花、咲かせて(1/8)
惣山沙樹
プロローグ
あたしには三分以内にやらなければならないことがあった。
眉だけは絶対に描かなければならない。整えていたら抜きすぎて生えてこなくなったのだ。下地なんて無視。マスカラも失敗したら困る。リップもやめておこう。
襟がくたびれているスウェットを脱いで、ニットに袖を通した。パンツは支給されている黒のものだ。
そう。あたしはバイトの日だというのに盛大に寝坊したのである。
「マジでヤバい……!」
しかも、今日は新しくバイトの子が入ってくる日。先輩として、みっともない姿を初日から見せることはできない。
スニーカーを履いて鍵をかけて全力ダッシュ。二月の末日、まだ冷え込んでいるというのに、バイト先のファミレスに着く頃にはすっかり身体が熱くなっていた。
更衣室には誰も居なかった。もうみんな着替えてホールにいるのだろう。シャツを着てエプロンをつけて、呼吸を整えてから向かった。
「おはようございます……!」
丁度、朝礼が始まろうとしていた。店長の隣には、背の高い男の子が立っていた。店長が言った。
「おはようございます。こちら、今日からみなさんの仲間になる
藤堂くん、と紹介された彼は、ぺこりとお辞儀をしてから口を開いた。
「藤堂です。慣れないうちはご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
あたしはまじまじと藤堂くんの顔を見つめた。メガネをかけていて、知的な印象だ。しっとりとした黒髪。前髪はセンターパートで、形のいい額が見えていた。目鼻立ちはくっきりしていて、西洋の彫刻のよう。こんな……といっては失礼かもしれないけれど、こんなファミレスのバイトなんかは勿体ない。モデルの仕事が舞い込んできそうだ。
店長が、あたしを呼んだ。
「
「はっ、はい!」
あたしは前に進み出た。こんなに綺麗な顔の男の子を前にすると、緊張してしまうのだが、藤堂くんの方が、初めて会う人ばかりに囲まれて委縮していることだろう。あたしは努めて明るく笑いかけた。
「
「花崎さん、ですね。よろしくお願いします」
わずかに藤堂くんの表情が動いた。二重まぶたの目が少し細められたくらいだ。固くなるのも仕方がない。あたしだって最初はそうだった。
「じゃあ、あたしについてきてください……」
それが、運命の相手との出会いだった。
次話
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花、咲かせて(1/8) 惣山沙樹 @saki-souyama
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