第3話

「ここは……」

 目を空けてみたが、眼前には何もなかった。完全な暗闇。光源らしきものがどこにも存在しない。

「お目覚めですか。警部」

「佐藤、佐藤か。近くにいるのか」

 佐藤の声がすることはわかるのだが、声がどこから聞こえてくるのかまるでわからない。まるで頭の中で佐藤の声が響いているようだ。

「僕たちは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに破壊されてしまったんですよ、警部」

「すまない佐藤、お前がどこにいるのか、何を言っているのか、まったく理解できないんだ」

「僕はバッファローの群れに破壊されたときに、バッファローの群れに纏わる全てを理解しました。お望みであれば、警部がどうなってしまったのか、これからどうなるのか。全てを話します」

 何を言っているのか、まったく理解できない。

「頼む」

「まず、前提条件として理解していただきたいのは、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、文字通り“全て”を破壊するということです」

「つまり、どういうことだ」

「バッファローの群れによる破壊は、地球上に、いや、おそらく全宇宙まで含めた全てに対して行われました。そして、その破壊は物質に対してのみならず、概念に対しても行われたのです。警部は、僕たちが捜査を行っていた殺人事件の被害者について、覚えていますか?」

「いや、正直、名前すら覚えていない」

「そう、わからないのです。ぼくも彼もしくは彼女が誰だったのか、まったく覚えていません。と言うよりも、殺人事件も、その被害者も、最初から存在しなかったのです」

「存在しなかった?」

「存在しないことになった、と言ったほうが正しいでしょうか。おそらく、その被害者は、バッファローの群れに完全に破壊されたのです。そして、被害者の存在自体がなかったことになった。ただ、殺人が行われたと言う事実の痕跡が、あの空欄だらけの資料として残った、と言うことなのでしょう。こうして殺人事件は、被害者の破壊によって幕を閉じた。見方を変えれば、これも完全犯罪と言えるでしょう。何せ被害者がこの世界から消滅したのですから。とは言え、いまはもう、僕たちが担当していた殺人事件そのものが、バッファローによって破壊され、消滅してしまったのでしょうが」

「佐藤、巧く説明できないんだが、なんだか矛盾していないか、その理屈は」

「そうです。矛盾しているのです」間髪入れずに、佐藤は答えた。

「警部、バッファローの破壊は非常に多くの矛盾を産み出しました。例えば被害者が消滅してしまったら、殺人事件自体がなかったことになるでしょう。存在の破壊は因果の破壊を引き起こします。結果がなくなれば原因も存在しないはず。ですが警部、バッファローの群れは、その矛盾の根本的な原因である、因果をもたらすものすらも破壊してしまったのです――それは、時間です」

「時間?」

「そう、バッファローの群れが万物を破壊する過程で、時間は破壊されました。考えてみてください。バッファローの群れは僕と警部のことも破壊したはずです。なのにいま、こうして僕たちは対話しています。それは、時間が破壊されたことに起因しているのです。時間が破壊されたことで、僕たちが破壊される前と、破壊された後の区別は消滅しました。なので、今の僕たちは、破壊されている状態と、破壊されていない状態が重なり合っている状態にある訳です。まぁ、走馬灯のようなもの、と言えるでしょうか」

 そんな訳はなくないか?


「僕の説明もいよいよ佳境です。僕たちは破壊され、万物は破壊されました。そして、僕たちを破壊した“全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ”はどうなったのか。実は、奴らもまた消滅したのです。何によってか。自身の手によってです。なぜなら、“全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ”の“全て”の中には、“全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ”が含まれているからです」

 そうなの?

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、まるで自分の尾を飲むウロボロスのように、自身を破壊する運命にあったのです。なので、全てが破壊された後には何も残りません。時間も空間もない、完全なる無。何もないがある状態、それがいま、ここなのです」

「佐藤、ひとつ質問いいか」

「何でしょう」

「いま、ここには何もないんだろう。じゃあ俺たちは一体何なんだ」

「わかりません」

「は?」

「僕たちには自分たちが何なのか、証明する術がありません。そうですね、殺人事件を追いかける警部と刑事……便宜上、自分たちをそんな存在だと思い込むってのはどうでしょう」

「元々そうじゃなかったか?」

「そうでしたっけ?」

 俺は考えるのを止めた。

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全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ殺人事件 @mish1ro

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