H三四 

七雨ゆう葉

(o|o)

 ヒーローには三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは言うまでもない――戦いだ。

 地上に居られるのはほんの百八十秒。ボクシングの一ラウンドと同等、ボクには制限時間が課されている。


「さぁ! 行くぞ!」


 静謐に醸成された一面鈍色の地上へと降り立つと、相手は無機質な表情のまま、雁首揃えて待ち構えていた。

 しかも相手は複数。一対一ではない。タイムリミットもあるため、効率よくスムーズに一掃しなければならない。

 そのためボクはまず、敵陣の中では最も大柄なへとターゲットを絞った。

「素手で戦うのが正義なんだ!」と、義憤に駆られる者たちもいるとは思うが、そんな悠長な事を言ってもいられない。僕は装備したエンハンスソードを片手に、うんも言わさずに切りかかった。


「いざ、参る!」


 鮮やかな浅紅色の表層とは裏腹に、内部はザラリ、突き刺した尖刃越しに絡みつくような禍々しさを覚えた。そのまま相手の肉圧に飲み込まれ、武具ごと力を削がれてしまわぬよう、刹那に腕を引く。けれど臆することなく、すかさず再び刃を入れる。抜いては引き、抜いては引きの波状攻撃だ。そんな連続剣の甲斐もあり、相手は黙したまま瞑目した。

 だが、まだ終わりではない。

 剣撃により原形を失い、裂け、板上にひれ伏したソレに対し。腐食・臭気等、民への健康被害を防ぐため、予め調合しておいた特製リキッドを浴びせかける。


「よし。これでひとまず、主たる相手を片付けた」


 あとの残った者たちは皆、植物属性の小粒勢ばかりだ。さほど、時間を要さないだろう。

 頭上高くから差し込む明光を纏い、上下に揺らめく切っ先とみね

 流れるように一刀両断を叩みかけ、僕はその全てを一掃した。

 これで太平は保たれた。けれどまだ少し、時間は残っている。

 治安を守るヒーローとして、後始末も立派な務め。僕は刃を置いた。


「出でよ!」


 そして仕上げと称し、伏した彼ら全員を寄せ集めると、用意した大釜の中へ投じた。

 ピコンピコン、ピコンピコン……。

 ちょうどその時、胸元のタイマーが点滅し始めた。

 釜の中には、「再生」へと導く魔法を施している。まさに錬金釜と言っても良い。ボクは残された時間を使い、先程の特製リキッドと魔法の内容について、舌鋒鋭く説いた。

「あとはタイムリミットの三分が経過するまで、待つといい。それで終了だ」


「ではみんな! また会おう!」


 近くで見守っていた者たちにそう言付けし、ボクはその場を去った。



「……………………」

「……………………」



「…………ハイ、カット!」

「カメラチェック入りまーす!」



 ――ふう、終わった。



「本日の収録は以上で~す!」



 連続した収録をようやく終え、身に着けていた戦隊モノのマスクを外し、深々と嘆息する。

 だが直後。僕はうっかり、大事なタイトルの『野菜たっぷり特製豚キムチ鍋』と言うのを失念していた事に気付いた。


「立て続けの三本撮り、お疲れ様でした!」

「あ、いえ……。それより、すみません」

「今の三回目なんですが……最後に料理のタイトル名を紹介するの、すっかり忘れちゃって……」

「あっ! 確かに。言われてみたらそうでしたね」

「ではそこだけ、別撮りしましょうか」

「はい、お願いします」


 今回使ったのは豚肉とキムチ、ニラ、もやし、その他さまざまな野菜。そして調味料もろもろ。

 調理そのものはシンプルで簡単だが、それを敢えてバトルチックに、レトリカルに説明し、且つ変装をしながらのため意外と体力を消耗する。

 そうこうしながら、別撮りも順当に撮り終え。

 無事、本日の全ての収録が終了した。


「お疲れ様」

「あ、どうも。お疲れ様です」

 すると番組を仕切るプロデューサーが、破顔を携えながら声を掛けて来た。

「結構評判いいんだよ。今期から始めたこの、『』」

「料理を戦闘に見立て、実況しながら行うという新感覚クッキング。斬新だし、これまでの主婦層に加え、多くの子どもたちが見るようになってね。人気急上昇だよ」

「だから今後とも、引き続きよろしく頼むね」

「はい、ありがとうございます! わかりました!」


 そこへ入れ替わるようにして、別のスタッフが向かって来る。


「じつは次の収録なんですが……ちょうど同じ日に、局で生放送の長時間特番とぶつかっておりまして。ココのスタジオ、番組コーナーのセットとして使う予定なんです」

「なので申し訳ないのですが、次回はスタジオが別になるので、宜しくお願いします。場所は同じく都内です。詳細の地図は追って、メールしておきますので」

「そう、なんですか……。はい、わかりました」

「ではまた次回」


「お疲れ様でした!」



 ◆



 その後。ボクはスタジオを後にし、大通りへと歩を進める。けれどその間ずっと、いまだ気持ちが高揚していた。

 それは新しく出演することになった「今回の新番組」が好評だとわかったから。さらにプロデューサーやスタッフから期待と激励の言葉を、幾度となく貰えたから。

 時刻はちょうど夕どき。仕事を終え一段落し多幸感に満たされたボクは、茜色の斜陽を浴びるように帰路へと向かった。


「ええっと……次の電車はおっ、ちょうど三分後か」

「すぐ傍だから、余裕だな」


 目的の電車は通勤快速。三分後にちょうど発車予定だ。

 仕事の達成感は多分にあれど、連続撮りによる疲労は否めない。だからこそ、この一本を逃せば時間的にラッシュアワーの波に巻き込まれ、押し蔵まんじゅうよろしく、苦悶を浮かべながら揺られることになる。


 遠巻きに見える地下鉄の階段。ボクは装着していたイヤホンをそのままに、持っていたスマホのプレイリストから米津玄師の「M八七」を選択した。

 大好きな一曲。この曲は以前話題になったとある日本映画の主題歌にもなっていた曲だ。

 ホント――良い曲。

 普段から自分を鼓舞するために、ボクはしょっちゅう、とりわけ通勤前にはいつも聴いていた。


 次回は、別のスタジオか……。

 ここは駅から近くて、助かってたんだけどな。

 無意識に首肯し、揺れる体。

 迎えたサビパート。

 ボクは鼻歌交じりに陶酔しながら、通りを進んだ。



 れ? ……うそ。



 プシューーーッ!!



 階段を抜け、ホームを過ぎようとした、その矢先だった。

 まさに自分が乗ろうとしていた通勤快速が加速度を上げ、走り去っていく。

 事態を把握するため。ボクはイヤホンを取り、ポケットからスマホを取り出し、再生をオフに。

 と、その際――液晶に表示される「数字」に目が留まり。

 またしてもボクは、自分の失態に気付いた。


 過ぎてた……。


「M八七」の尺は、四分以上。

 すっかり聴き入ってしまっていたボクは、没入するあまり歩調が緩み、目的の電車に乗り遅れてしまっていた。


 やってしまった。

 でも仕方ない。次の電車に乗るしか。

 今度来る「快速」までは、ここからさらに十分近くも待たないと……。

 とはいえこんなのは、言ったら些細なミス。

 ボクはかぶりを振ると、次のレシピの段取りでも予習しておこうと、貰っていた台本をバッグから取り出した。


 やがて。

 ようやく流れる、次の電車のアナウンス。

 だが既に、徐々に迫るその車体の色がおかしい。

 真っ黒だった。

 窓ガラス越しには群れを成した大群の、おびただしい黒服たちがスシ詰め状態で潰れ、ひしゃげていた。


 そして、到着。

 トビラが開かれたと同時に。

 鬱屈と険悪を浮かべた強面たちが、濁流のように眼前まで押し寄せる。


「――ジュワッッ!!!!」


 瞬間ボクは思わず、

 某有名特撮ヒーロー顔負けの声を漏らし、そして、その暗澹たる渦に呑み込まれていった。


 今度のスタジオ。

 メールが来たら場所よりも何よりも、まず。


 終了時間を確認しておこう……。





 了 (o|o)

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H三四  七雨ゆう葉 @YuhaNaname

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