真っ赤なザクロ

黒石廉

真っ赤なザクロ

 「おいおい、マサ、顔だと目立っちゃうだろ?」

 今日は口の中に鉄の味が広がる。

 「便器に顔突っ込ませてションベンかけたてめぇがいえたことかよ。何度、しても臭くて目立ちまくりだっただろ」

 昨日はアンモニア臭が口の中に広がった。

 どちらがマシなのかはわからない。

 クズは大きな音を立てて鼻をかむと、鼻水まみれであろうちり紙を僕の頭に落とした。

 「おい、やめろよ、きたねぇな。俺の手についたらどうすんだよ」

 もう一人のクズは笑いながら言うと、僕の頭を掴むと個室の便器に頭を突っ込んだ。

 「お洗濯!」の声とともに水流が僕の顔を揉む。

 この地獄に助けは来ない。

 「お前ら、ふざけてんなよ! これから、全校集会だぞ!」

 トイレの外から学年主任の声がする。

 事なかれ主義の男、僕を助けるだけの力をもっているだろうに、何もしてくれない。

 (大いなる力には、大いなる責任が伴う)

 僕は念じながら耐える。

 クズたちが出ていったあとに、のろのろと廊下に出る。

 明らかに異様な僕の風体は、誰の目にも映らないらしい。

 それなのに、僕はここから逃れることができない。

 どれだけ、あいつらに都合の良い世界なのか。


 ◆◆◆


 のろのろと体育館に入っていくと、入口近くでたむろしていたあいつらが寄ってくる。

 「おい、一緒にお話聞こうぜ」

 抵抗する気力なんてない僕はそのままクズどもと座る。

 近くに三角座りをしている女の子がいた。

 「ブタゴブ、ほら、あそこ、パンツ見えそうだから、しゃがんでのぞけよ」

 クズが僕の顔を踏みつけてる。

 ブタみたいで、グリーンゴブリンのグッズをもっていたから、ブタゴブリン。

 それが僕のあだ名だ。

 僕の視線の先の女の子はスカートをひっぱると、僕を睨みつけてから、顔をそむけた。

 「おい! お前! ふざけてんじゃない!」

 担任の粕田、通称カスが僕だけを注意する。

 (大いなる力には、大いなる責任が伴う)

 カスはカスだから、びくびくおどおどしている。

 責任を果たす気がないなら、やめたらいいのに。

 

 壇上では責任を果たす気のない校長が話を始めている。

 先日のいじめ自殺事件について。もちろん誰も聞いていない。

 クズたちは僕の頭にゴミを投げつけたり、背中を蹴ったりしてくる。

 誰もこちらを見ようとしない。

 あの子のことだって、こいつらをはじめとしたクズどものせいなのに。

 壇上から僕のことだって見えるはずなのに、校長は目をそらし続ける。

 校長の話なんていうのは、もともとつまらないものだけど、あいつはつまらないだけでなく、邪悪ですらある。

 ほら、眼の前で僕がいじめられてるんだ。

 助けてくれよ。誰でもいいから助けてくれよ。

 

 ◆◆◆

 

 助けは突然訪れた。

 「全員動くな!」

 突然、乱入してきた覆面集団の一人が叫ぶ。

 ざわめきは天井に向けて放たれた威嚇射撃で悲鳴に姿を変え、壇上の校長が「あー」とか「うー」とか言いながら血まみれ穴だらけになったところで静寂となる。ミンチになった校長が四方八方に飛び散ったあたりでは、すすり泣きだけだけが聞こえるようになった。

 「抵抗したり、逃げ出そうとするとこうなる」

 覆面のせいか、くぐもった声なのに、心底愉快そうであることだけは伝わってきた。

 

 近くにいた女の子がすすり泣きながらつぶやく。

 「どうして? なんのために?」

 問いかけではなかっただろうに、彼女の声は覆面に届いてしまった。

 覆面の一人は、近づくと、彼女のむき出しの太ももを拳銃で撃ち抜いた。

 乾いた音、沈黙、そして絶叫。

 絶叫につられて悲鳴をあげた隣の男の額に別の覆面が投げたナイフが刺さった。

 「ちょうどよ、額にでっかいほくろがあったからよ、つい狙っちまったわ」

 ナイフを投げた覆面が腹をおさえながら、ひーひーと声を出す。

 「はい、みなさーん! そこで大人しくしてましょうねぇ。騒ぐと痛い目にあったり、身体からナイフや銃弾が生えてきちゃうぞぉ!」

 

 (大いなる力には、大いなる責任が伴う)

 本当にそうなのだろうか。

 皆、好き勝手に暴力を振るっているだけではないか。

 僕はただただ息をひそめる。

 息をひそめ、耐え抜くのは得意だ。

 それなのに、後ろのクズがわんわんと泣き出しやがった。

 弱いものに対しては、とことん強気で悪ぶっていたやつが無様に泣くのは、通常ならば愉快だったかもしれない。

 でも、躊躇なく人を殺す覆面たちが近くにいるときに、クズの無様な泣きざまは迷惑でしかない。

 一人が無言で近づいてくると、「立ち上りぃ」と小さな声でいう。

 「おまえら、なんなんだよ。わけわかんねぇよ」

 イヤイヤするように顔をそむけたクズの鼻から青っ鼻が飛んだ。

 ああ……鼻水が覆面の洋服についた。目を閉じて下を向いていれば良いのに、僕は目を離すことができない。

 「君、あれか? 鼻炎?」

 覆面はポケットからちり紙を取り出すと丁寧に鼻水をふきとると、無造作にナイフをクズの顔に当てる。

 ぼとりと僕の膝に何かが落ちる。

 鼻、小鼻にピアスを光らせていきがるクズの鼻。

 絶叫。大量の血と涙。

 「ああ、ごめんごめん。この季節だもんな、花粉症ってやつだよな」

 上に視線を戻すとクズがそのまま倒れてくるところだった。

 僕の顔にあたった丸いどこかべちゃりとしたそれが何かは、確かめるまでもなかった。

 いつもは僕の頭の上に小便をまきちらすクズが、べたべたとした血で僕の髪を濡らす。

 空白の眼窩、覆い隠すものの亡くなった鼻腔を震わせ、全身をエビのようにびくつかせながら、クズがのたうちまわる。

 「マサっ!」

 反射的に名前を呼んだクズの片割れの脳天からナイフが生えた。

 「君ら、あれか? 仲良し三人組ってやつだな? 一人仲間はずれはかわいそうだよなぁ」

 僕の周囲から他の生徒たちが這うようにして距離をとっていくのがわかる。

 覆面の視線の先にいるのは僕だ。彼らは助けなんかではなかったのだ。

 仲良くなんてないのに、あいつらにいじめられ続けていただけなのに、どうして、僕がこんな目に遭うのだ。

 「ぼ、ぼっぼっ、いじめられ、ぼっぼっいじめたすけて」

 「なんだ、鳩の鳴き真似はこうだぜ」

 ポッポッポー、覆面は狂ったように叫ぶと、げらげらと笑う。

 死ね、くそ、死ね死ね死ね。

 僕をバカにして僕に暴力を振るうがいい。

 慣れてんだよ、僕は。

 死ね死ね死ね爆発しろよ。

 「なんだい? その反抗的な目……」

 途中で覆面はことばをとめて、顔をかきむしった。

 やつは匿名で暴力を振るう権利を保証するものをむしり取る。その下にあった顔はどこか不自然に赤くなっていた。

 ああ、そのまま死んじゃえ。僕は良く熟したザクロがはじけるところを想像する。

 赤い顔はザクロのようにはぜる。

 中身がぷちぷちと弾けていく。


 どうして、こうなったのかはわからない。 

 だけど、自分の力であること、どのようにすれば発動するのかということはしっかりと理解できた。


 (大いなる力には、大いなる責任が伴う)


 僕は覆面たちを視界におさめると、きれいなきれいな赤いザクロをイメージした。


 「はじけろ」

 ああ、とても気持ちが良い。

 クズどもの気持ちも、覆面たちの気持ちも少しだけわかった気がした。


 ◆◆◆


 ヒーローとなった僕は、足を撃ち抜かれた少女に手を差し伸べる。

 僕が救ってやらねばならない。

 僕のMJ。


 なのに、彼女は僕に向かって叫ぶのだ。

 人殺し、人殺しと叫ぶのだ。


 左の頬がひきつっているのがわかる。

 嫌なことがあったときに起こる僕の癖。

 目をつけられる原因となった僕の癖。

 でも、今は僕に難癖をつけられるやつなんていない。


 (大いなる力には、大いなる責任が伴う)


 くそくらえだ。

 クズどもの気持ちが痛いほどわかる。

 覆面たちの気持ちが痛いほどわかる。


 生徒も教師も、男も女も。

 なるべくたくさん視界にいれる。

 真っ赤なザクロ。きれいなザクロ。はじけるザクロ。


 どす黒く塗装された体育館の扉を開ける。

 何台ものパトカー。たくさんの銃。


 僕は彼らを視界におさめる。

 真っ赤なザクロ。きれいなザクロ。はじけるザクロ。

 僕の身体もゆれる。

 すぐに僕もザクロの仲間入りだ。

 

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