ル・カフェー・ギャルソン6 桃の話

つき

桃の話

今日のカフェは、えらく賑やかだ。客数は少ないのだが、珍しく親子連れが何組か来店している。


きっと、雛祭りにちなんだ白桃のタルトのせいだろう。可愛らしい女の子がチラホラ居た。


「あー!ママ、ズルい!ねぇ、若葉やだぁ。」

「じゃあ、紅葉にする?」

「うん。スプラローラーでも良い?」


そんな中、一組の親子が、イヤフォンを着けて銘々ビデオゲーム機を手に、会話している。このお洒落なカフェでは、あまり見ない光景だ。


まぁ、きょうは常連客もいないし、俺自身は、基本的に多様性に寛容な店でありたいと思っている。


「やったぁ!僅差でママに勝ったぁ」

「でも、二人とも塗りが少なすぎるわよ」

「草!」


ソファの上で体を揺らしながら、お母さんに勝負で勝ったらしい女の子が、興奮している。


俺は、その楽しそうな様子に水を差したくは無かったのだが、そろそろ、声掛けをすることにした。


「お客様。恐れ入りますが…」


『おい!ちょっと、静かにしてくれないか!』


俺を遮って、近くに座っていた若い男性客が先に、親子に注意をした。


一瞬、店内の空気が張り詰める。


俺は急いで、二組の客にそれぞれ対応し、店内は何とか元の穏やかな空気を取り戻した。


はぁ、それにしても、若い客が注意をしてくるなんて珍しいな。

大抵の場合、他の客に文句を言うのは決まって中年男性なのだ。


俺は、その若い客に注目した。


彼は珈琲を飲みながら、ブツブツと小声で呟きながらPCに向かってタイプしている。


何だ、自分も喋っているじゃないか。

俺は別の新しい客に対応しながら、彼を観察し続けた。


彼の注文した白桃のタルトは、半分程食べて放置されている。


その後、彼はタルトを残したままニ時間程も滞在しただろうか、店を後にした。


翌日も又、桃のタルトを残した彼はやって来た。

この店が気に入ったのか。

同僚がオーダーを取りに行く。


どうか、何事も起こりませんように…。俺はヒヤヒヤしながら、珈琲をすする彼の様子を、横目で気に掛けていた。


午後のティータイムということもあり、席は大体埋まっていた。今日の客は高齢のご婦人方が多かった。


常連さんは空いている静かな時間を狙って来店する。


いつもの事だが、新規の客のお喋りは止まらない。俺は嫌な予感がした、その時。


『うるさいな!もう少し静かに喋ってくれ!』


桃の彼は、昨日と同じ様に声を荒げた。


俺は急いで、先に彼へ謝罪に行き、それからご婦人方に詫びを入れた。


はぁ…。又か。


正直、この店は、こんな事は滅多に無いのだ。


ル・カフェー・ギャルソンは、きらびやかなフルーツタルトや美味しい珈琲も特徴だが、上品で雰囲気が良いのが、何よりのセールスポイントである。


少々賑やかな子連れは、ギリギリ歓迎だ。しかし平和を乱すような客は、一番の迷惑なのだ。


そして俺も同僚達も、本当に厄介だと気付いたのは、桃の彼が、三日連続で来店した後だった。


俺は俄然、彼に興味が湧いた。

早速、オーダーを取りながら、


「いつも有難うございます。本日のケーキは、桃でよろしかったでしょうか。」


と、一日目に彼が残した白桃のタルトを、わざと勧めてみた。


彼は、ちょっと片眉を上げ、


『あぁ、あれは美味しかったなぁ。覚えててくれたんですね。お願いします。』

と笑顔で丁寧に答えた。


おや?思っていたより、紳士的ではないか。


俺と同年代に見える彼は、にこやかに、ここは珈琲も美味い、と絶賛した。


俺は、この桃の男は、悪い人間では無い、と直感し、猫撫で声で尋ねてみた。


「先日は、ご不快な思いをされまして、申し訳ございませんでした。何か、大事なお仕事をされていたのでしょうか?」


すると

『仕事じゃないんです。娘のひな祭りに送る手紙を考えていて…。滅多に会えないんですけどね。』

と答えた。


子供がいるのか!


俺は若く見える彼にびっくりしたが、平静を保ち、ケーキと珈琲をサーブする時に、彼の話の続きを聞いた。


娘とは三歳で別れ、妻が引き取って育てている。娘と面会出来るのは、毎年、桃の節句の日だけ。


先日は、面会時に渡す手紙の文面が上手く思い付かなくて、焦っていた、との事だった。


楽しそうな親子が、娘に重なって見えて、羨ましかった、と。


彼も、成長した娘とカフェでケーキを食べたり、スプラトゥーンでチームを組んで戦ってみたかった、と。


『でも娘は、もう…。』


彼の笑顔は次第に消えていき、悲痛な悲しみに暮れているようだった。


「それで、お嬢さんへのお手紙は、出来上がったのですか?」


俺の問い掛けに、彼は


『…もう、読んではもらえないんです。どうせ今更、何を書いても無駄なんだ。


それでも、自分の気持ちを伝えたい。娘が生まれた時は、本当に嬉しかったんだ。


幸せにしたい、と初節句で誓ったんだ。もし娘が、まだ生きていれば…。』


そこまで言うと、彼は、瞼を深くつむり、黙り込んでしまった。


「そうだったのですね。それでは、ごゆっくりどうぞ。」


俺は、娘さんの真実は分からないが、彼の苦悩を察して、余計な事は言うまい、と席を離れた。


彼にとって、桃のケーキは特別な記憶を持つのだろう。


俺は未だ、親になった人の気持ちは理解できない。ましてや子を亡くした人の気持ちなど、到底分かる訳が無い。


ただ、この店で、人間関係であの時こうしていれば良かった、と言う様な後悔を、沢山の客から垣間見せてもらっている。


そんな俺は、ラッキーかもしれない。


そうだ、俺の愛しい、に今日もとびっきりの愛を込めて、メールを送らねば。


俺は付き合い始めたばかりの彼女との、未だ見ぬ未来を想像した。


いつの日か、雛飾りのように豪華な結婚式を開いてあげるんだ!彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶ。お調子者の俺は沈んだ気持ちが、急浮上した。


人生は、きっと懺悔の連続なのだろう。


そんなひとときにも、優しく寄り添うケーキや珈琲を、これからも提供していけたらいいな、と思った出来後であった。


fin
































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ル・カフェー・ギャルソン6 桃の話 つき @tsuki1207

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