三分の選択

三分の選択

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


 目の前には、スイッチが三つ。

 いかにも、押してくれと言わんばかりに赤、青、黄色と並んだそれ。


 真っ白な部屋の中央。私はそこで、三つのスイッチと向き合わされていた。

 部屋には一応出入り口はある。が、残念ながら完全に閉め切られて、何をしようともびくともしない。そんなドアに諦めたのは、その扉の上に掲げられた時計が二分を切った頃だった。


 そう、時間は刻一刻と過ぎ去って、残りはあと――一分。



 押すだけであれば、とっくの昔に押して私は悠々と部屋を出ていた事だろう。

 だが、そのスイッチを押した先にあるものを考えると一向に手は動かなかった。


 私は、部屋の隅に目を向ける。くしゃくしゃになっていた紙の塊が、コロンと白い部屋に馴染んで落ちている。まあ、犯人は私だが。


 目が覚めて最初にその紙を見たと言うのもあったのだが、内容に腹を立てて投げ捨てたのだ。


 ――赤のスイッチには、あなたの恋人

 ――青のスイッチには、あなたの両親

 ――黄のスイッチには、あなた自身


 ――どれかを捨てれば、どれかは助かる


 ふざけた選択が、並んでいた。

 簡潔に書きすぎて、捨てるの意味は私が自分で考えるしかない。だが、文面を見て私には嫌な予感しか浮かばなかった。


 捨てる。

 命を捨てる。


 どうやって、選べと言うのか。


 他者の命を屠る覚悟も、自殺する覚悟もな人間が決め切れる事ではない。けれども、時は無情にも過ぎていくだけ。


 ――残り、あと三十秒。


 私の心臓は、今にも重圧に押し潰されてしまいそうだった。いや、潰れているに違いない。汗は止まらず、やたらと鼓動もうるさい。


 どれを。どれを選べば良いのか。

 恋人も、両親も、憎いと思った事がない。自分の人生も満足していると言うのに、何故選ばなければならないのか。

 だが、そうやってうだうだと悩んでいる時間すらも、どちらの思い出を思い浮かべて浸る時間もない。

 ああ、選ばせるにしても、何故三分なんだ。


 私は、死にたくない。

 けれども、誰も殺したくもない。


 どうすれば。


 ――あと、十秒。


 ああ、くそ。


 私は、黄色を選んだ。

 最悪、後悔だけはしなくてすむ。


 残り三秒を切った時、私はスイッチを押した。

 カチリ――と何かが鳴った。時計を見上げれば、カウントダウンは止まっている。

 終わった――と思ったと同時に、疑問が浮かぶ。


 私は、いつ死ぬのだろう、と。


 が、悩む間も無く扉が開いた。

 そこには見知らぬ黒いスーツを着た長身の男が、にこやかに立っていた。まるで――


「おめでとう御座います」


 私は、選択を間違えたようだ。

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