第8話 気づけば3枚の壁を破壊して、この場に立つ「バッファローズ」

気づけば準決勝にも勝ってしまった。この結果にはみんなが驚いていた。実際にチームを引っ張ってきたもっつんも、総監督のなるさんもまさかこんなことになるとは思っていなかったようだ。


残すは決勝の1試合のみだ。どうもくじ運が良かったのだろう。俺たちのいたAグループは「ほのぼのチーム」が多く、Bグループには「あわよくば優勝を」と考えていたチームが集まっていたようだ。Aグループの試合にはほのぼの感が漂っていたが、Bグループの試合は「本気」の雰囲気が流れていたらしい。


これまで、「グラウンドの仕切りがないので、外野手の頭を超えてしまえば、はるかかなたまでボールが転がっていく」と書いた。実際にAグループのボールがBグループ試合中のダイヤモンドにまで転がって行ったり、逆にBグループのボールがこちらに転がってくることもあった。


Bグループのボールがこちらに転がってきたときは、誰かがゲームを止めて、Bグループの選手の邪魔をしないようにしていた。ボールを追っかけてきた選手は、何も言わずにボールを取ると、向こうのダイヤモンドに向けてボールを投げる。その時の中継は一人か二人だった。


逆に、AグループのボールがBグループの方に転がっていくと、一応プレイを止めてはくれるが、こちら側は「すいません」と謝罪しながらボールを取るのだが、誰かが「舌打ち」しているのが聞こえてきたりする。中継も3人ぐらいは必要だった。


そんなわけで、くじの神様はAグループに「ほのぼの球団」を、Bグループに「結構本気球団」を集めてくれたようだった(これは本当に忖度のないくじ引きで、全くの偶然である)。Bグループの中で、強いチーム同士が潰し合いをしてくれた、ということに結果的になってしまった。


Bグループで勝ち残ってきたのはやはり「野球部連合」だった。俺たちの学年には残念ながら野球部員がいないので、これまでのような「ほのぼの感」はなかった。


試合前に再度チームの在り方を確認した。とにかく一つの試合で、全員出場する。相手が強いから、といって、貧血の「ベストメンバー」だけで戦うのではなく、あくまで「全員」でゲームを楽しむ、というのが俺たちの在り方だ、ということで全員同意した。なので、先発メンバーも、いつものようにくじ引きで決定した。


先発メンバーは、なるさん、竜牙さん、兄やん、きよ、くっしーさん、ふみどう君、なかっちゃん、そしてしんちゃん、ねこさんと決まった。


キャプテン同士のジャンケンで、俺たちが先攻となった。打順は


1番 くっしーさん

2番 なかっちゃん

3番 ふみどう君

4番 なるさん

5番 きよ

6番 ねこさん

7番 兄やん

8番 しんちゃん

9番 竜牙さん


となった。ピッチャーは、「ここが出番でしょう」ということでねこさんにお願いした。キャッチャーはクロスプレイを考えて、竜牙さんがかって出てくれた。あとはライトはいつもどおりしんちゃん、その他のメンバーはそれぞれ、適当に守備位置に付くことにした。


相手チームには「長老組」も「女性」もおらず、3-0で試合が始まった。まずくっしーさんが打席に入る。くっしーさんも動ける人だが、やはり相手ピッチャーはソフトボールの投げ方も練習していたのだろう。結構球が速く、ファールチップが続く。7球目、ようやくいい当たりが出てセンター前ヒット。ノーアウト1塁。


2番はなかっちゃん。テニス部で鍛えた目で、選球眼はいいが、テニスラケットと軟式ボールを考えると、金属バットとソフトボールではやはり質量が違うのだろう。球威に押されてしまいライト前ゴロ。くっしーさんは2塁に間に合ったが、なかっちゃんは1塁アウト。1アウト2塁。


3番のふみどう君、迫力は満点だが、あまり運動は得意ではないそうだ。球威に負けることなく打ち返したが、レフト正面のフライ。2アウト2塁。


ここで4番のなるさんが登場。なるさん、好青年だが、逆にこれといった「売り」がないのがなるさんらしい。ただ、ここ一番で訳の分からない結果を出すのが「なるさん」の真骨頂である。中途半端に出したバットにボールが当たり、感覚的にはバスターに近いようなヒッティングになった。サードとレフトの間にうまく落ちてヒット。3塁をアウトにできず、2アウト1,3塁。


5番のきよは、なんでも器用にこなす奴だ。学業も優秀だし、スポーツのセンスもある。4球目をうまく打ち、センター前のヒット。くっしーさんが帰還し1点追加。2アウト1,2塁。


6番のねこさんに、このようなシビアな試合で結果を求めるのは厳しい。三振で3アウト。


1回裏の守備。ねこさんをピッチャーにしたが、これが大当たり。それまで、コントロールの良い速球を打ってきた相手チームにとって、コントロールの安定しないスローボールは、かえって打ちにくいようだ。頑張ってタイミングを合わせようとするが、スイングが速いせいで、どんどんレフト方向のファールが増えていく。審判もしっかり見ていてくれ、山なりボールなので,最高点は「ボール」の高さだが、そこからストライクゾーンを通ってキャッチされる。なので、彼らにとっては思わぬ球が「ストライク」となるのだ。


結局、レフト方向へのファールでカウント2ストライクまで追い込まれ、「ボール」のように見える山なり軌道でストライクを取る「ねこさん魔球」で三者凡退となった。


このような感じで回を重ねていったが、徐々に相手チームも目が慣れてきて、「ねこさん魔球」は通用しなくなった。しかしスイングが速くて、打球はレフトから三塁方向に集まり、ライト方向にボールが飛ばないのは、「ライパチ君」にとってありがたいことだった。


回が進み、4-6で迎えた5回裏。ピッチャーはねこさんからよっすぃーに交代していた。よっすぃーも結構な荒れ球で、狙い球を絞れない。それでもヒットやフォアボールでとうとうノーアウト満塁となった。


その時の「ライパチ君」は俺だった。俺はひたすら「ボールがこちらに来ませんように」と祈り続けていたが、最後の最後で、祈りは届かなかった。


「カキーン」という音と同時にこちらの方に向かってくるボール。うまい外野手は打撃音でおおよその落下位置がわかる、といわれているが、とてもじゃないがそんなレベルではない。


「前かな」と数歩前に出たが、まだまだボールは上昇している。「後ろかもしれない」と思って後ずさりを始めたが、思った以上に後ろだった。後ずさりでは追いつかない。ボールを見ながら後ろ向きに走り始めた。もう何を考えていたのか覚えていない。ひたすら白球を追いかけた。追いつくように必死に走った。俺のすぐ目の前をボールが落下していくのが、スローモーションのように見えた。俺は腕を、そして全身を伸ばしてボールを取ろうとした。


その瞬間のことは記憶にない。その直後に胸と腹に強い衝撃が走った。


「うぐっ!」


っと声にならない声が出たが、息を吸うこともままならない。身体は動かない。ただ、グローブをつけている左手だけはしっかりと握りしめていた。


なかっちゃんはセンターを守っていたが、俺のところに駆けつけてきた。俺のグローブを覗いて、なかっちゃんはみんなに聞こえるように大声で叫んだ。


「ほーじーさん、ボール、キャッチしています!!」と


ここから先は自分の耳で聞こえた音声と、後は伝聞である。


相手チームは、守備の弱点であるライトに大きく打ち込んだことで、ホームランだと確信したらしい。満塁ホームランだ、と思い込んで、全員ホームに帰っていた。


なかっちゃんの叫びを聞いて、師匠が叫んだ。


「なかっちゃん。すぐボールを3塁に投げて!サードはベースを踏んでからセカンドに。セカンドもベースを踏んでから、ファーストに。ファーストもベースを踏んでくれ」と。


師匠の叫びを聞いて、相手チームはガックリと肩を落としたらしい。


内野のメンバーが師匠の言うとおりにボールを回した。ファーストがボールをもってベースを踏んだ時点で審判が「スリーアウト!試合終了!」と宣言したそうだ。


俺がボールをキャッチした時点で、打者はアウト、走者は各ベースに戻らなければならないが、全員がホームを踏んだ後なので、もう戻れない。なので、各ベースをボールをもって踏むことでそれぞれのベースにいたランナーがアウトになるのだ。


実際は4アウトなのだが、現実としては「トリプルプレー」ということになる。


そのころには、俺も動けるようになった。なかっちゃんの肩を借りて、ホームベースに向かう。


全員で整列し、審判が宣誓。


「4-6で貧血バファローズの勝ちです。礼!」

「ありがとうございました!」


とお互いに頭を下げた。まさかこんな強豪チームに勝てるとは思わなかった。俺があのボールを取れなかったら負けていた。しかもその可能性がはるかに高かったのだ。


そして、試合の最後は、恒例の「なるさんの胴上げ」。みんなで


「わっしょい、わっしょい」と胴上げをして、勝利を喜んだ。


お友達チーム「貧血バッファローズ」のバッファローたちは、越えられられない、いや越えようとも思っていなかった壁を破壊して突き進み、走り去ったのだった。

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