【掌編】オフトゥンの魔力【1,000字以内】

石矢天

オフトゥンの魔力


 オレには三分以内にやらなければならないことがあった。

 そのために、うつ伏せの体勢から拳を押して上半身を持ち上げる。

 ――が、スキマから入り込んだ冬の冷たい空気に、再び身体は丸まってしまった。


(クソッ、これだから冬ってやつは)


 電車が出発するまで、残り三十八分を切った。

 この電車に乗り遅れたら遅刻は確定だ。


 この部屋から駅まで歩いて十分。

 朝のシャワーが十分。

 着替え、洗顔、歯磨き諸々で十五分。


 つまりオレに残されたオフトゥンタイムは三分未満というわけだ。


 しかし、どうにもこうにもならない。

 部屋の空気は凍えるように冷たく、オレはオフトゥンから出ることができずにいた。身体を起こそうとして、少しでもオフトゥンをズラしたらスキマから冷気が入ってくる。つまり身動きが取れない。万事休すだ。


(まずはこの部屋をなんとかしなくては)


 オレは身体をオフトゥンで守りながら、手探りでエアコンのリモコンを探す。

 暖房と書かれたボタンを押すと、「ゴオオオォォォォ」と低い音を立ててエアコンが動き出した。


 あとは部屋が暖かくなるのを待つばかりだ。


 念のためにスマートフォンのタイマーを見ると、三分あったハズのオフトゥンタイムが残り一分四十八秒になっていた。まるで時が飛ばされたようだ。


 エアコンも頑張ってくれてはいるようだが、なかなか部屋は暖かくならない。

 そもそも「一分四十八秒で部屋を暖めろ」と要求が無茶であった。そんなものはエアコンへのパワハラである。


(かくなる上は……)


 何かを得るためには、何かを諦めるしかない。

 部屋が暖まるまで、オレはオフトゥンから抜け出すことができない。

 それまでに必要な時間は十分……いや、十五分は欲しいところだ。


 まずは朝のシャワーを諦める。これで十分稼げる。

 着替えは絶対に必要だから歯磨きを諦める。正確には歯ブラシを持って会社に行く。これで三分稼げる。

 最後に駅まで『走る』ことで二分稼げる。


 よし、これで合計十五分だ。

 

――ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ


 タイマーが鳴った。三分あったオフトゥンタイムがゼロになった合図だ。

 オレはすぐに十五分のタイマーをセットして、再びオフトゥンの中に潜り込んだ。


 ああ……、気持ちいい。




      【了】

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【掌編】オフトゥンの魔力【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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