 その時点で、既にカウンターは、残り8分を切っていた、、、、しかし、そこは「お役所仕事」、激しい論争はスパイラルに突入していたのである。



「爆弾なんだから、都市計画課で処理しろよ!」


「いや、それ、都市計画関係ないだろ!、なんで爆弾設置を計画的に都市整備に組み込む自治体があるだよ!、うちの業務、理解してる?、それこそ環境整備課で出来るだろ」


「出来るわけないでしょ!、環境整備課を何だと思っているんですか!、あれは爆弾、環境問題でもなければ整備対象ではありません!、逆に爆発物なんだから、消費生活課でなんとかしなさいよ」


「うちは!、処理とか処分ではありません!、消費!、まったく意味分からないんですけど!、障害福祉課はどうなんですか?」


「はぁ?、 何言っているんですか!、障害の意味が違い過ぎですよ、爆発物のことを「障害」なんて呼ぶのは自衛隊だけ!、流石に雑でしょ、その論理!」


 パニック状態とは、後で考えると醜いもので、このくだらないやりとりだけで、既にカウンターは6分を切りそうになっていた。


 そして、回り回った議論は、その1分後「すぐやる課」の非常勤職員に回ってくるのである。



第2話(第2話?)


「どうして僕なんですか?、そもそも僕は非常勤ですよ!、そんなの、常勤の誰かでやってくださいよ!」


 すると、都市整備課の後藤課長が、声を荒げてこう言った。


「おい、お前ん所の「すぐやる課」っていうのは口だけか?、一体何のためのすぐやる課なんだよ、今だよ!この時だよ!、こういう時のためにあるんじゃないのか?、すぐやる課は!、だいたい市民の皆様に申し訳ないと思わないのか?」


「いや、うちの課は爆弾処理のために作られていませんよ、そもそも、すぐやる課の職員、他にもいるじゃないですか、僕である理由は何ですか?」


「、、、、、仲本君、、画家になりたかったって、前に言ってたよな、、、」


「、、、はい?」


「いや、、だからさ、、凄いんだ、この爆弾のケーブル、、、、の、色使い」


「、、、はい?」


 もはや、この非常勤 仲本 弘は、お笑い芸人「やすこ」のように「はい?」を繰り返すだけの生き物と化していた。

 仲本は、仕方がなく爆発物を覗き込む。

 市役所の分電盤の下の、更に床下、身体を床下に潜り込ませなければ見えない空間に、それは存在した。


「、、、、ああ、確かに、これは凄いですね、、、、」


 仲本は思った、この爆発物、見覚えがある、と。

 そう、このすぐやる課、非常勤職員である仲本 弘の真の姿とは、武器の密売を生業なりわいとする「死の商人」である。

 元々は、芸術に造詣の深い彼であったが、家業の「死の商人」を、どうしても継いでくれと両親に懇願されると、芸術への道を諦め、非常勤として「市の職員」勤務の傍ら「死の商人」をしている、不憫な男であった。

 そして先週末、自身が売りさばいた爆弾の原材料、これを使用して作られたのが、目の前にある時限爆弾である。


 仲本は、それが確実に起爆する「本物」であることを認識している唯一の人物だろう。

 なにしろ、その威力まで掌握しているのだから。

 

 そして、仲本は思った、、、なんて美しい色使いの配線なんだろう、と。

 この爆弾を作った「6月の雄叫びおたけび」を名乗る悪の組織には、美術分野に精通している奴がいる、そう直感した。

 そして、色のセンスに非凡な才能を感じながら、組織の名前は中2病こじらせた感が否めず、興が削がれた仲本としては、腹立たしいくて仕方が無かった。


 こうして仲本は、止むを得ずこの爆弾解体をすることとなったのである。

 この時点で、残り時間は約3分。


「おい、仲本君、警察の爆発物処理班がこちらに向かっている、それまで頑張れ」


「課長、それではもう間に合いません、電話をスピーカーにして、切断するケーブルの種類をこちらに話してもらえるようにしてください」


 緊迫する現場。

 部署の違う課長と言えども、もはや従うしかない、この現場において、仲本の指示は的確である。

 そして、現場に急行する「すぐやる課」の課長


「仲本君、大変だと思うが頑張ってくれ、そして朗報だ!、大谷翔平が記録更新だ!、メジャー新記録だ!」


 ああ、この人は、こういう所があるよな、と仲本は思いながら、その朗報に思わず涙した。

 彼は今、狭い床下の爆弾と上向きで向かい合っている、そんな中で、大ファンの大谷翔平の偉業達成、、、、。

 温かい涙が、目から後頭部に向けて静かに流れた。


 そして彼は思う

「それ、今じゃなきゃ、ダメですか?」と。


 この課長、そんな空気読めないことばかり言っているから、「すぐやる課」なんて部署にいるんだよ。

 そもそも、何なんだ、「すぐやる課」って。

 一時期話題にはなったが、今や小磯市役所職員の、社会復帰に向けたリハビリセンターのような扱いになっている。

 要するに、使えない人間が集まる「何でも屋」だ。

 口にドライバーを咥え、両手にラジオペンチとニッパーを持った仲本にとって、この涙は、本当に迷惑極まりなかった。

 鼻水が呼吸を圧迫し、閉所作業のストレスを倍増させる。


『現場の職員の方、聞こえますか?、県警の爆発物処理班の伊藤です、今から私の指示に従って、一本づつ、慎重に配線を切って下さい』


 仲本は、ああ、これって映画とかで見たやつだ、と思い、ますます緊張した。

 しかし、この爆発物を販売した仲本本人であっても、時限爆弾の構造と配線は、これを作った「6月の雄叫び」メンバー本人でなければ解らない。


「いいですか、まず灰桜はいざくら色の配線を切断し、3秒以内に御召茶おめしちゃ色の線を切ります」


 仲本は驚いた、この配線の色を、和色名を使って的確に指示する。

 それは、この警察官が、美術に造詣が深い人物である事を意味する。

 命のやり取りをするこんな現場で、高度に芸術を愛する警察官がいる。

 そんな彼と共に爆弾を処理するという麗しき運命の悪戯に、仲本は少なからぬ感動を覚え、再びその涙腺は緩む。

 そして思うのである。


 「それ、今じゃなきゃ、ダメですか?」と。


『次に二藍ふたあい色の線、その後に京紫きょうむらさき色、これは絶対に順番を間違えないで」


 いや、二藍色も京紫色も、ほとんど同じ紫色だろ、と流石の仲本も感動を通り越し、怒りがこみ上げてくる。

 これが仲本でなければ、恐らくは理解すら出来ないだろう。

 それでも二つの紫色を何とか判別し、ようやく切断に成功した。

 その時だった、床下の頭の上を、何かがサッと通過してゆく気配がした。

 冗談ではない、こんな時に、、、ネズミか?、両手が塞がっているんだぞ。

 仲本は、首をなんとか上へ向け、その気配の正体を確認した、すると


「蛇?、、、、いや、、ツチノコ!」


 これは凄い発見だった。 

 人類が追い求めてきた幻の生命体「ツチノコ」

 それが今、仲本の目の前にいる。


 たしか、多額の懸賞金がかけられた、オカルト界のアイドル!

 そんなツチノコが、仲本に何かを求めるように見つめてくる。

 エサが欲しいのだろうか?、、、、

 そして仲本は思った、


 「それ、今じゃなきゃ、ダメですか?」と。


『次に一斤染いっこんぞめ色の線と、鶸萌黄ひわもえぎ色の線を、重ねて同時に切断してください』


 うるさい!っるっせい!

 いい加減にしろ!

 何なんだ鶸萌黄色って!

 大体、なんだよ、このタイミングでツチノコって。

 、、、ああ、もう、円らな瞳でこっちを見るな、意外と可愛い顔してんなこいつ!

 お前、生きてここを出られたら、絶対に可愛がってやるからな!、おぼえてろよ!。


「聞こえるか?、仲本君、大谷翔平が」


「うるせーよ!、後にしろって!、今じゃ無いだろ、その話は!」


 仲本は、、、遂にキレた。

 そんなキレた仲本を無視するように課長の大谷ニュースは続く。


「大谷翔平の打った打球の先に、UFOが映り込んで、全米が大騒ぎになってるぞ」



 ウグッ、、、アグッ、、、っ、、、

 「それ、今じゃなきゃ、ダメですか?」と。


「それとね、「科捜研の女」、最終回決まったってさ!、君、好きだったよな、沢口靖子」


 qw@0934qg @いjqぺ098r!、、!、!、! 靖子ーー!

 「それ、今じゃなきゃ、ダメですか?」と。


『ここまでよく頑張りましたね、最後に残った二本、これだけは作った本人でなければ解りません、だから、申し訳ない、貴方の判断に委ねます、、、、赤と青、どちらかを切断してください』


 あーーーー!、

 もう、

 これだけ途中まで繊細な色使いだったのに、

 なんだよ、最後の赤と青って!、雑なんだよ仕事が!

 あの中二病の奴ら!!

 6月の雄叫び!!!!!ーーーー!

 と仲本は思った。

 

 迷惑な話で、両手が塞がっていると言うのに、今度は悔しくて、再び涙腺が緩む。

 ドライバーを咥える口は、悔しさと怖さから、ドライバーの柄が噛み砕かれるほどにガタガタと震えた。

 もう、鼻水で鼻腔は完全に塞がり、咥えたドライバーの隙間からヒューヒュー音を立てて呼吸するので精一杯である。


 クソ!、もう市の職員も死の商人も辞めてやる、両親のしていたことの全てが正しいと思っていた自分がバカだった。 

 死の商人を継ぐことで、それが親孝行だと思っていた自分自身に腹が立つ。

 僕が売ったもので、こんな思いをする人がいるんだ。


 そうだ、全部辞めて、旅にでも出よう、

 無限の色彩を探しに、、、僕の求める美しさを探求する旅に。

 

 残り時間は、あと30秒ほどだった。

 迷っている時間はもはやない。

 それでも、仲本の手は、恐怖で震える。

 自身が、その爆発威力を理解しているだけに、それは本物の恐怖である。

 間違えれば、自分の身体は痕跡すら残らない、それどころか、一階に仕掛けられたこの規模の爆発物、市庁舎の崩壊すら起こり得る。


「仲本君、、、赤と青で悩むなら、私が上司として、一つ良い方法をアドバイスしよう」


 課長だった。

 早く逃げてほしい、そうすれば、もし爆発しても、被害者は自分一人で済むから、と。

 それでも、課長は続けた、、、

 どうやら仲本と一緒に、最後まで残る覚悟のようだった。


 、、、課長、あなたって人は、、、



「いいかい仲本君、エンジェルスが赤!、ドジャースが青!、君はどっちの大谷翔平が好き?、そうやって選びなさい!」



 834うqんv8 !!!! あーーーー!、もう、


「それ、今じゃなきゃ、ダメですか?」と

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