持続可能なサンタについての考察

さい

持続可能なサンタについての考察

「サンタになるために必要な条件って何だと思う」


 彼女は真剣な表情でそう言った。

 雪の降らないこの地方でも、十二月ともなれば冬らしい寒さになる。まだ日差しの残るこの時間なら西日の差す教室の中は温かい。私はペンを一度回した。


「条件って……やっぱ財力とか?」


 私は学級日誌に視線を戻す。今日は体育の授業でサッカーをやって夢スコで勝ちました。あれ、先生に夢スコ通じるかな。わかるか。


「いやサンタって一年かけて自社工場でおもちゃ作ってんだから、財力はこの際いらんくね!?」


 私は視線だけで彼女を見た。

 そう来たか。いやでも自社工場でプレステ作ってたりしたらヤバいだろ。つかそれってパチモンじゃん、犯罪行為じゃん。


「って言うかそれ、どういう設定なの。自社工場でおもちゃ作ってるサンタだったら、ソリでトナカイと空飛んで煙突から入る系だから、条件うんぬんじゃないでしょ」


 彼女は両腕を組んで妙に困った風な顔で「っあー、それなー」とか言ってる。いや一体どういう着地点に行きたいんだ。


 彼女は眉根を寄せたまま、まるで諦めたように小さく息をついた。私はペンを置く。何か目的があるのかな。

「見た目だけならドンキで買えば」

 見に行く? と顔を伺うと、彼女は小さく首を振った。それからちょっとだけ拗ねたように唇を尖らせた。


「サンタってさ、結局親じゃん? わかった後でもクリスマスに欲しいおもちゃ買ってもらう言い訳にさせていただいてたわけだけど。でも世の子どもには、いつの間にかそうなっちゃう。アレってさ、サンタが荒唐無稽だからだと思うんだよね」

「まぁ、トナカイで空飛んでる時点でそうだね」

 彼女はそれよって感じに私を指さした。


「でもさ、サンタって概念自体はとてもこう……残すべきもんじゃん。悪い子に罰が当たるより、いい子にサンタが来る方が、教育上絶対いい」

 それは確かに。

 飴と鞭の飴の部分だとは思うから、飴だけでイケるかって言われたらちょっとわからないけど。


 彼女は盛大に体を折って「なんでソリ飛ばしたかなぁー」と心底残念そうに言った。そんなこと真面目に考えてんのかこの子は。


「だから持続可能な目的としてのね、サンタ像を考えるべきかなと」


 それでサンタに必要な条件か。

「そしたらやっぱ財力じゃん」

 富豪なら世界中の子どもたちにおもちゃ配っても何とかなる。

「財力だけだと逆に嘘くさいじゃーん。自社工場持ちで北欧に住んでて恰幅のいいおじいちゃん辺りで止めておいたら、あり得る感じしない?」

「そしたら有名メーカーのおもちゃ来た時点でアウトだけど」

「そういう時はアレよ、親が代行した的な」

「結局夢も希望も無いんじゃん」

 がっくりと肩を落とす彼女を苦笑して見守る。ホント面白い事考えてんな。他人事のようにそう思ってから、ふと気づいた。


 ……あれ? 今自分、夢も希望も無いって言った?


 私にだってサンタが来てたのは小学生の頃までだ。クリスマスの朝に枕元に何かが置いてあったのはサンタが来ていた証拠。親が置いてるとは思っていたけど、現場を押さえる事はできなかった。だからサンタは居たんだ。


 代行だとしても、あれはサンタだったな。朝起きた時にプレゼントを見つけた時の高揚感。そこに夢も希望も無かったんだろうか。私は日誌を書き終えて閉じた。


「……そう言えば小さい頃、北欧のサンタに手紙もらった事ある」

 彼女は勢いよく顔を上げて「うそっ!」と言った。


 どこかの何かのそういうサービスを利用しただけだった。お金払って申し込むと自分宛のサンタからの手紙が届くのだ。妙に海外っぽいクリスマス柄の便箋で、もちろん直筆じゃないプリントだし日本語だ。でもそれを大事に取っておいてた。


 信じていたからじゃない。

 信じなくなっても、ずっと捨てられなかった。


「わかんないけどさ、サンタって外国人じゃん? あの異国感がすげーイイんだよね。憧れる感じある。空飛ぶトナカイがあり得ないから小さいうちに無いものにしちゃうんだとしても、そういう感じって消せなくない?」


 飾り立てられたツリーを見れば心が躍る。雪の降らない土地に住んでいても『ホワイトクリスマス』は特別な言葉だ。クリスマスソングの鈴の音、あれって日本人の生活のどこにも存在しないのに、めちゃくちゃ冬の音として刷り込まれてる。


 彼女はちょっとだけ考えるように視線を天井に向け、それからゆっくりと頷いて「それはわかる」と言った。


「だからたぶん、サンタってのは遺伝子に刻まれちゃうタイプの存在なんだよ。サンタなんか居ないって言っても、不在の証明って難しいしね」

「なるほど、否定してもしきれない刷り込まれたサンタイメージ。十分に持続可能ってヤツか……」


 私はペンケースをしまって、バッグと日誌を重ねて置いた。

「それで、今日どうすんの?」

 彼女はチラッと私を見て、ニヤリと笑った。


「持続可能サンタを次世代の子どもたちに残すために、クリスマス限定ドーナツ食べに行こうぜ」

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持続可能なサンタについての考察 さい @saimoon

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