エスリリスの憂鬱

蒼井シフト

エスリリスの憂鬱

 エスリリスには三分以内にやらなければならないことがあった。

 多数ある。タスクリストには、発生順に98個が並んでいる。


 大部分は人間からのリクエスト。

 最優先の戦闘行為は発生していないため、基本は発生順に対応することになる。


 単純なタスク(格納庫の開け閉めなど)は、数秒以内での対応が求められる。

 問合せには、経験上、三分以内に回答すべきである。それ以上かかると、待ちきれなくなった人間が、余計なことを言いだして、更に無駄な処理が発生するからだ。


「俺の鎧はどこだっけ?」「格納庫D76です」

「次の当直リーダーは誰?」「ユジンです」

「私ちょっと太ったと思う?」「太りました。5日平均で先月末から+0.8㎏です」


 センサーから警告。これは直ちに確認する。

 乗組員0004が、また、うめき声をあげている。

 最近、頭を悩ませている現象だった。


 乗組員の不調は、機能低下や感染病の危険だけでなく、敵の侵入や空気漏れなどの可能性がある。そのため、艦を制御する私に警告が来る。

 初めてこの現象に遭遇した時、0004本人に照会したが、「問題ない」「他の人には言うな」という指示を受けた。

 しかし、その後も同じような現象が続いている。


 人間に詳しいカーレンに聞いてみた。

「データベースにも該当情報がないのです」

「うめき声? 動画送ってくれる?」

 監視映像を切り出して送る。プライバシーは気にしない。人間は数ある監視対象の一つに過ぎない。


「これは放置しなさい」と言われた。

 不安は消えない。しかも、個体T0001-が一緒にいる時だけ発生するのも謎だ。


 1000マイクロ秒ほど考えていると、0002から緊急呼び出しがあった。この乗組員は、情報システムへの高度な権限を持っている。

「何事ですか?」

「緊急事態よ! 紙を持ってきて!」


 ブチッ。

 脳の血管が切れそうになった。機械知性体(MI)なのでどちらも持っていないが。

 私の処理時間を、こんなことに浪費するな!

 主砲を撃ち込みたくなるが、仰角の関係で攻撃範囲内にない。

 僚艦のようにミサイルがあったらいいのに。


 近くの乗組員を探す。人間への命令権は無いので、紙を持って行くように「お願い」するのが癪に障る。

 0002が困っている、というと、快く承諾してくれた。0002は人徳があるらしい。解せない。


 再びセンサーから警告があった。先刻のMIに、もう一度、呼びかける。

「見てください、これは危険な状態では?」

 カーレンは、100万マイクロ秒(1秒)という、MIにとって永遠にも等しい時間をかけて、じっくりと動画を見た。

「ふぅ。これも放置ね」

「しかし。0004は痙攣してます」

「戦闘艦のあなたには理解しがたいでしょうが、これは問題ないの。

 首を突っ込まない方がいい」



 三分が40回以上過ぎ去った後。外部から通信が入った。

 伝言の要請があったため、個体T0001-を呼び出す。

「軍団長から!? すぐに読んで返信する、と伝えてください」

 それから、T0001-は私のアバターを見た。

「どうしてエスリリスは、いつも機嫌が悪いの?」

「これが通常です」

 あなたたちが、トロい上に不可解だからでしょうが!

 私の内心の毒舌は、ビシバシと処理されていくタスクの波に飲み込まれていく。



♡*♡*♡*♡*♡*♡*♡*♡*♡



「痛覚抑制しちゃだめなのか?」

「ダメです。力の入れ過ぎで痛めてはいけないですから。

 ちゃんと感じてください」

 足つぼを押した。

「あああああ!」

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エスリリスの憂鬱 蒼井シフト @jiantailang

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