【KAC20241】パパ上様日記 〜あの頃も今も息子は可愛――ん? 可愛いか?

ともはっと

犯人は、きっと。ええ、答えはあなたの心の中に。

 息子には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは、いま目の前で激怒する母親への謝罪だ。

 目に入れたらきっと痛いでは済まないし物理的に入らないであろうくらいには大きくなった年少の我が息子は、実の母親からとにかくすごい勢いで怒られている。



 最初はとても些細なことであった。

 だが、そこから芋づる式に溢れていく悪戯にも近しい危ない行為は、母を怒らすには十分だった。

 小さい子が危ないことすれば、叱って教えてあげるのが親だ。最初は優しく語り掛けてもいいが、それが度を越したり何度も繰り返せば、叱るにレベルアップだ。


 仁王立ちの母の前に、息子も直立不動で立たされている。デフォルメの可愛らしい動物の描かれた寝間着姿の息子が直立不動でただただ怒られて泣いているのは、流石に第三者的に近くでじっと見ているのもクるものがあるのだが、流石に私も間に入ることはできない。さすがに今ではないことくらい私にもわかる。私は空気が読めるのだだって、絶対俺も一緒に怒られるもん

 だから素直に怒られている息子を見て、「可愛いな」なんて思うことくらいしかできない。



 ああ、はっきり言おう。

 私は親バカだ。



 さて、そんな私ではあるが、そんなお叱りを受けている息子とものごっつ怒っている妻の手前、動くのもちょっと憚れている。よりにもよって寒い真冬の風呂あがり。妻が寝間着を持ってきてくれるはずなのにこんな「とにかくバトルだっ!」みたいな説教と言う名の戦いが始まったものだから風呂場に寝間着がなくて裸でリビングへと辿り着いたところである。



 さあ、もう妻のお叱りは終わりを告げている。

 後は息子が謝るだけだ。

 その謝りまでのインターバルに妻は目の前の息子の前に仁王立ちだ。



 妻の怒声と真剣な息子の前を横切って服も取りに行って着るのもなんだかなぁっと、思っていたところである。




 まもなく三分。

 さあ、息子よ。怒られたらどうする? なんていう? 

 そう、そうだ。ただ謝るだけだ。

 さあ、勇気をだして。言うのだ。




「ぷぅ」




 そんな音が、リビングに、言葉のように響く。

 なんだ今の音は。そしてなんだこの香しい匂いは。

 どこからだ。どこから匂う。

 くっ。目に染みる。なんだこれ、なんの匂いだ。この世のすべての汚物を凝縮したようなクソみたいなこの匂い。


 まさか、まさか……。これは、






         屁、か?





 いや待て。落ち着こう。こんな緊迫とした状況で、屁なんてありえない。しかもすべての汚物を凝縮したようなクソみたいな屁なんて。

 いや、それよりも。私はなんて汚い言葉を使ってしまったんだ。言い直そう。





    すべての汚物様を凝縮したような、

      おクソみたいな、お放屁、か?




 くっ。息を吸うのもつらい。なんだこれ、何食ったらこんな匂いが。

 意識が、くそ、意識が薄れていく。

 寒い。体がどんどんと熱を奪われていく。まるでこの匂いに体温を奪われているようだ……。



 ――違う。

 体温を奪われているのは、極寒の中私がマッパだからだ。


 はっと意識を失いかけた私は、ぺちんぺちんと左右の股に一撃与えて目を覚ます。ナニで一撃与えたかは秘密だ。


 しかし、こいつは大変だ。匂いだけで持っていかれるなんて思わなかった。

 誰がこんな非道なことをしたのかと思いつつ、大丈夫なのかと息子と妻を見る。


 妻はいまだ動くこともなく仁王立ちだ。まさか気絶しているわけではあるまいな。


 息子は、この匂いが鼻に到達したのか、すぐさま鼻に手をあてた。だけども目の前には妻がいる。


 そう。



       怒りの形相の妻だ。




 すぐに息子ははっと我にかえって鼻をつまんだ手を下ろす。だけども匂いに負けて鼻をつまむ。だけど母が怒っている。鼻が。母が。鼻が、鼻が、母が、母が。


 てか、なんでこんなに重いんだよ。どれだけ滞在されていやがるのかしら、このお放屁様は。


 もう、どうしていいのか分からない息子の手の動き。いまはもう、怒られていることに真剣に聞かなきゃいけないと思うが、匂いにやられて怒られていることへの涙ではなく、匂いに耐えられなくて涙をぽろぽろと流しているではないか。

 拷問である。


「なにかいうことないの!」


 そんな拷問の中。トドメの一言が妻から発せられた。よかった。この匂いの中、妻はまだ生きていたようだ。


 びくっと、息子はその怒りをぶつけられ、涙を流し息も絶え絶えに「くちゃい……ぅぅ、けふっ、くちゃい……」とうわごとのように呟きながらも妻を見る。




 そして、決壊した。

 お叱りに、誠意をもって、息子は、答えた。






「いま、ぼくは、おこられているのはわかっているけど、いまこのときがもうすぎればいいなっておもってる」

















「それが、今怒ってるお母さんにいうことなのっ!」




 妻の怒りあいが、再度、溢れ出た。






 いや、それもそうだけど。

 お前が俺達に何か言うことあるだろう……?


















 我が家は、今日も。


 平和だ。

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