人殺しをしてでも告白したい

小春凪なな

それは人生の一大イベント




 俺たちには3分以内でやらなければいけない事があった。


 5月としては少し暑さを感じる今日、九良高等学校の三階。


 文化祭等の道具がしまわれた教室の隣にある夕日に照らされた空き教室にいる


 さっき、部活の終了を告げるチャイムが校舎中に鳴り響き、部活や他の用事で残っていた生徒達は慌ただしく帰り支度を始めたのだがこの空き教室は静まりかえっていた。


「ど、どうしよう…快斗」


 俺は深川快斗ふかがわかいと。今年から高校生になったばかりのピチピチ一年生だ。


 隣に立つのは普段は穏やかな顔を不安気に歪めている友人の平田颯太ひらたそうた


「もう3分したら5時になっちゃう。…結唯が来ちゃうよ」


 今日は颯太が、同級生で小学校からの幼馴染の東里結唯とうりゆいという女子に告白という名の人生の一大イベントをしようとしていた。

 俺はその付き添い、というか颯太を落ち着かせる要員で一緒にいる。


 そして最後の1人、いや


「…本当どうするよ。死体なんて……」


 俺と颯太の目の前でピクリとも動かず、完全にイッちゃった目をしている同級生の大地新おおじあらた


「まさか突き飛ばした先にあった机の角に当たって死ぬとは」


 さっきまで緊張がマックスになっていた颯太を励ましていたのが懐かしい。


『こんなにロマンチックな教室で告白したら絶対に成功するって!』

『そうかなぁ。オッケーしてくれるかな…』

『東里との雰囲気も良い感じなんだろ?その上で夕日に照らされた教室で告白なんてしたら失敗する訳がない!』

『でも、良い感じって思っているのは僕の勘違いかもしれないし…』


 このやり取りが三回目くらいな事には目を瞑って颯太の背中を叩く。


『んな訳ないだろ!シャキッとしろ!そんな顔じゃ、成功するものも成功しないだろ?』

『う、うん。だよね。もう手紙送っちゃったし、引き返せないなら、告白するしかないよね……』


 手芸部に所属している東里の部活が終わって颯太が呼び出した5時に今いる空き教室に来るまでの時間、何回か逃げ出そうとした颯太を抑えて、緊張から腹痛になった颯太に胃薬をあげて、そうこうしている内に5時まで10分程になった。


『ほら、東里はすぐに来るぞ。いい加減覚悟を決めろ』

『うん、うん!頑張る。頑張るよ…好きだ。好きだ。付き合ってください。……よしっ!』


 手芸部は顧問の羽賀先生の意向で時間が長引いたりしない。


『ありがとう、快斗。僕だけだったらもう逃げていたよ』


 東里もしっかりした性格だから遅れる事はないだろう。


『気にすんな。頑張ってリア充になれよ』


 だから手芸部が終わって5時に必ず来るだろう。


 あと3分で迎える5時に。


「今日に限って何かで長引く、なんて、ないよなぁ」


 3分で死体をどうにかなんてムリだろ。


「大丈夫。ま、まだ死んだとは限っらないし、ね!!」


 俺の人生終わったわー、と回想が終わった俺は椅子に体を投げ出した。ただ、ひきつった顔をした颯太は一歩また一歩と大地の死体(仮)に近付く。


「お、大地?さ、触りますよー?いいですかー?」


 生きていたらまだ人生何とかなると思うから顔だけを颯太と倒れる大地に向ける。


 手を伸ばしてては引っ込めて中々触らない颯太。


 やはり死体(仮)に触るのは怖いのだろう。


「返事なんてどうせ返って来ないからさっさと触っちまえ」

「ええ?…じゃあ、失礼して………」


 なので投げ出した体を起こして颯太を促した。


「………どうだ?」


 固まったまま動かない颯太に待ちきれず訪ねると颯太は静かに大地の瞳を閉じて、


「ご愁傷様です」


 手を合わせた。


「…それ死んでるヤツじゃねぇか!!」

「仕方ないだろ!どう触っても死んでるんだから!」

「はぁ!?それは颯太の触り方が悪いんだろ!」

「なら快斗もやってみなよ!」


 たまらずツッコミをいれた俺にキレ返す颯太。売り言葉に買い言葉で俺も大地の死体(仮)の(仮)を触る。


「ど、どう?やっぱり死んでる?」


 自分で確認したくせに不安気に聞く颯太。その声を他所に脈を取ったり、心音を聞いてみたりする。


 そして大きく息を吐いた。


 俺は大地先輩の死体(仮)の(仮)の手を取ると胸に乗せて、


「…ご愁傷様です」


 手を合わせた。


「いやー、やっぱり死んでたわ」

「………」


 振り替えって言った俺を見た颯太は天を仰ぐ。


「おーい?」


 そのまま大地の死体(本物)からフラフラと離れると、床に置いた鞄を取り息を思いっきり吸って口に当てた。




「あんなのがあったら告白どころじゃねぇー!!」




 そして思いっきり叫んだ。


「クソッ!なんなんだよあのクソ野郎!急に乱入して『結唯のストーカーはお前か。結唯はオレが好きなんだ。邪魔するな陰キャ野郎』だとか言いやがって!」


「あー、颯太?」


「そもそも結唯にストーカーの相談されたの僕だし!お前がストーカーなんじゃねぇの!?」


「おーい、颯太ー?颯太さーん?」


「その上『結唯に2度と近寄るなよ』とか言いやがって!アイツ!突き飛ばされたからやり返したら死ぬとか!何しに来たんだよ!!」


「平田颯太さーん?聞こえて、ないな。うん」


「終わりだよ!こんなのがあったら結唯もオッケーしてくれないよ!」


 止まらない颯太の愚痴。…魂の叫びソウルボイスはしばらく続いた。


「はぁ…つーかなんで今日、僕が!ここで!告白しようとしている事を知ってるんだよ!やっぱりストーカーだろ!!」


「ヨッ!颯太屋!」


「・・・はぁはぁ、快斗、その変な掛け声何?」

「やっと気が付いたか」

「……まあね」


 ひとしきり叫んだ颯太はやっと俺の合いの手に気が付くと、疲れ果てた表情で椅子に座った。


「じゃ、そろそろ真面目に考えないとな」


 そしてやっと議論が始まった。


「うん。そうだね。…窓から落とせば良いんじゃない?」


 開始早々ブッ飛んだアイデアを出す平田颯太(15歳)。なんて恐ろしい頭をしているんだ。


「そんな事をしてみろ、運動部の奴らにソッコーで気が付かれる」

「そっか、告白どころじゃなくなっちゃうね」

「そうなんだよ」


 真面目な顔をして真剣に、人生が懸かっている議題を前に意見を交わす。


「トイレに隠すとかはどうだ?カギ閉めて出ればバレないし、後でどうにかすればいい」

「時間が足りないよ。結唯がここに来るまで後2分もないよ」

「あーそうか、すぐに東里が来ちまうのか。…颯太が『告白するまでに少しでも時間が欲しい』って日和ったお陰で2分も余裕がある、と考えるべきか」

「なるほど。確かに、いや日和ってはないけど、結唯にこの状況を見せずにすむしここにして良かったのかも」


 そうして真面目に、文学青年である颯太が読んだミステリー小説やら、俺が今まででほぼ唯一読んだミステリー物の見た目と頭脳の年齢差が激しいマンガから死体を隠す方法を探った。




【急募!】人をピーしたんだけど隠し方を誰か教えてくれ【助けて!!】


 …とかネットの有志に訪ねたい気分だ。


 そう思ってしまうくらい1分程議論したがいい案は出なかった。


 そもそもが一般的な男子高校生の2人だし、ミステリー物の死体隠しは高等技術が多い。少なくとも思い出せた限りで実践出来る物はない。


「万事休す、もう定番のロッカー隠しからのトイレに移すで良いんじゃないか?」


 チラホラとだが、近くの教室に出入りしている生徒もいる。東里ももうまもなく来る。四の五の言わずに取り敢えず隠すしかない。


「…そうだね。隠す場所を考え過ぎて結唯に死体あんなのを見せるワケにはいかないし、ロッカーに隠そう」


 時間もなく追い詰められた俺と颯太はロッカーへと大地を運び、その身体を詰めた。


 が、


「クソッ、こいつ無駄に体格がいいから扉が閉まりきらねぇ!」


 死体になった大地は生前は運動が出来た。運動部ではないが高身長でムキムキではない、程よい筋肉の細マッチョだ。


 兎に角、無駄にちょっと体格がいい所為でロッカーに入れたはいいものの閉まらない。それが問題なのだ。


「ヤバいよ!もう結唯が来ちゃうよ!」

「ああ、それはヤバい!ック、だがロッカーは無理だ。諦めるしかない」

「ええ!?もうちょいだよ?肩の関節でも外せば…」


 ロッカーを諦めて他の場所を考える俺に時計と教室の扉を気にしながらもロッカーの扉を押すのは止めない颯太。


 そんな颯太の物騒な提案に首を振る。


「颯太。考えてもみろ。ムリヤリロッカーに押し込んだ死体がもしも告白最中に出てきたら……」


 例え話を聞かせると颯太はロッカーの扉に当てていた手を離す。


「か、考えただけでゾッとするよ。そんなの間違いなくムードぶち壊しでおしまいじゃないか!」

「ああ。だが、外に他の生徒がいる以上、ここの教室の何処かに隠すしかない」

「空き教室だからか隠すのに最適な教卓はないし、机と椅子じゃ見え見えだし…快斗~」


 やはりこの絶望的な状況にさすがの颯太も弱気になってきたらしい。涙目で助けを求めるように俺を見た。


 乏しい知識と特に働かない(特に授業中)頭脳を総動員して考える。


「…いや、まだ手はある!」

「おお!それは!?」


 そして思いついた作戦は、作戦と呼ぶにはお粗末で、トリックと言い張る事も出来ない代物だった。


「…成功するかは分からない。颯太も頑張らなくちゃいけない。それでもやるか?」

「もちろん!早くやろう!」


 颯太も乗り気なので早速思い付いた作戦を伝える。




「………成る程。一旦隠す事だけを考えた感じだね。でも…」


 伝え終わると颯太はウンウンと頷き考えるように目を瞑る。


 正直言った俺ですら上手く隠せるとは思えないがそれ以外思い付かなかった。取り敢えず颯太の反応を固唾を呑んで見守る。


 やがて顔を上げた颯太は俺を見ると、


「でもこれなら、告白のムードが壊れない!」


 笑顔で作戦を了承した。





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 お読みいただきありがとうございます。


 これはコメディです。

 現実とは一切関係ありません。

 犯罪行為を容認するものでもありません。


 大切な事なので一応書いておいたりしてみたり……



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