ド・リーム

無頼 チャイ

やらなければならないことがある

 丸山 半蔵には、三分以内にやらなければならないことがあった。


「何も聞かず、10万貸して欲しい」


 目を瞑り、垂れる頭。それ見る男はこう言った。


「無理です。理由も聞かずにそんな大金出すわけ無いでしょう」


 言われた頭が、ゆっくりと震えながら起き上がり、無精髭がよく似合う、顔が現れた。


「理由なんて聞かず、晴天のように澄んだ瞳のあんたにお願いがある」

「今の時代に目の澄んだ成人はいません。疲れ目ですよこれは。夢でも見てるのか」

「十万。ナイ。コマル。貸して」

「嫌です。言葉が通じてないんじゃない。目を覚ませ。10万を理由なく渡す訳がないって話です」


 押せばひかれて。頼めばフラれる。

 駄目な大人の通例みたいな、夢想展開が起きていた。

 しかし、丸山には三分以内にやらなければならないことがある。


「……理由を言えば、貸してくれるか」

「絶対ではないです。けど、理由によってはね」

「そうか……」


 時計の音がうるさかった。一度深呼吸すると、丸山は語りだした。


「実は、娘が病気で、手術にあと十万必要なんだ。手術を頼む先生がな、あと三分以内に返事くれないと、海外の病院に戻らないとならねぇんだ。すまん、だから頼む」


 苦虫を噛み潰したような表情の丸山。気温が急上昇したように、浅く早く呼吸を繰り返していている。それを、胸を押さえて制そうとしていた。


「……十万円あれば、娘さんの手術に間に合うんですか?」

「! ああ!」


 飛び起きそうな声で返事をした丸山に、男はハァと、根負けしたような表情と声で、財布を懐から取り出した。


「良いですか、これは、娘さんのためです。あなたのためではありませんよ」

「分かってる。本当にすまねぇ。……にしても、こんな大金懐にしまってるのか。いつも」

「何かあった時のためですよ」


 むしろ無くした時のリスクが大きいんじゃないか、と疑問に思ったが、親切にくれたのだし下手な文句は言わないでおこう。


「ところで、時間は間に合いますか?」

「あ? え〜と……、やべ! あと1分しかねぇ! 今連絡してもとっくにお医者は空港かも」

「ハァ、仕方ない。これで飛行機に乗れば良いですよ」

「こんな大金、本当に良いのかよ!」

「娘さんのためを思うなら、致し方ありません。早く行きなさい」

「こんな大金、今働いてる会社でももらったことねぇ! イヤッホー! 大切に打たせ……使わせて貰うからな」


「ところで」


 男は顔を澄まし、時計を指差しながら、この世の不解説な疑問を尋ねるように、丸山に問うた。


「あの時計、今何時でしょう? とてもうるさいのですが」

「えっと、あの時計は……9時だと!? 会社に遅れちまった! あぁ、せっかくパチンコの金を手に入れたのに!」


 〜〜〜


「うおっ!? あ、は! 夢!?」


 丸山 半蔵はベッドから飛び起きた。ベッドの周りには空いた酒瓶とパチンコ攻略の雑誌が乱雑に置いてあった。


「何だよ、夢なのかよ……嘘つくのは心苦しかったけど、あんなに大金あれば当たりだって何回も……そういえば時間、ゲッ!?」


 時計の短針と長針が、あとちょっとで合わさりそうになってるのを見て、ベッドから転げ落ちた丸山は慌ててスーツに腕を通し始めた。


 丸山 半蔵には三分以内にやらなければならないことが、たくさんあった。

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