星空のバッファロー🌠🐃===3

初美陽一

<全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ>

 その日、とある男子高校生は、一大決心を胸に秘めていた。


 想い人たるクラスメイトの女子に、告白する――成否がどうあれ、青春の1ページに刻まれるべき、甘酸っぱくも勇気ある行動であろう。


 一足早い春の息吹を感じさせる、咲き誇る桜を待ち合わせ場所に、彼は緊張を生唾と共に飲み下しつつ、シミュレーションを重ねていた。


「さ、桜下さくらしたさん……俺と付き合ってください……オナシャスッお願いしますの意! だ、ダメだ、焦りが窺えるッ……フッ、おもしれー女……いやチャラいのはナシでお願いします! 桜下さん……好きッス、今度はウソじゃないッス。いや誰だ俺は自称・天才か! くそっ、こうなったらもう、シンプルにっ……」


「―――っ、ね……キミ、そこの……」


「!? さ、桜下さん、約束の時間より早いのに、もう来てくれたのか……? これはワンチャンあるっ! あの、俺ッ――」


「――――そこのキミ、逃げてぇぇぇぇぇっ!!」


「えっ?」


 想い人の切羽詰まった叫び声に、彼が目を丸めていると――更に明後日の方向から迫りくる、地響きの如き足音と、この現代日本においては有り得べからざるの咆哮。


 突進する、の群れだ。


『――――ブモオォォォォォオッ!!』


「えっ?」


『ブモォォォォォ……ブモッシャァイッ!』


「えっ……ギャーーーーッス!!」


『ブモォォォ……――』


 男子高校生を強かに吹っ飛ばした後、遠ざかっていくバッファローの群れ……直後、どう、と音を立てて倒れ伏す男子高校生を、想い人たる女子高校生が介抱した。


「ね……ねえちょっと、大丈夫!? えっと、うちのクラスの……」


「う、うう……桜下さん……お、俺、最後にキミに、聞いて欲しいことが……」


「ごめん、名前なんだっけ!?」


「ガクッ」


「だ、大丈夫!? ねえちょっとー!?」


 ……わ、ワンチャンあるかな……いやまあ、介抱コレをキッカケに……うーん、どうだろうな……わっかんねぇなコレ……。


 とにかくバッファローの群れは、男子高校生の青春の1ページを破壊しながら――更に突き進んでいく。


 ▼  ▼  ▼


「クックック……ついに我々の野望を実現させる時が来たな……」


 そこは社会の裏側、日の当たらぬ薄暗い世界に蔓延る、闇の巣窟そうくつ――いかにも危険思想の武装集団が、今まさに表社会に牙を剥かんと眼を光らせる。


「我が崇高なる思想を理解せぬ、平和ボケした凡骨どもめ……もはや分かり合えぬ。実力行使しかあるまい……今日こそが、革命の日ぞ!」


 グッ、と握った拳を振り上げながら、首領と思しき男は吼えた。


「さあ、今こそ世界征服――スイーツによる甘味の支配じゃあァァァ! カロリー、糖分過多、何するものぞ! 浅愚なる民衆共の口に、問答無用でスイーツを押し込んでくれるわ! 我ら〝脂肪遊戯〟の偉業を見よ――」


「ど、首領ドン……お逃げください! バッファローが……ギャーーーッ!!」


「えっ?」


『ブモオォォォォォオ!!』


「えっ。……ンギャアアアアッス!!」


『ブモッ。……ブモォォォォォ……――』


 バッファローの群れは、何だか危険思想なテロ集団を構成員ごと破壊し尽くし、突進を続ける……。


 ▼  ▼  ▼


 バッファローの群れは、住宅街も市街地も無関係に、ただただ突進を続けている。


 されど当然、その被害を食い止めるべく、対応は講じられる――今まさに、国防の要たる人間が対応策を論じ合っていた。


 此度こたびの〝バッファロー騒動〟の対策本部に携わる、長官と副官である。


「長官! バッファローの群れは今現在、市街地を直進しております……壁も障害物も関係なく、全てを破壊し尽くし……一体どうすれば!?」


「副官、報告ご苦労。しかし落ち着きたまえ、既に完全無欠の対策を講じておる。アレを見たまえ」


「おおっ、それは一体……えっ?」


 長官が指した方角、バッファローの群れの進行方向には――たった一人の人間が。色彩豊かなデザインの、欧州の貴族を彷彿させる衣装を纏い、大きな赤い布カポーテを手にした存在。


 ―――闘牛士マタドールである―――!


「彼こそ、本場スペインで闘牛士としての修業を積んできた、我が国の誇る英傑……此度の騒動において、これ以上の適任者はいない……まさに最終兵器である!」


「最終兵器、早くないスか?」


「だって市街地で本物の兵器とか使うわけにいかないし……」


「ああ、じゃあまあ……仕方ないかな……」


「うん……。……ムッ、見たまえ副官! 今まさに、勝負の時ぞ!」


 長官の示す通り、じきに闘牛士は、バッファローの群れを視認するだろう。彼の表情には、絶対の自信が窺えた。磨き上げてきた技、培われたスペインの歴史を学びし事に裏打ちされる、揺るぎない誇りである。


 フッ、と不敵な笑みと共に、赤い布カポーテを翻しながら、彼は呟いた。


「フッ……どれほど凶暴な猛牛であろうと、我が磨き上げし技の前には無意味……むしろ強敵であればあるほど、望むところよ! さあ、かかってこ……えっ。ちょ、多くないです? 群れなんですけど……いや普通、一対一が基本ってかね――」


『ブモオォォォォォオ!! ブモッ……ブモラッシャァイッ!!』


「ギャーーーーーーッス!!」


『ブモォォォォォ……――』


 最終兵器・闘牛士マタドール、あえなく撃沈セリ。


 この結果に、長官と副官が和やかに談笑する。


「長官、ぶっちゃけ自分、こうなるって思ってたッス(笑)」


「副官、ぶっちゃけ自分もである。まあ残念でもなく当然っつかね(笑)」


「ワハハ」

「ワハハ」


『ブモオォォォォォオ!!』


「えっ」

「えっ」


『ブモッ、ブモッ……ブーーーーモーーーッシュ!!』


「「ギャーーーーーーッス!!!」」


『ペッ。……ブモォォォォォ……――』


 技も歴史も、誇りも――高みの見物を決め込んでいたつもりの二人も、破壊し尽くし、バッファローの群れは突進する……。


 ▼  ▼  ▼


 市街地や舗装された道路からは離れた、今や日本では数少ない平地に――武装した、自衛をむねとする隊が配備されていた。


「どこから現れたとも知れん野生の獣に、哀れと思わんでもないが……これ以上の暴挙、捨て置けん! 全体、構え! 盛大に弾を喰らわせ、もてなしてやれ! 弔いはそのまま焼肉パーティーだ!」


 隊長が手を上げ、〝撃て!〟と号令するや、バッファローの群れを襲う数え切れぬ砲弾……砲煙が煙幕の如く立ち込める向こうは、もはや終焉の光景があるのみ――


 ――と、思いきや。


『……ブモォォォォォ……』


「!? な……どういうことだ、奴ら……だぞ!?」


「た、隊長……バカな、ありえません、奴ら……いるのです! ただの突進で……銃弾も砲弾も、いるのです!」


「意味が分からん! 何なのだ、これは……我々にどうしろというのだ!」


『ブモオォォォォッ……ドッコイブモォォォォ!!』


「「「ギャーーーーーーーーーッス!!!」」」


 現代兵器による応戦でさえ破壊し尽くし、バッファローの群れは突き進んでいく……。


 ▼  ▼  ▼


「〝概念・バッファロー〟じゃな」


 海上の巡洋艦にて、長く白いひげに触れながら博士が述べたことを、助手と思しき青年が怪訝な表情で繰り返す。


「〝概念・バッファロー〟……ですか?」


左様さよう。どこから現れたとも知れぬ未知の存在とはいえ、あれが単なる野生動物であれば、現代兵器が通用せぬ道理などない。じゃが実際、現代兵器は通じなかった……あれは〝全てを破壊しながら突き進む〟という概念を宿した、恐るべき存在……即ち〝概念・バッファロー〟というわけじゃよ」


「(そうなんですか、すごいですね)博士って皆イカれてんのかな」


「ちょっと助手~~。本音と建前が逆、逆~~~!」


「あっいっけねっ! メ~ンゴ謝罪の意ッス、ハ~カセッ♪」


「アハハ」

「ウフフ」


『ブモオォォォォォオ!!』


「えっ」

「えっ」


『ブモッ……ブモッハイダラァァァァブンモーッ!!』


「「ギョエーーーーーーッ!!」」


『ブモブモ。……ブモォォォォォ……――』


 バッファローは、巡洋艦ごと吹っ飛ばし――突き進んでいく。


「ほら助手~~~バッファロー海の上とか普通、走らないっしょ~!? ハカセの言うことガチなんだから~っんも~~~っ!」


「ンなこと言ってる場合じゃないでしょ~!? ちょっともう勘弁してくださいよスタッフ、スタッフ~~~! 救命艇、出しといて~~~!?」


※乗員はこの後、スタッフがきちんと回収しました。


 ▼  ▼  ▼


 もはや自然災害の如く荒れ狂う、バッファローの群れ――全ての抵抗が空しい悪夢のような存在の、けれどその進行方向に、一人の男が立ちはだかっていた。


 彼は、サッカー(球技の方)において絶対の守護神と称賛される、この国において最高のゴールキーパーだ――が、そんな彼のチームメイトやファン達は、その無謀な行動を咎めた。


「オイ、何してんだ! まさかオマエ、アレを……バッファローの群れを止める気か!? そんなの、不可能ってもんだぜ!!」


「そんな……無茶よ! バッファローには軍隊でさえ歯が立たなかったのよ!?」


「もう人間の体1つで、どうこうできる代物じゃねぇッ……絶対に無理だ、止められっこねぇ! 逃げろーっ!」


 けれど、彼は――守護神と称されしゴールキーパーは、逃げも隠れもしない。

 不可能など分かっている、震える足を、それでも地に踏みしめ、叫ぶ。


「無理だとか、無茶だとか、止められないとか……関係ない! 不可能だとか、知ったこっちゃない! オレは今、ここで……ゴールマウスを護る、守護神として! ここを、退く訳にはいかない……奴らから、逃げる訳にはいかないんだッ!!」


「!! ……ゴールキーパーの人……!」


「バ、バッキャロウッ……相手はバッファローだぞ!? そんなッ……」


 迫りくるバッファローの群れに、大地すら揺らす怒涛の足音に――それでも彼は、絶対の守護神は、背を見せず。


「さあ来い! ここで、止めてみせるッ……このオレがッ、今ここで! おまえ達の爆走を止めてギャアアアアアア」


『ブモォォォォォォンンッ!!』


「バ、バッキャロウッ! バッファローッ、バッキャローッ!!」


「おおーっとゴールキーパーの人が吹っ飛ばされたァァァ! いやまあ、こうなるって思ってましたけど……あれ、ちょ、バッファローこっちにも向かって――」


『ブ~~ッ……モ、イッチョォォォイッ!!』


「「「ギャーーーーーーーーーッス!!!」」」


『ブモン。……ブモォォォォォ……――』


 絶対の守護神のゴールマウスも、その他の人々も、全てを破壊し――バッファローの群れは、突進を続ける……。


 ▼  ▼  ▼


 何もかも、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに、もはやどうすることも出来ない――そんな人々に、更なる凶報が襲い掛かった。


『――緊急ニュースをお伝えします。この星に、地球に……もうほとんど間もなく、巨大隕石が墜落してくるとの情報です。もうダメだ、おしまいです。世界は、今日で終わりです』


「ええええ!? いや急に何で……く、国とかは何してんだよ!?」


『ちなみに各国の首脳とかは真っ先に逃げ出したようです。だから情報とかもクッソ遅れたし、もう巨大隕石への対処も何もしてません。最期にみんなで呪いましょう』


「クソが!!!」


 突然の絶望、まさしく凶報の真っ只中で――パニックに陥る民衆の中から、母親の腕に抱かれる少女が、空を指さしてあっけらかんと呟いた。


「ねーねー、ママー。あれ……なーに?」


「えっ? な、なんのこと……えっ。……あ、ああっ……あれは、まさかっ……!」


 一人、また一人と、気付いた――誰もが、を見つけて、空を見上げていた。


 空を、駆けるを―――その姿を、口を揃え、叫んだ――!




「「「――――バッファロー!!!!!」」」




 聞こえる気がした――ドドドドと、空を蹴ってさえ、地響くような音が。

 バッファローの群れが、向かう先は――まさに、巨大隕石――!


「ま、まさか……バッファロー! おまえ……おまえら!」

「待てよ、そんな……無茶だ! やめろぉ!」


 いつの間にか、人々は叫んでいた――バッファローの身を、案じていた。


 その中には、吹き飛ばされた被害者たちもいた。

 守護神ゴールキーパーも、闘牛士マタドールも、失恋男子フラレたっぽいも、〝脂肪遊戯へんなひとたち〟の首領も、博士と助手も――バッファロー対策本部の長官と副官でさえも。


 突然に現れ、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、憎くもあろう、敵であろう、シンプルに迷惑だったろう。

 けれど、バッファローは突き進んでいた――何に憚る事もなく、真っ直ぐに。


 ただひたすら、前へ、前へと突き進む、その姿に――いつの間にか、尊敬にも似た感情が、憧憬とすら思える心情が、芽生えていたのだ。


「バッファロー!」「バッキャロー!」

「バッファロー……」「バッキャロウ……ッ」

「バッファロー」「バッキャロー」「バッファロー、バッキャロー!」


 けれど、バッファローは、駆ける。

 そうするのが、当たり前とばかりに。


 人々の想いも、叫び声も、全てを破壊しながら。


 ―――巨大隕石へと、突き進む―――!




「バッファローーーーッ!!! バッキャローーーーーーッ!!!!」




 ――――どこからともなく、突然に現れた、バッファローの群れは。


 衝突と同時に巨大隕石を破壊しながら、現れた時と同じように。



 星空の彼方へと―――消えていった―――



 ……そうして、人々は星空を眺めながら、時折、思いを馳せる。


 そう、牡牛座タウルスの傍に輝く星々が―――バッファロー座と呼ばれることになったのは記憶に新しく、あまりにも周知の事実である。


 …………。

 ……………………。

 ……………………………………。


 ▼  ▼  ▼


 地球が救われてから、暫く後。

 とあるニュースが、地上を大いに賑わせていた。


『テレビの前の皆様、見えますでしょうか。先日未明、火星観測探査機から回収された画像に、信じられないものが映っていたのを。そう……そこに映されていたのは』


 テレビに映し出された画像の一部が、拡大されると――そこに、ああ、そこに確かに、映し出されていたのは。



「「「バッファローッ!!!」」」



 ―――全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、常識すら当たり前に破壊して、星空の彼方に突き進む。


 きっと、今日も今日とて、突き進んでいるのだろう。


 この銀河のどこかを、縦横無尽に、全てを破壊しながら。

 あるいはそこに、一抹のロマンスを乗せ……


『ブモォォォォォォオオオッ!!』


 えっ。……えっ、ちょっウソ、なんでここ、地の文……

 ギャ、ギャーーーーーーーッス!!!


『ブモ。……ブモォォォォォ……――』



 ~ 🐃バッファローEND🐃 ~

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