転生したら真っ赤な小型珍獣だったので次の輪廻では人に生まれ変わりたく存じます

隠井 迅

転生したら怪獣だった件

「オデには三分以内にやらなければならないことがあったピグ」

 そう独り言ちながら、その小さき体の珍獣は、岩陰から岩陰へと小走りに移動していた。


               *


 かつて人間であった小型怪獣の意識が明瞭になった時、水面に映っていたのは、明らかに人のそれとは違う灰色の両手と、全身を覆う真っ赤なトゲトゲの体毛であった。

 そして、瞬時にして悟った。

 生まれ変わり、〈リンネテンセイ〉って本当にあったんだ、と。


 人だった頃に、信心深い母親に繰り返しこう言われてきた事を彼は思い出していた。


「生き物はね、死んだ時、何度も生まれ変わりを繰り返してゆくのよ。それを〈リンネ(輪廻)〉って言うの。そして、死んだ後、魂は別の身体に宿って生まれ変わり、新しい人生を始めるの。それが〈テンセイ(転生)〉で、〈テンショー〉ていう場合もあるけれど」

「それなら、死ぬ事だって、そんなに怖がる必要はないね」

「そうね。でもね」

「でも?」

「魂の次の宿り先が、必ずしも〈人〉であるとは限らないのよ」

「つまり、ヒトに生まれ変われる分けではないって事?」

「その通りよ。輪廻転生って、生まれ変わりながら六つの世界を何度も行き来する事なんだけれど、その六つを〈りくどう(六道)〉、あるいは、〈ろくどう〉って言うの」

「その六つって?」

「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つよ」

「? 分かんないよ」

「ちょっと難しかったかな? 例えばね、『畜生』って動物の事よ」

「犬さんや猫さん? それならば、可愛いし、『チクショー』になるのもアリかな?」

「でもね、畜生、動物に転生する場合、鶏や豚や牛になる事もあるのよ」

「えぇぇぇ~~~。それじゃ、人間に食べられちゃうよ。じゃあ、『シュラ』って何?」

「そうね。簡単に言うと、〈鬼〉の事かな」

「頭に角とか生えているヤツだよね。ちょっとカッコイイかも」

「でもね、修羅の世界に生きる者は、欲望を抑える事ができなくて、常に怒り苦しみ、絶えず闘い続ける定めなの」

「うわっ、僕、他人と争うの苦手だな。オニになったらすぐに死んじゃいそう」

「だからね。私たちは正しく生きなくちゃいけないのよ。たとえ、その場に他の人がいなくて、誰が見ていなくても、仏様はきっと見ているのですから」


 そして、ある日突然、巨大怪獣が日本に出現した時、少年は、怪獣と光の巨人の闘いによって倒壊したビルの下敷きになり、気が付くや、真っ赤な体毛の小型怪獣に転生していた次第なのである。


「オデ、お母ちゃんが言っていたようにテンセーしちゃったみたいだけど、今のオデって、怪獣なんだけど、これって、〈チクショー〉なのかな、それとも〈シュラ〉なのかな?」

 怪獣へと生まれ変わった自分の姿を見て、かつて人間であった珍獣は、しばし悩んだ。

 その時である。支配者たる怪獣の長からの指令が脳に直接届いてきた。


「ワレは、地上の支配を目論む怪獣酋長であぁぁぁる。その先兵として、汝らを再生させた。

 これまでの数多の怪獣と巨人との戦闘を分析した結果、地上を守護する光の巨人の活動可能時間が〈三分〉だと判明した。

 ゆえに、ワレ、汝らに命ず。

 光の巨人が現れたら、とにかく三分近く粘るのだ。しかる後に、ワレが出現すれば、容易く地上を支配できよう。それが〈戦術〉というものジェロ」


「これは、どげんかして、シューチョーの目論見を人間に知らせなきゃいかんピグ」

 小型珍獣たる彼自身には自覚はなかったのだが、彼は、〈修羅〉と〈人間〉の中間的存在に転生していた。だから、外見は怪獣でありながら、知能は人間のそれで、かつ、シャーマンである怪獣酋長によって、魂の浄化が為される前に、強引に転生させられた為、前世の記憶が保持されていた。


 かくして、南海の孤島から東京に移動した小型珍獣は、怪獣酋長の計画を、人間側の警備隊に伝える事に成功できたのである。


               *


 やがて——

 怪獣酋長の計画通り、再生した六十匹の怪獣による総攻撃が始まった。人間側の警備隊は、その猛攻撃を抑えきれず、このままの流れでは、光の巨人が出現するのは時間の問題であった。


「いかんピグ」


 その真っ赤な珍獣が、再生した南海の無人島から東京までの移動の際に、船や列車を使っても人間側に気付かれなかったのは、ピグモンが転生の際に、〈幻惑〉の能力を手に入れ、自身を人間の子供の姿に見せていたからである。


 そして、再生ピグモンは、幻惑の能力を使って、光の巨人の幻を出現させたのであった。

「三分。あと三分だけ騙す事ができれば、勝ちを確信して現れるイキったシューチョーを本物の光の巨人が倒してくれるにちがいないピグ」


 その時である。

 怪獣に襲われ、危機に瀕している警備隊員の姿が、ピグモンの視界の片隅に入ってきた。

「あ、危ないィデェ~~~!」


 真っ赤な珍獣は、三分経たないうちに幻視の能力を解除させる事になってしまったのだが、友好を結んでいた隊員の一人に体当たりをし、彼を跳ね飛ばした。だが同時に、彗星怪獣の大きな手と、勝ちを確認した怪獣酋長が出現するのが見えた。


「計算どぉぉぉりピグ。イデも助かったし、これで地上は救われるピグ。

 オデ、いい事したし、次は、人に……転生できる…………かな………………」

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転生したら真っ赤な小型珍獣だったので次の輪廻では人に生まれ変わりたく存じます 隠井 迅 @kraijean

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