豚汁三分勝負

山田とり

PTAじゃなくって、ほらあれ

 母には三分以内にやらなければならないことがあった。クッキングだ。いやぶっちゃけ三分もかけたくない。料理などなんぼ時短してもかまわないと思う。どうせ自分も夫も子どもたちも味オンチ。なんならその辺の草を食っていてもいいが彼らはS県民ではないので仕方なく人間の食べ物をこしらえる。だが出来るなら時間も手間も食費も限界まで削ってみたいというある種の向上心と好奇心が抑えきれない。

 完全に方向性を間違えているのは承知だが水を入れた鍋を火にかけると脳内に音楽が鳴り始めた。

 タラタッタンタッタンタン。

 いつもながら軽やか。わずかな髪がクルンと立ち背中には愛らしい羽を持つ裸ん坊が踊る幻が見える。RTA開始。

「本日のメニューは豚汁です」

 つぶやく声まで省エネモードで作業開始するが実はやる事はほぼない。カット済み冷凍根菜『豚汁ミックス』と『豚コマ肉』を突っ込んで煮るだけだ。勝ちは見えている。先に無洗米を水にひたす隙すらあった。三十分後に炊飯スイッチを押すのと豚汁に出汁粉と味噌と胡麻油を加え仕上げるのは三分の範囲外として自分に許している。

 そのうちに脳内再生中のTV版オープニングが終わりかけるがあれは四十三秒なのでまだ時間は余裕だ。脳内リミックスを二分三十秒フルバージョンに切り替える。

「一分経過」

 シミュレーションは何度も繰り返した。計画は完璧なはず。だが何かがおかしい。ズレが生じていた。鍋の様子を確認しながらコマ肉の入れ時を計るが湯の沸きが悪い。何故。先行投入の冷凍根菜はとうに解凍し常温だったのに。

「……ッ! あの寒の戻りか!」

 水だ。冬並みの気温により地中の水道管が冷やされたのだ。単純なミス。鍋の水も汲み置いて室温にするべきだった。

「二分……経過ッ」

 豚コマを追加。だがこれではアクが浮くのを待つことができない。今回のミッションは失敗だ。

「負けたな……」

 家事も勝負にするといくらか楽しめる。が、負けるのは悔しい。

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豚汁三分勝負 山田とり @yamadatori

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