私がそのソシャゲを辞めた理由
kayako
6割ほど実話です。
私には三分以内にやらなければならないことがあった。
それは――
毎日欠かさずプレイしているソシャゲの、デイリーミッション――
つまり、ソシャゲ内で今日中にやれば報酬がもらえる作業である。
毎日夜中の0時に更新されるので、それまでにゲームにログインし、3種類あるガチャを1回ずつ、バトルを5回こなさなければいけない。
これまでほぼ毎日やっていたのに、今日は忙しくて忘れていた。
結果が今、23時57分。デイリーミッションの画面には「残り3分」の文字が赤く光っている……
いや。これに関してはどうか、大いに弁解させてほしい。
まず、午前0時にデイリー更新って。正直この運営、クソ忙しい社会人の生活サイクルを無視してないだろうか。
こっちは19時に仕事終わって1時間近くも満員電車に揺られて買い物までして、帰ってきたらもう21時を過ぎている。
ぐったりしながら夕飯作って後片付けしてお風呂入って洗濯して、その後少しでもゆっくりしようと思ったらもう23時過ぎ。
疲れているから1分ぐらい休もう……と思ったら速攻で10分20分が過ぎていく。そんな日常の理不尽の中で――
私は少ない自由時間を作ってソシャゲをやっていた。少しでも癒しを求めて。
だから、気がつくとログインを忘れることもザラ。
あれ、今日ログインしたっけ?と思いながら23時すぎに画面を開くと、実はまだログインしてなかったなんてこともしょっちゅう。
そんな時は大体、残り時間20分とか30分とかで大慌てでデイリーミッションをこなすことに……
そして。
そういうギリギリの時間になってから、「いや、今日はもう0時ちょっと過ぎにログインしたはずだよな? ミッションやったはずだよな?」と思って念のためにログインしてみたら――
最新ガチャの可愛らしいキャラクターが満面の笑顔でこっちに手を振りながら、光り輝く演出と共に『おめでとう! 本日のログインボーナスだよっ♪』
とやられた瞬間の絶望感たるや、正直筆舌に尽くしがたいものがある。
(分かりやすく説明すると、この画面は『今日初めてログインしました』の証明。
つまり『今日貴方はこのゲームで何もしてません』の証でもある)
その前にやっていたソシャゲにもデイリーミッションはあったけど、そのゲームは午前4時更新だった。
だからなのか、その日のログインもミッションも忘れたことがない。デイリーミッションの残り時間を気にした記憶もない。
そのソシャゲをプレイしていた時間は、おおよそ23時から午前1時の間ぐらい。23時過ぎにならないとまともに自由時間が取れない社会人なら、当たり前。
残念ながらそのソシャゲはサービス終了してしまい、それ以降は今のソシャゲをプレイし始めたわけだけど――
0時のデイリーミッション更新に、私は未だに慣れずにいた。
だから今みたいに、ログインしたら残り時間3分でした♪なんてことも起こりうる。
3分でガチャを合計3回、バトルを5回やれだぁ? 無理だろ。
『残り3分』の文字を睨みながら、私はげんなりとため息をついてしまった。
――そう。無理だ。
正直、このソシャゲは面白くない。
最初は、イケメンの推しキャラがいるという理由で始めた。
推しが欲しくて課金したこともあった。
だけどゲーム内容自体がつまらなければ、どんなに推しがいたところで、不満の方がつのる。
それに、新しく追加されるキャラはどんどん強さがインフレしていくし、それに伴って出てくる敵もそこそこ強くなり、推しの出番はどんどんなくなっていく。
だけど毎回、一定以上に強いキャラをほぼ一定の行動順にセットして、あとはバトルボタンをポチれば終わる。
そんなゲーム内容だから、頭もそこまで使わない。
ただし私の推しキャラの強さはその「一定」以下だから、ほぼ出番が来ない。
そして推しを一定以上に成長させられるシステムも、ろくに存在しない。
強いキャラは期間限定の有償ガチャでしか引けず、その上強いキャラは巨乳で露出度高くて可愛い女性キャラばかり。イケメンは殆ど出番がない。
そういうキャラを押し出さないと運営が苦しいというのは、頭では分かっているつもりだけど――
推しがほぼ使えない上、ゲーム自体がつまらない。
その上にこの、デイリーミッションによりほぼ毎日、微妙に積み重なっていくストレス。
23時過ぎにログインした瞬間の『おめでとう! 今日のログインボーナスだよっ♪』
を見た時のため息と絶望感は、気が付けばとてつもなく重くなっていた。
こういう事態を回避する為に、敢えて0時過ぎに毎回ログインしてみようと思ったこともある。
だけど忙しい日常の中、そんなことはすぐに忘れてしまう。そもそも、ソシャゲのログインを毎日何時にするかなんて、普通は考えないじゃない?
気が付けば何故かいつも、23時過ぎにログインしては『おめでとう! 今日の(ry』を見てしまう。
あと、このソシャゲはPC限定だから、スマホではプレイできない。
だから満員電車の中でやるのは不可能。というか私、未だに満員電車の中でスマホとかろくに操作出来ないし。
――そんなこんながあって、ついに今日。
私は『残り3分』の事態に瀕してしまった。
というか考え込んでいる間にもう、『残り2分』。
――無理。
もう、無理。
このソシャゲをやってて何度となくよぎった言葉が、今、嵐の如く胸にこだまする。
そして心のどこかで、何かがポキッと折れる音。
今までももしかしたら、デイリーミッションを完全に忘れたまま0時を過ぎたことはあったかも知れない。
だけど、ミッションをこなそうという意思がありながら、達成できずに0時を迎えたことはない。つまり、自分が意図的にデイリーミッションを見過ごしたことはないのだ。
でも――
このままじゃ、相当急いだとしても、無理。
そんな私の心に呼びかける、悪魔の囁き。
――もう、いいじゃない。
何でこのデイリーミッション、やる必要があるの?
分かっている。
デイリーミッションを全部こなす必要なんか、決してない。
別に命を握られているわけでも何でもない。
ただ、その日に入手できる、ごくわずかなゲーム内通貨がもらえなくなるだけ。
だけど私にとっては、毎日の習慣のひとつ。
そのミッションをこなすことが、何となく習慣となってしまっていた。
いや。習慣というよりは、最早惰性。
強迫観念に近い惰性で続けている、何か。
このソシャゲに関しては、ありとあらゆる不満が募っていた。
推しキャラを強くできるシステムがほぼ皆無な上、何年経過してもイベントもバトルも何も変わり映えしないものばかり。
有償ガチャや有償アイテムばかりが増え、ミッションをこなせば無償でもらえるゲーム内通貨はどんどん使い道がなくなり。
なのにデイリーミッションばかりでなく、ウィークリーミッションやらマンスリーミッションやらがやたらと増えていく。
中には1か月に1500回バトルしろ、などというマンスリーミッションまであった。
1日50回はバトルしろってこと? こちとらそこまでヒマ人じゃないよ。
それでも私は、このソシャゲを続けていた。
理由は――何年もここまで続けてきたから、という理由以外はほぼない。
今までの人生でろくに何も成し遂げられていない私が、唯一続けられているもの。
それが、このソシャゲだった。
――でも、もう無理だ。
『残り2分』がやがて『残り1分』となり。
私は放心したかのように何もせず、じっと画面を眺めていた。
多分このミッションを放り出したら、私の性格的に、しばらくはこのソシャゲにログインすらしなくなるだろう。
あるいは、二度とログインしなくなるかも知れない。
それほどこのソシャゲは私の日常生活にとっての邪魔者でありストレスであり、不満の塊であった。
それでも、続けていた。
ここでやめたら、自分がダメになる。そんな気がして。
――だけど、もういい。
もうたくさんだ。
継続は力なりと言うけれど、続けることに意味がないものだって、世の中にはある。
自分がダメになる? 構うもんか、最初から私は、何もなしえたことのないダメ人間だ。
そして、遂に0時。
画面が自動的に切り替わり、新たなログインボーナス画面となった。
そこでは3分前に見たばかりの新規ガチャキャラが、相変わらずの笑顔で
『おめでとう! 今日の(ry』とか言ってきたが――
私は黙って、その画面ごとウィンドウを閉じた。
それ以降、私は全くログインしていない。
おかげさまで、以前よりは少し時間的に余裕がある日常を送れている気がする。
何と言っても、日付が変わる前に『残り〇分』と急きたてられることがないのはありがたい。
積もり積もった不満というものは、些細なきっかけで暴発することがよくある。
今にも水が溢れかえりそうなコップが、ほんの少し揺らしただけで一気に零れてしまうように。
空気をパンパンに張った風船が、棘のある小さな葉を少し近づけただけで割れてしまうように。
私とこのソシャゲの場合、あの『残り3分』が決定打だったと言えよう。
Fin
私がそのソシャゲを辞めた理由 kayako @kayako001
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