試験対策は念入りに

空草 うつを

試験

 紘奈ひろなの部屋に入るのは、小学4年の正月ぶりだろうか。ひたすらトランプのスピードをしまくり、結果は50勝50敗。

 結局勝ち負けがつかず、ならば正月明けの小テストで決着をつけようと言い出してから、俺と紘奈のテスト対決の壮大なる歴史が始まったのだった。

 あれから5年。高校2年になった俺達はいまだにテストの点数で競い合っている。その甲斐あってか、今では学年で1、2を争う仲になった。

 いつもはテスト前は個別で勉強をするのだが、何故か今回は紘奈から合同勉強会を開催しようと持ちかけてきた。


「粗茶ですが」


 自室につくなり、紘奈は先ほど自動販売機で買ったばかりの、わ〜おお茶のペットボトルをふたつテーブルに置いた。


「で、何。合同勉強会なんて開いて。まさか俺の勉強法を盗んで出し抜こうとしてるんじゃないだろうな」

「失礼な。私はそんなことしなくても将希まさきに負けませんから」


 確かに、前回は数学IIと物理と化学では紘奈に買ったが、他の教科では圧倒されて総合得点で負けてしまった。


「前回のしくじりを繰り返さないために、今回は将希と協力関係を結ぼうと思って」

「しくじり? なんかあったか?」

「これよ、これ」


 そう言って紘奈が見せてきたのは、前回の日本史のテストだった。95点という高得点に不満気な顔をしている。それを見て思い出した。


「あ、問5の3」

「そう。『皇朝十二銭のうち、最初に発行されたのは和同開珎だが、796年に発行された銅銭の名前を漢字で答えよ』。知るわけないじゃない、そんなの」


 紘奈はぶすっと口を尖らせていた。俺自身も教科書に載っていた記憶がなく、適当に書いた覚えがある。もちろんはずれたのだが。


「テストが終わった後、どこに書いてあったか死に物狂いで探したの。そしたら、資料集の端っこにある豆知識ってところにちぃーっちゃく書いてあって」

「そりゃあ、見落とすな」

「そこで思ったわけ。今回のテスト、勝負すべきは将希じゃない。テストを出題する先生達だって」


 今思えば、スピードで勝負しようと言ってきたのも、テストの点数を競おうと言い出したのも全部紘奈からだった。もしかしたら彼女は、何かと戦わずにはいられない戦闘狂なのかもしれない。


「これは警告よ。いつまでも学年トップの座に居続けられると思うな、その慢心が命取りだ、気を引き締めろっていう」

「いや、ただ俺達が資料集の細部までちゃんと見てるか試すためだったんだと思うけど」

「だから今回は、先生達がテストに出しそうなものを片っ端から探して、いざという時のための対策をしようと思って。でもこういうのって、ひとりで探しても見落としがあるし、将希にも資料集からもでる可能性があるって言っておかないとフェアじゃない気がして」

「それはどうも」

「でね、今日は因縁の日本史のテスト対策を分担しようと思って色々持ってきたんだけど」


 紘奈は、歴史の教科書と資料集、更には図書室で借りたであろう本が山ほどテーブルに積まれた。


「待って、これ全部読むつもりなのか?」

「もちろん。図書室だって学校の一部、出題されることだって大いにあり得る」

「伝記はわかる。けど『平安貴族の優雅な一日』とか『平安風映えるスイーツ辞典』とか『平安時代ファッション遍歴』なんて読む必要ある? それとこれなんか鎌倉の旅行雑誌じゃん」

「『平安時代、貴族達の一日の過ごし方を円グラフを用いて答えよ』なんて問題でたらどうするの? 『十二単の構成を答えよ』とか『次の写真のうち平安時代に食べられていたお菓子を全て選べ』とか『地図に示された場所には鎌倉時代に建造された歴史的建造物があるが、その名を答えよ』とか答えられる?」


 どうやら紘奈はやる気らしい。こんなことを全科目していたら勉強が捗らない。ほぼ無駄足だ。


「十二単の構成とか、国語の便覧じゃあるまいし日本史のテストには出ないよ」


 そう言うと、紘奈は口をぽかんと開けて固まってしまった。


「国語便覧……やっぱり将希と勉強会して良かった! 国語の便覧も読んでおかないと。助かった、危うく見逃すところだった」


 言うんじゃなかったと後悔してももう遅い。国語の便覧も追加されてしまった。

 今日一日で全ての本に目を通すことなどできっこない。スイーツ辞典を流しながら読んでいると、隣で紘奈が目を皿のようにして猛スピードでページをめくり続けていた。


「ひ、紘奈? それ読めてる?」

「こういうこともあろうかと、速読術を身につけたの。あ、将希にも教えてあげるよ。勝負事はなんでもフェアじゃないと、勝っても罪悪感が残るからね。でも今は、協力相手が私と同等のレベルに行ってくれてないと足手まといになるから」

「それはどうも」


 こうして日暮れを迎えるまで俺は紘奈から速読術を教えこまれた。紘奈の教え方が良かったのか、紘奈ほどではないが俺も少しだけ速く読むことができるようになった。


「いやー、ためになった」

「速読術をマスターすれば、どんなに長い小説も読み切ることができるんだから」


 紘奈は誇らしげに胸を張った。


「確かに。これだけの本も一日で全部読めるかもな」

「あ! 図書室から借りてきた本、ぜんぜん読めてないじゃない!」

「最後の方、速読術講座ばっかりだったから」

「将希の世話を焼いてる場合じゃないのに! やっぱり私ひとりで勉強する!」

「え、それフェアじゃなくない?」

「速読術は教えてあげたんだから、あとはひとりでなんとかして!」


 飲みかけの『わ〜おお茶』を握らされ、半ば追い出される形で、俺は紘奈の家を出た。

 俺はその後、資料集の隅から隅まで、紘奈から教わった速読術を駆使して試験対策をした。


 試験当日、日本史の試験にはだが、資料集から出題された問題があったが、案の定『平安風映えるスイーツ辞典』からの問題は一問も出されることはなかった。



おわり

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