瑛人のバレンタイン2024

大田康湖

瑛人のバレンタイン2024

 荒城あらき瑛人えいとには三分以内にやらなければならないことがあった。三分後には昼休みの終わりのチャイムが鳴ってしまう。それまでに自分のクラスである5年1組の教室に戻らないといけない。瑛人はあわてて自分の下駄箱をのぞき込むと、あわてて扉を閉めた。

(ここだと思ったのに)


 幼なじみの西松にしまつ菜々ななから瑛人のスマホにメッセージが入ったのは、2月14日の昼休みが始まった時だった。

 『バレンタインのチョコレート、瑛人の毎日見る場所に入れといたから、見つけたら連絡してね。昼休み中に見つけたらごほうびあげるよ』

 メッセージにはしおりの挟まった本のスタンプが付いていた。

 菜々はこのところ推理クイズの本にはまっていて、瑛人にも時々問題を出してくる。しかし、この文面ではヒントにもならない。とにかく瑛人は頭をひねり、菜々が行きそうなところをかたっぱしから探し回っていたのだ。

(菜々は2組だから、俺のクラスに入ってきたら誰か気づくはず。そうなると下駄箱か廊下の掃除用具箱、クラブ室のロッカーか)

 そう思って瑛人は下駄箱のある玄関にやってきたのだ。そこに同じクラスの筑紫ちくし勇磨ゆうまが通りかかった。勇磨は手に持っていた小箱を慌てて後ろ手にすると、カニ歩きでそそくさと立ち去ろうとする。瑛人は思わず呼びかけた。

「おい、それってチョコか」

 勇磨のカニ歩きがさらに早くなる。

「まさか、俺の下駄箱から取ったんじゃないよな」

 勇磨は激しく頭を振った。

九美くみさんに頼まれてうちの美容室にある絵本を貸したら、お礼にチョコをくれたんだ。つきあってるわけじゃないよ」

 九美しおりは瑛人と同じ1組で、菜々の友人だ。絵本好きで、よく駅前の書店に菜々と行っているのを瑛人は知っていた。

(しおり、本のしおり、まさか)

 瑛人の中で、菜々の送ったスタンプと、九美しおりが結びついた。そこに勇磨が呼びかける。

「もうチャイムが鳴るよ」

 瑛人と勇磨はあわてて教室に駆け戻った。


 授業が始まり、瑛人は教科書を出すついでにそっと机の中をまさぐった。明らかに教科書よりかさばったものが入っているのがわかる。おそらく瑛人が下駄箱に行った隙に、しおりが菜々から預かっていたチョコを机に入れたのだろう。

 斜め前の席から心配そうにのぞき込むしおりに、瑛人は軽くうなずく。勇磨がそんな二人を気にしているのに瑛人は気づかなかった。


おわり 

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