第9話 それから2年が経って
4年次の秋の球技大会で優勝した「貧血バッファローズ」、その後も活動を継続予定であったが、5年次になり、臨床実習が始まると、とてもではないが、全員が集まることはできなくなった。休日にも実習があったりして、「球技大会」どころではない。
6年次になると、大教室での講義はなくなり、10チームに分けられ、それぞれに「自習室」が与えられ、そこを拠点に学内の実習に行ったり、実習が終わると国試、卒試に向けての勉強をすることになる。
貧血バッファローズは大所帯だったので、2つの自習室に分かれることになった。自習室内での人間関係は濃くなっていくが、自習室間の人間関係は少し薄れてくる
そんな秋のある日、卒業アルバム撮影のため、カメラマンの方がお見えになる、という情報が流れた。全体写真と、各自習室の写真、そして各サークルの写真を撮りに来る、ということだった。
「なぁ、貧血バッファローズで卒業アルバムに写らないか?」
と提案したのは、もっつんだった。
自習室のメンバーは口々に「それはいいねぇ」と同意した。
「じゃあ、当日はユニフォームをもってグラウンドに集合な!」
ということで話が決まった。
とある日、卒業アルバム制作会社から派遣されたカメラマンが医学科校舎にやってきた。学年全員の集合写真、各自習室の写真を撮影し、文化部の撮影、そして運動部の撮影をして、カメラマンが体育館を後にしようとした時だった。もっつんが
「すいません。僕ら、卒業生で、ソフトボールチームの『貧血バッファローズ』というんですが、僕らの写真もお願いできますか?」
卒業アルバム制作のルールがどうなっているのか、多分カメラマンも、そして僕たちも知らないが、カメラマンは
「はいはい、いいですよ。じゃぁ、どこで撮影しましょうか?」
といってくださった。球技大会を行なったグラウンドに、集合できる奴は全員、「貧血バッファローズ」のユニフォームを着て集合していた。もっつんがカメラマンを連れて来てくれて、全員で
「撮影、お願いします!」
とお願いした。カメラマンは、集合写真だけでなく、なるさんの胴上げ写真など、思い出になるような写真を複数枚取ってくださった。
そして卒業式の日、俺たちに配られた卒業アルバムには、大学公認運動系クラブの写真に交じって、大学非公認、友情のつながりだけで作られた「貧血バッファローズ」の写真もしっかり掲載されていた。
最後の最後で、学校の「暗黙の了解」も壊して、「貧血バッファローズ」に所属したバッファローの群れは走って行った。
そして、医師国家試験という壁も打ち壊した俺たちバッファローは、今も目の前に立ちはだかる壁を壊しながら走り続けているのだ。
すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れ 川線・山線 @Toh-yan
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