どうして殺すに至ったのか
「さて、そうと決まればさっさと動くか」
夕暮れの教室で、ピクリとも動かない
「うん!邪魔だし、早く隠そう!」
オブラートを忘れた言葉がストレートに大地に突き刺さるが相手は死人、ダメージはゼロだ。
「じゃあ俺が上を持つから、
「分かったよ、
腕捲りをして、少しだけ体をほぐしてから大地の脇に腕を通す。
颯太も足を持ったのを見て足に力を入れた。
「…せーのっ!」
ダランと脱力した大地の体が僅かに宙に浮く。
「お、重っ、足、あしがプルプルするっ」
「が、頑張れ、颯太。ゆっくり、ゆっくり降ろすんだ」
マンガよりも重い物を持った事がない非力な2人で教室の端、颯太が告白する
「はぁ、文系の俺等には運動系の奴を運ぶのはキツいな」
たった数メートルの距離でも汗が滲んだ額を拭う。こんな時に運動するべきだったなぁ。とか意味の無い事を考えてしまう。
「快斗、誰でも死体を運ぶのはキツいと思うよ。クソ重いから」
「そうか。そんなもんだよな」
とかなんとか会話をしているが手は止めていない。
今は教室にあった机を運んで大地の周囲を囲むように置いている。
「机の上に椅子を乗っければいいんだよね?」
「ああ、兎に角見えないように、だ!」
教室に落ちる影が机や椅子の影を濃くしてくれる。間近で見たらバレバレだろうが、遠目からなら影と同化して分かりにくいだろう。
「ハァハァ、疲れた…!」
このままだと下から普通に見えるので更に倒した机を前に並べ、さながらバリケードのようにする。
「頑張れ颯太。東里に告るんだろ!」
疲れで動きを止めた颯太に声を掛けて、残りの時間を全力で消費する。
「もちろん!殺しをしたくらいで諦めたりしないよ!」
こんな雑、うん。雑な隠し方普通なら気が付かれるだろう。
だが、今日は人生における一大イベントの1つ!
告白イベントだ。
東里だって颯太からの連絡でそれを察しているはずだ。実際、今日の東里は授業中にも関わらずソワソワして、たまにソワソワしている颯太をチラチラ見ていた事を後ろの席の俺は知っている。
積み上げた机や椅子のバリケードを前にして俺は鞄を持つと、颯太に話し掛けた。
「よし。取り敢えずやれる事はやった。颯太、分かってるな」
「うん…。結唯をあのバリケードに近付かせないようにする…!」
途切れ途切れだが、はっきりとした返事に笑みを浮かべてなるべく明るく言う。
「よろしくな。告白、頑張れよ。服はちゃんと整えておけ」
「…あっ!」
さっきまでの疲れきった表情が慌てた顔に変わった。
たぶん乱れたシャツを慌てて直しているんだろうな。と廊下を歩きながら思う。
◆◆◆
『お前が告白したって意味はない』
それは東里の告白へのカウントダウンが迫り、緊張している颯太を落ち着かせようとしていた時だった。
『結唯は俺と付き合うんだからな』
いつの間にか教室に入って来ていた大地は自信満々な笑顔を浮かべて颯太に言った。
『…そんなの、分からないじゃないか』
睨み付けて声を絞り出した颯太と余裕の笑みの大地。
俺からすれば東里の心は颯太に傾いていると思う。颯太と話している時の東里の顔は恋愛的赤子の俺でも分かる恋する乙女の表情をしていた。
『負けを認められないとは、哀れだな』
ちなみに大地と話している時の表情はクラスメイト以上の感情は無い。
『告白もしてないのに決めつけるな』
圧倒的に負けているのは大地なのだが、ここまで自信があるのは理由がある。
大地は顔立ちは悪くない。なんならイケメンの部類だ。しかも文武両道で見るからに美味そうなお弁当を自分で作って食べている完璧ボーイ。
『ッハ、分かるさ結唯の顔を見ればな』
実際にクラスの女子人気は高い。
男子人気は最低だが。
こいつ、自分が出来る奴だと解っているのだ。クラスメイトの男子全員を若干見下している節がチラチラある。
今みたくあからさまに見下しているのは初めて見たが、これが大地の本性なのかもしれない。
大地と颯太の間に火花が散っているように感じる。
『…大地、お前他にも付き合っている人がいるだろう』
見かねた俺は大地に話し掛けた。
『…お前は、いや、それがどうした?』
『は?』
その言葉に声を発したのは、俺だったのか颯太だったのか。
『誰か1人としか付き合わなきゃいけないなんて俺には当てはまらないな』
確か、クラスメイトの
『俺は寛容で包容力があるらしい』
精々どちらかと付き合っている程度だと思っていた。
『杏やかぐやによく言われるんだ』
そんな次元ではなかった。
『……ざけるな』
あまりのイカれ具合に言葉を失った俺とは対照的に颯太は拳を握りしめて、怒りを瞳に宿していた。
『ふざけるなよ!そんなイカれた奴らと結唯を一緒にするな!!』
『そっちこそ俺の結唯を苦しめるのは止めてもらおうか』
『苦しめているのは大地!お前だろぉぉ!』
口論はヒートアップしていき、颯太の一言で大地は颯太に近寄る。
『…陰キャの癖にふざけた事を言うなよ!』
まるで癇癪を起こした子供のようだ。
『ウワッ!?』
突き飛ばされた颯太が倒れていくのがスローモーションに見えながら、思った。
『大地!何するんだ!』
倒れた颯太に駆け寄り、大地に抗議する。
『結唯を害するヤツだ。コイツが結唯が言っていたストーカーに違いない』
『それは東里に頼まれたのか?』
『いや?結唯が友人に相談しているのを偶然聞いただけだ』
『頼まれてないならそれは余計なおせっかいだろ』
大地との会話がこんなに難しいなんて知らなかった。会話出来ていない。根本的なナニカが違う。
『おせっかい?結唯が頼む前に解決してやろうと思っているだけだ』
『…反吐がでる』
『そうか。お前もあいつの仲間か!』
険悪感がグルグルと回る。
多分コイツ、俺の名前を覚えてないんだろうな。
とか、
ストーカーって大地なんじゃないか。
とか、
颯太の怪我は大したことなさそうだな。
とか、関係ない事が頭に過る。
現実逃避ってこんな時にしたくなるのか。
『結唯には俺がついている!お前らみたいな陰キャが手を出せると思うなよ!』
何も言わなくても好き勝手に話している大地に、コイツの本性に今までよく気が付かなかったな、と苦笑が漏れる。
『何笑っているんだ?』
トゲを感じる声に大地を見ると、あからさまにイラついている顔をして立っていた。
『笑ってごめん。あまりにも勘違いが酷くて逆におかしくなってきてな』
わかっているんだ。大地は結唯の心が誰を見ているのか。だから余裕がない。でも、今まで躓く事すら無かっただろう大地は高い高い標高のプライドの所為で認められない。諦められない。
『てめぇ…!バカにしているのか!』
『バカにしているのはそっちだろ』
本当に子供だな。
大地に掴み掛かられても思った俺は、きっと冷静なフリしているだけなんだろう。
『…!ふざけるなよ!!』
イケメンだった顔を醜く歪ませた大地が、拳を振り上げたのを見て、殴られるんだと理解した。
煽った時点でこうなるのは何処かで感じていた。だが、いざ想像通りの瞬間が来ても想像通りの行動は出来ないものだ。
スローモーションに見える大地の拳が俺に迫るのを、ただ身を固めて見ていた。
『う、あぁぁ!!』
だが、拳は俺に届かなかった。
『なっ!?』
颯太のタックルよろしくの体当たりによって大地は体制を崩し、バランスを取ろうとして。
『…離れろ!』
胸ぐらを掴まれていた俺も巻き込まれそうになったが、大地の腕を殴って離れた。
何時もなら、颯太の体当たり程度耐えられたんだろう。
何時もなら、バランスを立て直せたんだろう。
でも、今日の大地は普通じゃあなかった。
だから何も出来ず、上手くいかず、倒れた。
───ガン!!
不運にも、倒れた先にあった机の角に頭を強打して。
『…大地?』
絶対にヤバい音を響かせて大地はぐったりと倒れた。
『これ、ヤバいんじゃないか?』
こうして俺と颯太は口論の末に大地を殺した。
◆◆◆
誰もいない教室に入り、適当な席に座ってぼんやりしていたら思い出してしまった大地とのやり取りに頭を掻く。
「あーー!クソ、今でもイライラする。……他の事を考えよう」
今、この瞬間に考えるべき事といえば1つだけだ。
「颯太の告白は上手くいったかな…」
こんなに頑張って失敗したら、さすがに心のダメージでボロボロになる。
俺は、颯太がリア充入りする事に抵抗がないわけじゃない。
むしろありありで、颯太と東里がラブラブするかと思うと歯軋りが止まらないくらいだ。
だが、俺は知っている。
そんな妬みの感情を出したって、女子にはモテない。距離を取られるだけだ。それなら『自分何も気にしてません』って顔でクールに過ごして、心の中で血涙を流した方がいい。
そっちの方がモテる。と思う。
「颯太から連絡来ないな…」
告白の結果がどうであれ、颯太との関係に変わりはない。
友人の一大イベントの可否に想いを馳せて、俺は『Mヨミヨミ』というマンガサイトでミステリー系マンガを読んでいた。
人殺しをしてでも告白したい 小春凪なな @koharunagi72
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