三分間の迷宮
浅川さん
三分間の迷宮
魔王には三分以内にやらなければならないことがあった。
だが、それが何だったのが思い出すことができない。魔王はもう800歳を超えていた。不死身の肉体は魔法の力で手に入ったが、老化は止めることができなかったのだ。少しボケてきたのかもしれない。
なんだかとても大事な事だった気がする。しかし思い出せない。
魔王は椅子から立ち上がり少し部屋の中を歩いてみた。だが、ふかふかの絨毯の毛並みを感じるだけで特に変化はない。こうしている間にも時間は過ぎていく。
魔王はベッドに腰掛けた。はて、なんだったかな。三分という時間制限があったのは覚えている。それがどうにかこうにか作用して、あれがああなる。そんな気がする。
魔王は頭を抱えた。
「うろ覚えにも程がある!」
魔王は大声で言い、地団駄を踏んだ。己の記憶力に嫌気がさしたのだ。
魔王は時計を見た。はて、わしは何時からこうして考えていたのだろう。たぶん一分ぐらい前だろう。ということはあと二分ぐらいだろうか。
気持ちは焦る。だが、頭はまるで動いていない。
「三分後に何があるのだろう………うーむ」
魔王は3分でできることを考えてみた。
勇者を倒す………は、流石に難しい。奴らはしぶといのだ。
人を甚振る………は、そんな短時間では面白くない。
風呂に入る………は、無理だ。わしは長風呂が好きだ。
仮眠をとる………は、寝た内に入らん。
妻を愛でる………は、妻がいないから無理じゃった………
友達と話す………は、友もいないから無理じゃった………
食事をする………は、できなくはないな。
魔王はテーブルの上を見た。
テーブルの上には食べかけのパイが残っていた!
ハッとして魔王は自分の口元を触る。
パリッとしたパイ生地の欠片がついていた。
「そうか!わしはパイを食べていたんじゃった!」
魔王は椅子に座り、パイの皿を目の前に引き寄せた。
「うんうん、思い出してきたぞ。さっきまでこのパイを食べていたのだ。これはわしの好物だからな」
魔王がパイを食べようと皿から持ち上げると、お皿の上に紙切れが乗っているのが見えた。
「うん?なんじゃ?」
それはメモ用紙程度の大きさの紙で、赤黒いインクで文字が書かれている。
『親愛なる魔王へ。君がこの手紙を読んでいるということは、パイを食べてくれたようだね。この前捕まえた君の部下が君の好物を教えてくれたよ。さて、時間がないので手短に説明しよう。君はこの手紙を読み終わると、パイを皿に戻して一連の記憶を無くす。時間は三分間。君はパイが腐り切るまでずっとこの三分を繰り返すことになる。これはそういう呪いなんだ。それじゃあ、三分間の迷宮へ行ってらっしゃい』
魔王はパイを皿に戻して椅子から立ち上がった。
魔王は三分以内にやらなければならないことがあった。
…………あれ、何をするんだっけ?
その時、部屋のドアがノックされた。
「魔王様、新しいパイをお持ちしました」
どこかで聞き覚えのある声がドア越しにそう告げた。
完
三分間の迷宮 浅川さん @asakawa3
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