非実在系悪役令嬢の転身

波津井りく

大佐は待ってくれるのに現実は待ってくれない

 悪役令嬢の役割を自覚したロゼンシアには三分以内にやらなければならないことがあった。この卒業記念式典を締めくくるパーティー会場で実行可能かはともかく。


 下級生の男爵令嬢に誑かされた浮気野郎という名の王子から婚約破棄を申し渡される前に証拠を並べ、こちらから破棄を叩き付けて名誉を回復しつつ実家の没落を回避、直後に起きる襲撃から王女を守り抜き、黒幕は男爵令嬢の父親を手先にする侯爵だと断罪せねばならない。男爵令嬢と王子が一曲踊り切るまでに。


 ──無理ですけど!?


 最悪なことにロゼンシアはこの手遅れのミリ手前で、前世で遊んだ同人ゲームの世界に転生した記憶を取り戻してしまった。泣き喚く暇さえない超過密スケジュール。

 しかしイベント以降は恐らく、悪役令嬢を担うロゼンシアの介入の余地が消える。これは奇跡の三分間だが、同時に絶望の幕開けだった。


「嘘でしょ、私の余命がカップ麺より儚い!」


 この状況において馬鹿正直にシナリオに沿うなど自殺行為だ。腕を組んだ浮気野郎と男爵令嬢が目の前に辿り着くまでに出来る打開策は何か──

 あちこちへ視線を飛ばし情報を得ようと足掻く。いつになくフレキシブルに回転する思考でロゼンシアが見出した手段は、致し方なくも乱暴な一手だった。


「ああっ足が縺れてーっ!」


 結構な勢いで前転しながら手にしたグラスを放り出す。全力でぶちまけられた液体は、総額いくらか知れない王女のドレスへと。お高い布地が無惨に染まる。

 誰もが絶句する中、ロゼンシアだけは速やかに起立して口を開いた。実に無駄のない動きだ。正気かは疑わしいが。


「私としたことが王女殿下に対してなんたる失態! 伏してお詫び申し上げますどうぞこちらでお召し替えをただちに!」


 必死過ぎて言葉を精査せず捲し立て、ロゼンシアは理解の追い付かない王女を別室へと引き摺って行った。淑女らしからぬ乱暴な足音に取り乱しよう。

 唖然としたまま参加者は二人を見送る。物凄い珍事だ、明日には伝説の卒業パーティーと話題を攫うに違いない。


「ろ……ロゼンシア、どういうつもりかしら」


「申し訳ございません王女殿下、ですがあの場に留まっていては御身に危険が迫るのです。私は今から警備の者と共に下手人を捕えに行って参ります。全てを終えるまで、どうか殿下の護衛と共に安全確保を。お部屋を出ませんようお願い申し上げます」


「下手人……俄に信じ難いけれど、あなたの道化ぶりも同じくらい信じ難いことだわ。いいわ、あなたの下手な演技に免じて一度だけ信じます」


「恐れ入ります王女殿下。御身を守る栄誉を与えて下さり光栄の至り」


 心臓はバクバクしているがこの機会は逃せない。自分の正当性を勝ち取らねば、シナリオ退場後にロゼンシアは地獄を見る。

 何故ならこのゲームはネットに蔓延る実在しない乙女ゲームの概念を同人で作っちゃおうぜと制作されたイロモノだから。勿論成人指定あり。


 失う物が多すぎるロゼンシアは鬼気迫る勢いで警備の面々を引き連れ、王女を襲撃すべく潜む不審者を引っ捕えて行った。


「どこで計画がバレたんだ、まさか侯爵が俺達を売ったのか!」


「ええそうよ、罪状をでっち上げられたくなければ黒幕を売った方がましよ!」


 襲撃犯の邪推に全力で乗っかり自供を促す。やけにあっさり口を割ったのは、きっと世界が味方しているのだと受け取っておく。

 リアリティなどシナリオ消化の二の次三の次。サクサク事件を解決せねば、タイパと言いつつ単に根気がないプレイヤーは糞ゲーの烙印と共に低評価を付けるものだから。


 ロゼンシアは無事に貴人を守り、会場を堂々と後にする偉業を成し遂げた。


 荒ぶるイベントを踏み倒しもぎ取った猶予でロゼンシアが何をしたか……勿論夜逃げである。浮気野郎の有責証拠を積み上げ、身一つで出国だ。

 贅沢にも貴族籍にも未練はない。これまでの人生で培われた教養と識字レベルなら市井で普通に働ける。


「……あの空白の三分がなければ私の人生は終わっていたはず。カップ麺の完成を無為に待つだけの私はあの日に死にました。私はこれから三分あれば人生を変えられる人間として生きて行こうと思うのです」


「就職面接でそこまで突き抜けた大ボラ語り尽くす勇者は初めて見ましたよ。面白いから採用で。後程カップメンとやらの詳しい説明を、金の匂いがします」


「嘘は一つもありませんが、私頑張ります! 南の国に骨をうずめるのが前世からの夢でした!」


「では勇者ロゼ、契約書を確認し同意するならサインを」


 採用された異国の職場で、ロゼンシア改め平民ロゼは活躍する。の、だが──……


「勇者さん商品説明聞きたいってお客さんが」


「勇者ロゼ、新商品の試作ですがね……」


「ッ……呼び方ぁぁああ!」


 自ら語った武勇伝による称号か渾名か、職場で勇者ロゼと呼ばれる始末。間違いなくこの面接官のせいだとロゼは恨めしい。


 ──まあ、毎日が楽しくはある。リア充って感じ!


 仕事にやり甲斐を見出しているロゼは知らなかった。この南国がシリーズの後発作の舞台になることを。

 迫り来る続編シナリオという理不尽な怪物。勇者ロゼの参戦が待たれる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非実在系悪役令嬢の転身 波津井りく @11ecrit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ